プロポーズ?
「どなたにも配布してらっしゃるんですか?」
冷静に尋ねると、ミュラーは少し鼻で笑ってから「まさか。量産できませんので……紹介制でお配りしています。」と答えた。
ものは言いようだが、まさかこの男……薬を餌に女子をチグリジアに入れているのではないだろうか?
「ありがとうございます。」とお礼を言ってから静かに保健室を後にする。
化粧品についても、ファンデーションの製造元まで特定できればさらにミュラーを追い詰めることができるのだが……私には魔法薬の知識がない。
教師レベルといかなくとも、魔法薬に明るい生徒がいれば分析を頼めるかもしれないと思った私は、理科室を目指し歩き始める。
うちには「錬金術部」という由緒正しい部活があり、名前こそ仰々しいがやっていることは現代でいうところの化学部に近い。
そこの部員ならば、もしかしたら成分の解析までいかなくとも主成分くらいは分かりそうだ。幸い、手元にはファンデーションと薬の両方がある。
(あっでもそっか、「これ調べて下さい」って頼まなきゃいけないんだ。)
私は一旦引き返し武装を済ませると、また理科室へと早足で向かった。
そして、「すいませーん!ちょっといいですか!」と言いながら理科室の扉を開ける。
すると、そこには理科室の奥で1人、黒いケープを着て目を見開き固まっている会長の姿があった。
……無言で扉を閉め、逃げようとする。
しかし運動はてんでだめな私は、出てきた会長にあっさりと捕まってしまった。
「何でいんのよ!しかも何そのカッコ、黒魔術でもしてんの!?」
理科室に私の声が響く。会長は呆れた様子で「錬金術部の部長は俺なんだから、当たり前だろ。これはその……日焼け対策だ。」と冷たく言い放った。
「部長!?……部員はどうした部員は!」
「今日は近所の植物園まで見学に行ってるの。俺はお留守番。」
言いながら試験管を磨く会長。私が「そう、お留守番がんば!」と言って離れようとするも、肩を掴まれ止められてしまう。
「……何!?」
「いやその……ああそうだ、埃がね、肩に付いていたんだ。失敬……」
あんなことの後なので気まずいのは仕方がないが、お互い調子が狂ってしまっているようだ。
そういえば……会長はミュラーに対して疑念を持っていたようだが、もしこのファンデーションと薬を渡せば調べてくれたりするのだろうか?
「あのさ。」と声をかけると、会長はびくりと跳ねてから「な、なんだ。」と目を泳がせながら呟く。
(これが本当にこの前「可憐な子うさぎさん♡」とか言ってた人かね。)
「会長ってどのくらい錬金術得意?魔法薬とか詳しい?」
尋ねると、会長は少し黙り込んだ後「……まあ、その辺の生徒よりは。」と煮え切らない返事を返してきた。
私はバッグからファンデーションと薬を取り出し「これの成分とか、解析できる?」と言ってからあちらの反応を伺う。
「これ……!問題になってる化粧品類じゃないか!……こっちの透明な方は初めて見たな。なんだ、これを俺に差し出すってことは、やっぱり君潜入してただけなんじゃないか。」
少し口角を上げながら言う会長に、私は「私がチグリジアかどうかは今関係ないでしょ。……やってくれる?」と無愛想に返した。
「できるよ、解析。ただ数日時間を貰うけどね。」
会長はそう言ってファンデーションと薬をポケットにしまうと「……なあ、君に……言いたいことがあるんだ。」と呟く。
「何、急に。」
会長は暫く言い淀んだ後「サイトー、俺と結婚しよう」と口にした。
「…………はい!?」
「色々考えたんだ、君にはかなり取り返しのつかないことをしてしまったって。闇の魔力に触れてしまうとその内全身に広がるし、嫁の貰い手も見つかりにくくなると思う。」
「だから……結婚?」
唖然としながら口にする私に、会長は眉間に皺を寄せながら「ただ、家柄的に許されないだろうから俺は家を出る必要があるけど……な、なんかこう、野菜とか育てて暮らそう。」と提案してきた。
(やさい…………)
私は急に可笑しくなってしまい、ふっと吹き出した後声を出して大笑いする。
「なっ……笑うなよ!」と言って会長は顔を真っ赤にしていた。
「ごめんごめん、いや別に馬鹿にしてるわけじゃないよ。すっごい真面目な人だなって思っただけ。……この痣は会長が意図的に付けたもんじゃないし、気にしなくていいでしょ。」
そう答えた瞬間、会長の顔は安堵したように綻ぶ。ずっと気にしていたのだろうか?
「はは……!会長、寂しそうだしもうちょっとここにいよ。」
私は会長が少し可愛く思えて、彼の隣にあった椅子を引き出しそれに腰掛けた。
「寂しくない。……まあでも、そこにいたいんなら手伝って。これの水分を拭き取ってほしい。」
そう言ってこちらに色々渡してくる会長。「はいはい」と適当に返事をしてからガラス器具の水分を拭き取っていた時、ふと会長の1つ向こう側の席に置かれた絵本に目が行った。
「……前も読んでたね、絵本。兄弟でもいるの?」
何となく、話題作りのつもりで問いかける。会長は少し不機嫌気味に「俺が読むんだ、子供しか読んじゃいけないのかい?」とぼやく。
「そんなこと言ってないじゃん。普通に気になっただけ。……どんな話なの?あれ。」
更に尋ねるも、会長は黙り込んでしまい答えない。「……雑談NGですか、分かりましたよ。他の女子にはもっと優しい癖に。」そう言って切り上げようとした瞬間、彼は「白い肌の!」と突然大きな声を上げる。
「びびった!な、なに急に!」
「……白い肌の……真っ黒な髪をしたお姫様が……悪い魔女に毒林檎を食べさせられて……」
(ありゃ?白雪姫?)
「王子が7人の剣士を集め、共に魔女と四天王を倒す話だ。」
(――ああ、なんか凄い盛られてたや。)
「俺はこの絵本のヒロインに初恋をして、それから王子を目指すようになった。肌の白い、強くて、賢くて、皆に優しい。そんな男をね。」
それを聞いて妙に納得した。会長が女子にキザな言葉を投げかけていたのは、彼なりの王子様ムーブだったわけだ。どこかの王子がデコパーツを集めている間に、そんな努力を……
「あ、だからケープ着てたんだ!はは、徹底してんね。」
そう言ってケープの裾をつまむと、会長は「茶化すなよ」と言って真っ赤な顔で俯いた。
――この男、どこか私と似ているのかもしれない。理想を武装して、他人と関わる。
この話を聞いて、私は彼に親近感を覚えていた。
「つまり……だな。別にお前が嫌いでサービスしないわけじゃない。こっちがそもそも俺の素なんだ、理解した?」
「あーね、理解理解!会長は私といる時は素なのかー……」
(ん???)
突然とんでもない羞恥心に襲われ、鞄を手に取ると「ごめん!そろそろ帰らなきゃだから!」と言って逃げるように理科室を出ようとする。
「あ!なあ……!明後日くらいには解析しておくから、見かけたら声、かけろよ!」
出る時、背後からそう声がしたので振り返らずに「おっけ!」とだけ返事をした。
屋敷に逃げ帰ると、私の報告を待っていたであろうリリーとノアが玄関で花に水をやりながら
「あら、おかえりなさい。」
「どうしたんですか、そんなに慌てて。」
と迎えてくれる。
「恋愛マスター!質問!特定の人物のことで頭を支配される現象をなんと呼びますか!?」
リリーの肩を掴み問いかけると、彼女は難しい顔で暫く沈黙してから「洗脳……?」と呟く。そしてノアがそれを見て呆れたように「違うでしょ……それって、恋じゃない?」と教えてくれた。




