小さな白い花
会長を見送った後、私はどうすればミュラーの尻尾を掴めるのかを考えていた。
チグリジアの生徒との繋がりを指摘しても、「自分も個人的に調査していた」なんて言われれば追求しきれない。
今日のブレンダの発言も、抽象的でこれ一つでは決定的な証拠にはならないだろう。
(私が持ってる証拠の中で、1番使えそうなもの……)
一度そこを考えてから、ハッとして鞄からリストを取り出した。
……
「え!?チグリジアの作戦を敢えて完遂させる!?」
屋敷の客間で待っていたリリー様がそう声を上げる。
「チグリジアの作戦は、リリー嬢の趣味趣向を調べ上げ理想の男性をあてがうものではないかという話でしたが……」
ノアも不思議そうに目を瞬かせていた。
「そう……今日その裏が取れたんです。チグリジアはミュラーをリリー様の理想の男性に仕立て上げ、籠絡しようとしています。ブレンダからも、それに繋がる証言を入手、できました……」
私はノアとリリー様の目をなるべく見ないよう俯きながら、ポケットから貝殻を取り出し、叩く。
するとそこから
『……それにしても、ミュラー先生も大変ですよね。あんなわがままな巫女の為にあのような努力をされて。』
『本当にね。本来あんな小娘に興味なんかないはずなのに。』
という先刻のやりとりが再生された。
「わ、私……そんな恐ろしい作戦決行されるなんて、嫌なのだけれど……?」
リリーが真っ青な顔で言う。少し心は痛んだが、ここはちゃんと意図を説明するしかない。
「今、私の持っている証拠の中で……決定的証拠にできるものがあります。何か、分かりますか?」
「え……音声かしら?」と答えるリリー様に、私は少し間を置いてから「……リストです、情報収集リスト。」と返した。
そこで、ノアが何かに気付いたように頷く。
「なるほど、もし作戦決行された時。これだけ項目が多ければ、『リリー嬢の情報を集めたこと』自体が決定的な証拠になるんですね!」
「……仰るとおり。デート先、食べ物、服装までチェックリストにありますので、本当にこれを準備してくればもう言い逃れができません。」
「そう……ね……」
暗い顔で目を伏せるリリー様。理屈は理解できるが、恋すること自体に恐怖を抱いている彼女にとって、演技でもミュラーを一度受け入れるのは苦痛だろう。
「嫌ならば、別の策を考えます。あなたを守る為の作戦であなたが傷ついてしまっては……意味がありませんから。」
そう伝えると、リリー様は意を決したような表情で「いいえ、やるわ。」と宣言した。
「じゃあ、今後の動きはこうですね。アキコさんはリリー嬢から抜いた情報をチグリジアに渡し、リリー嬢はミュラー先生の接触を待つ。そして僕は証拠を掴み次第、彼を摘発する、と。」
「そ……ですね。」
「今はあまりお力になれず恐縮ですが、引き続きよろしくお願いいたします。……それでは僕はそろそろ失礼しますね。」
ノアが立ち上がると同時に、空から雷鳴が轟く。そして、ざあっとバケツをひっくり返したような雨が降ってきた。
「まあ、通り雨だわ。もう少しゆっくりされてはいかが?」
リリーが言うも、「いえ、あまりお邪魔していては……よくない噂もたちますから。」と断るノア。
そして魔法で白い傘を出してみせると「これで帰れます。」と微笑んだ。
「そ、そう?じゃあ……アキコ、殿下を途中まで送って差し上げて。」
私はリリー様に促され、傘を持ってノアと屋敷を出た。
「あの、ノア……本当に大丈夫?この感じだと長くは降らないし、雨宿りしたほうがいい……気もする。」
早足で歩くノアを駆け足で追いかけると、彼はゆっくりこちらに振り向き「あんまり遅いと大問題になったりするからさ。僕、一応王族だし。」と微笑んだ。
しかし私が追い付くのに必死なことに気付いたのか、その歩幅はどんどん狭くなっていく。
そしてゆっくりリリーの屋敷の玄関を見渡してから「あ、見て。」と言って私の手を引いた。
(うわっ……急に手握るし、この人。)
こちらが勝手にドキドキしていることなど知る由もないであろう呑気な王子は、入口付近に飾られている色とりどりの花を見て「凄く綺麗、こういうカラフルなネイル欲しくない?」と尋ねてくる。
「え……あ、ああ……この世界、まず色を作る所からかなり難しいからね……」
動揺しているのを気取られないよう淡白な返事を返す私を見て、ノアはただ無邪気に微笑んでいた。
「あ、この花……葉っぱが黄色くなってる。」
ノアは端に置かれていた植木鉢に目を向ける。そこには小さな青い花と白い花が植えられていて、彼の言う通り少し葉が黄色い。
「性格悪、これ植えた奴。ワスレナグサだ。花言葉は白いと『私を忘れないで』、青いと……『真実の愛』。」
ノアは手を離し、そう言いながら植木鉢の前にしゃがみ込んだ。
「詳しいん……だね。」
「家がお花屋さんだったんだ。葉が黄色くなるのはね、水をあげすぎってサインなんだよ!僕、お気に入りの花は手元に置いてずーっと眺めたいしお世話したいって子供だったから、めちゃくちゃ見覚えあるし。」
そう言ってノアは白い傘を植木鉢に差してやる。私はそれを見て慌てながら、自分の持っていたピンク色の傘を差し出す。
「あはは、ごめんごめん!気を遣わせちゃったね。」
ノアは傘を受け取ってから立ち上がり、私の体を引き寄せた。
「しばらく入れてもらおっと。」
急に近くなったノアの顔を見て、どんどん顔が熱くなっていく。彼は声も出ずにぱくぱくと口を動かしている私をただ見下ろし見つめていた。
「か……さ、おいてく、の?」
なんとか出た声で尋ねると、「うん、明日アキちゃんが返しに来てよ。」とノアが囁く。
(これは……これは、何だ?このノアから発されるクラクラするような謎の瘴気は……!)
私は瘴気の正体を考察しながら、ノアと同じ傘の下に入り歩き出したのだった。




