闇への誘い
私は帰り道の途中で痣のことを思い出し、ノアに切り出す。
「……闇を吸収した!?……ユーリが闇の魔力に悩んでることは知ってたけど、それを吸い取っちゃうなんて……」
ノアは目を皿のように丸くして私を見つめていた。彼が一歩引いたのを見て、もしかしたら闇の魔力で穢れた私の近くにいたくないのかもしれないと考え距離を取ろうとした時。
ノアはまた近付いて「凄いよ!それバッドエンドフラグ1つ折ってるじゃん!」と言いながら私の右手を握る。
「え……」
「ユーリはね、途中まで凄い好感度上がりやすいのに途中から全然エンカウントしなくなる初心者殺しのキャラなの。で、蓋を開けてみたら闇の魔力が進行してるとこをリリーに見せたくないからって避けまくってたと。あの子らしいでしょ。」
本当に、会長らしい。表面では星のようだとかなんとか言っておきながら、根は誠実なのがエンドからも伝わってくる。
「んで、最後は魔物になっちゃうんだけども。ユーリの闇の魔力が消えたってことは、バッドエンドフラグぶち折ったってこと!お手柄〜!」
ノアは満面の笑みを浮かべながら、私の手をぶんぶんと振っていた。彼の言うとおりバッドエンドを潰せたのなら落ち込む必要なんてない。
ノアの笑顔を見ていたら、なんだか悩んでいたのがバカみたいに思えた。
私は近くの街まで到着すると、花の腕章を付けた少女たちが一生懸命にスピーチしている。
「熱心だね……アキコ、帰る時は変なのに絡まれないように気をつけて。」
ノアはそう告げて馬車に乗り込み、帰っていった。私もそれを見送ってから屋敷に帰ろうと身を翻す。
「――っ!」
瞬間、腕に焼けるような痛みが襲ってきて押さえつけた。腕からは煙が上がり、熱湯の入ったカップを押し付けられたような熱がじわりと広がっていく。
(何……これ……?)
動揺している私に、同じ制服を着た少女が駆け寄ってきた。その腕には、花のエンブレムが付いた腕章が巻かれている。
「大丈夫ですか!?……ああ、やっぱり……黒い煙が見えたと思ったの。あなたも闇の魔力に触れたのね。」
こちらを憐れむように見つめる少女。そして彼女は私の肩に手を置いて「でもね、私も一緒!」と言いながらポケットから取り出した謎の小瓶を差し出してくる。
「これで隠すと、バレないよ!煙も出ないし。」
少女はそう言って、自分の膝を指さした。
本来はそこに痣があったということだろうか?
「あなた、同じ制服だしセレスの生徒でしょ?もしこれを付けて肌が荒れたり気分悪くなることあったら、水曜日に保健室行くといいよ!明日丁度水曜だし、夜のうちにちょっと試してみるといいかも!それじゃ!」
少女はそう言って走り去る。
(まさかこれ……問題になってる、化粧品?)
屋敷に戻る頃には雨は止み、私は白いレースの傘を拾い上げてから部屋に戻ろうとする。
「アキコ!遅かったから心配したわ。」
屋根裏部屋に続く階段近くに立っていたリリー様が言いながらこちらに駆け寄ってきた。
「大丈夫です、ちょっと転んでしまって……」
痣のことは、この人には話さない方がいいだろう。きっと余計に使命への脅迫観念が強まってしまいそうだ。
「そう。……あのね、ちょっと他にも気になることがあって……」
リリー様はもじもじと指をこねてから大きく息を吸い、「あなたって殿下と……その、交際しているのかしら!?」と言い放つ。そして頬を手で押えながら「やだ、聞いちゃった!」と呟いていた。
「………………は?」
予想だにしない質問をされてしまった私の口からは、処理落ちしたエラー音の代わりに間抜けな声が漏れてしまう。
「さっき、心配で屋敷からあなたたちを見守っていたのだけれど……!1つの傘の中に入って、仲睦まじそうにしていたじゃない!もしかして……そういうこと!?」
珍しく大はしゃぎしているリリー様を見て、私はこんな仮説を立てた。この少女は「自分が恋することに抵抗がある」が、「他人の恋愛を見るのは好き」なタイプなのでは!?と。悪夢さえ無ければ、リリー様は普通の恋多き乙女だったのかもしれない。
不憫に思いつつも、「違いますよ、殿下が花に傘を差したので私の傘を差し上げたと、それだけです。」と答えた。
「なあんだ、つまんないの。」口を尖らせるリリー様。
そして「私って、恋愛小説をかなり読み込んでいる恋愛マスターなのよ!分からないことがあったら何でも相談してね!」と続ける。
(このクソ陰キャが恋愛について相談することなんて……あ。)
私はハッとしてから「あの、ではひとついいですか?」と切り出した。リリー様は「ええ!何かしら!?」と言いながら目を輝かせている。
「……ノアが発する……頭をクラクラさせてくる瘴気について、ご存知ですか。」
尋ねると、リリー様は真っ青な顔で「何それ知らない……怖い……」と呟く。
その後二人で書斎の本を読み漁ったが、ついぞ答えは見つからなかった。
……
「はい、傘。」
後日、私は人目のつかない場所でノアに傘を返す。
「ありがと。……作戦は順調?」
「そこそこかな!昨日女の子から変な瓶貰ったからちょっと調べる予定!……そうだ、ノアにこれも作ったんだよー!あげる。」
私は鞄から厚みのある紙の封筒を取り出すとノアに差し出す。
ノアはそれを不思議そうに受け取ると、中身を見て固まってしまった。
「あ……好みじゃなかった?欲しいって言ってたっしょ、昨日。」
ノアが取り出したのは、色とりどりの花に似たマーブル模様のネイルチップ。私が昨日夜更かしして作った物だった。
「……ううん、めっっっっさ、嬉しい。大事にする。」
ノアはそう言ってからまたやけに高そうな小物入れを鞄から取り出しネイルチップをそこに入れる。
そしてにこやかに微笑むと「頑張ってね」とだけ言って去っていった。
(よかった、喜んでもらえて。)
ノアと別れた後、私はまたトイレで着替えて保健室へ向かう。すると保健室の中から女子の声が聞こえてきて、少し面食らってしまった。
中に入ると……沢山の女子に囲まれるミュラーの姿が見える。
(うわあ。)
呆れていると、ミュラーは私を見つけ「見かけない子だね、こちらにおいで。」と声をかけてきた。
「あ!先生、この子私が昨日保健室のこと教えてあげた子なんです!」
昨日出会った少女が嬉しそうに言い放つ。ミュラーはそれを聞いて「ほんとかい?いい子だ。」と言って頭を撫でた。
(……こいつの放つ瘴気はノアのとは違って、なんか嫌だな。)
「あの、ファンデーションを塗ったら肌が荒れちゃって……」
「おや、それは大変だ。」ミュラーはそう呟いてから女子生徒たちに目配せをする。そして1人の生徒が私の顔を見て「この子、チグリジアのメンバーですよ。」と言う。
「ああ、そうでしたか……では、どうぞ。」
棚から透明な瓶を出すと、笑顔でこちらに差し出してくるミュラー。
「……これは……?」と訝しげに尋ねると、ミュラーは透明な瓶のことを「最近流行している謎の美容品……それの副作用に効く薬ですよ。」と答えたのだった。




