身分違いの恋
「「恋……?」」
リリーと私は首を傾げながら呟く。そしてこの世の真理に気づいてしまったかのようなハッとした表情で顔を見合った。
それを見てノアは「仲良いですね、お二人とも。」と口にする。その笑顔には呆れの色が滲んでいた。
「えー!お相手はユーリ様なの!?確かにあの方素敵ですけれど、たまにこっちが恥ずかしくなるようなセリフを吐いてくるわよ。」
客間に移動し、ティータイムを楽しむ私たち。少し雑談した後でリリーは紅茶片手にそう意見する。
「アキコ嬢はそういう所が気になっているのではないと思いますよ。ほら、ユーリは誠実なところが魅力ですし。」
マカロンを食べながらフォローするノア。今ある分を食べ切ると、鞄からまた新しくマカロンを取り出し並べる。
(何個持ち歩いてるんだろう……)
「とにかく、応援するわ!生徒会長とアキコはいつも喧嘩していたけれど、それが結ばれるって本当に恋愛小説みたいだと思わない!
?」
リリーは何かに想いを馳せるように目を輝かせながら宙を見つめていた。
そこからしばらく3人で今後のことについて話し合っていると、メイド長が突然「アキコ、ちょっとこっち手伝って」と声をかけてくる。
「えっ……と。」
リリーとノアの顔を交互に見る私に、リリーは「行ってきて。」と許可を出してくれた。
2人に断ってから席を外し、客間を出る。するとその先で、メイド長が複雑そうな表情で立っているのが見えた。
「メイド長〜!私今制服だけど、なんか手伝う?」
呑気に言う私を見てメイド長はため息をついてから「倉庫の整理を手伝って」と告げ近くの小さな物置へ入っていく。
「何すればいい?」
物置に入るなり尋ねる私の方へ向き直るメイド長。彼女の顔は険しくもあり、悲しげでもあった。
「あのねアキコ。あなたは記憶がないって話だからもう一度口酸っぱく言っておくわよ。セレスの生徒会長だろうが、ノア殿下だろうが……!平民が恋をしても結ばれる相手じゃないの、傷つくだけだからやめておきなさい。」
「メイド長……客間での会話聞いてたの……!?」
「ごめんなさい、リリー様が珍しくはしゃいでいらっしゃったから気になって……彼女、恋の話が好きだからまさかとは思ったけど、あなたのこととは……」
メイド長は歯切れの悪い様子で呟いた。恋の話が好きな主人が王子を前にはしゃいでいる、少し期待するような気持ちもあったのだろう。
「だからってわざわざ、夢のないこと言いに来なくたっていいじゃん。好きでいること自体は勝手でしょ?」
唇を尖らせ抗議する私に、メイド長は眉を下げながら「結構よくあることなのよ。平民の女が貴族に弄ばれて、結婚しようなんて甘い言葉を吐かれたのに婚約者ができたらぽい、みたいなことがね。あなたに傷ついて欲しくないのよ。」と言って俯いた。
単純な意地悪のつもりでは決してない。どころか、善意があるからこそ苦しそうなメイド長を見て、浮かれていた自分が恥ずかしくなってきてしまう。
勿論、会長はきっとそんな人ではない。でもきっとメイド長が言いたいのはそういうことではなくて、こんな辛そうにしてまで釘を刺さなくてはいけないくらい、この世界では身分差の恋が認められていないということなのだろう。
「りょーかい、ていうか最初から割とわきまえてっし!会長は推し……憧れ的な?ガチ付き合えるとか思ってるわけないって。王子様なんて更に期待してないから。……安心した?」
ピースサインをしながら答える私を見て、安堵の息を漏らすメイド長。
「ていうか、メイド長私のこと好きすぎ!お姉様っていうかお母さんみたい。」
茶化し気味に言うと、メイド長は「みたいじゃなくて、私はお母さんなのよ。こう見えて成人した娘がいるの。その娘が昔、貴族の若い男に……いけない、ゴシップを話しに来たんじゃなかったわ。」と咳払いを1つする。
「もう1件だけ、共有ね。リリー様のお姉様に当たる方……サルビア様のことを覚えているかしら?」
サルビア……?ああ、そういえば以前少しだけ見かけたことがあった。高圧的で、常に眉間にシワを寄せている近寄り難い女性。
1度挨拶を無視されたので悪い印象が残ってしまっている。
「覚えてるけど、あの方がどうかした?」
「今度、この屋敷に訪問されるんですって。なんでも、隣国の指名手配者がこの国に亡命しようとしているらしいとかなんとか、そんな話があるらしくてね?……言いにくいんだけど、身寄りのないあなたの存在が外部から少し疑われているらしいのよ。」
「はい!?私は指名手配犯とかそんなんじゃないけど!」
「……勿論わかってる。でもサルビア様は少し気難しい方だから、対応には注意なさい。」
メイド長が言い切ったタイミングで、コンコンと物置の扉を叩く音が聞こえてきた。
「失礼、そろそろお暇したいのですが……アキコ嬢にご挨拶しても?」
ノアの声だ。私はメイド長に「もう用は済んだから、また途中まで送って差し上げて。」と促される。
ドアを開けてから「ノア殿下!途中までお送りします!」と元気よく申し出ると、ノアは嬉しそうに微笑み「お願いします」と答えてくれた。
「……あら殿下、アキコを探すのに随分時間がかかったのね。中々戻ってこないものだから、やはり同行すべきだったかしらと思っていた所だったのよ。」
客間に戻ると、リリーが言いながらソファから立ち上がり玄関に向かって歩き出す。
「失礼、迷ってしまって。」ノアはそう言って照れくさそうに笑ってから、リリーに一礼し屋敷を出た。
「……あー、王子モードマジ疲れるし。拷問じゃね?これ。」
おおよそ先程まであのキラキラとした笑みを浮かべていた王子とは思えない間抜けな顔でノアがぼやく。
「ちょっと、今特等席で夢壊されてる私の気持ち考えて!もうちょいイケメンらしい顔してよね。」
「んー……もうちょっとだけ、あと3秒顔の力抜かせて!」
妙な瘴気を使ってきたかと思えば、間抜けな顔でフラフラ歩いたり……ノアも大概、読めない男だ。
「もー、ギャップありすぎだって。今のノアをリリーが見たらびっくりしちゃうよ?」
「大丈夫、見せないし。……てかそれ言うならアキちゃんもっしょ。ギャル武装えぐいな、思い込みでそんな変わるもん?」
ノアは空を仰ぎながら尋ねてくる。
「変わるの!これは魔法だから。私は運命のギャルに魔法かけてもらったの、強いギャルになれってさ!」
笑顔で答えると、ノアは立ち止まってから顔を引き締め「魔法……呪いじゃ、なくて?」と小さな声で呟いた。
「ひど。正真正銘ピュアピュアな魔法ですが。」
強めに言い返す私を、ノア何も言わず見つめている。
「な……に……?」
「さっきさ、アキちゃんに挨拶しに行った時聞いちゃったんだよね。メイドさんに身分差の恋は諦めなさいって言われてるの。」
にこりともせず切り出すノアを見て、私は緊張しつつ息を飲んだ。
「い、言われたねー……?いやでも全然、無理なのはわかってて――」
言い切る前に、ノアは私の体を引き寄せる。彼の整った顔が至近距離に近付いてきて、思わず目を逸らした。
「……なんで勝手に決めんの?僕、王子だよ。アキちゃんが無理だと思うようなことだってきっと現実にできる。だから……」
私は頭の中でその先を勝手に予想してしまう。
(だから……身分差でも君を幸せにする、とか!?)
覚悟しながら次の言葉を待つ私に、ノアは真剣な顔で「僕がアキちゃんとユーリをくっつけてみせるよ!」と言い放った。




