魔法使いの仮面
これは、僕が中学2年の時初めての彼女に言われたセリフ。
「乃亜、 休日マニキュアしてるのなんで?部屋もあれ、兄弟の部屋じゃないよね?ちょっと気味悪いんだけど。」
中学1年の二学期から、僕は母に懇願され学校では大好きな可愛いものを封印し、ごく普通の男子中学生として過ごしていた。
それまでは学ランにデコネイルの変人って相手にされなかったけど、転校してからの僕は驚く程に女子からの関心を集めてしまう。
初めて僕を選んでくれたのは、乙女ゲームが大好きな女の子。見た目が推しに似てるからって付き合ってくれたけど、僕の趣向を知って気持ちが離れてしまったみたいだった。
「美味しそうな林檎買ったらめっちゃ毒入ってたみたいな?その見た目でそれは、マジで詐欺だから……」
言い得て妙だと思った僕は、それから自分を綺麗な林檎で女の子を騙す、毒林檎の魔女みたいな男だと揶揄するようになる。
高校に上がってからも、僕の好きな物を肯定してくれた女の人は現れなかった。
皆が求めているのは見た目通り、毒がなくて癖のない男。
でも可愛い物を我慢することは困難で、誰と付き合っても騙すことになってしまう。
悪い魔女にはなりたくなくて、僕は次第に異性と付き合うことをやめた。
――ふと、たまに思い出すことがある。
中学1年の時、僕に手紙をくれたあの子。
17年生きてきて、ありのままの自分をかっこいいって女子に言われたのはあれが最初で最後だった。
(また、会いたいな。でも名前も覚えてないし……無理か。)
……
「その子、すぐ転校しちゃったんだけど……転校する日に、『あの時助けてくれてありがとう、かっこよかった』って手紙送ったら、すっごく苦しそうな顔、してたから。」
――いた。
――――しかも、転生した先にいた。
これってきっと運命だ。神様がありのままの僕を好きになってくれる人を巡り合わせてくれたと思ったのに……
彼女にはもう、異世界で好きな人ができてしまったらしい。
僕は王子だから、相手を排除しようと思えばできるし、この子は男性と関わった経験も薄そうだから、囲いこんで独り占めしようと思えば多分できてしまう。
でも、この子は言ったんだ。僕に「魔法」をかけてもらったんだって。
僕の見せたギャルの魔法は、ピュアピュアな魔法だって。
僕は、毒林檎の魔女だけど……目の前の少女は僕を魔法使いだった信じて疑っていない。
「僕がアキちゃんとユーリをくっつけてみせるよ!」
(……じゃあ、この子の前でだけは……魔法使いを武装しよう。)
――そう、思うことにした。
★ ★ ★ ★
私はノアに言われたことの意味について考える。
ユーリ会長と……私を、くっつける?言葉だけだとすごくシンプルに聞こえるが……
「ちょっと考えたんだけどね?2人で世界救ったらさ、僕がアキコに爵位とかあげても怒られなくない!?そしたらユーリとも結婚できるよ!……それまであの子がフリーだったらの話だけど……」
キラキラした瞳で言い放つノア。……確かに、この乙女ゲーム世界の人間からしたら破滅に向かっていたのを助けましたといわれても知ったこっちゃないだろうが、少なくともリリー様やその周辺を救うことは功績として認められてもおかしくないかもしれない。
そうしたら私は……会長と?
考えただけで口元が緩んできた。
「あ……りがと。それ、めっちゃいいアイディア!やることは同じだけど、走りきるためのモチベ増えたわ!」
笑顔で答えると、ノアは少し寂しそうに目を伏せる。
(まただ、またノアから変な瘴気が出てる……!)
「ノア、あのさ……前から聞こうと思ってたんだけど……」
「え、何?」
「ノアって、魔法で瘴気とか……出してる?」
……
「あははははは!もーだめだ、面白すぎる……!」
あの質問をしてから、ノアは5分くらいずっと笑っていた。
「何がそんな面白いわけ……」
不貞腐れながら言う私に、ノアは息も絶え絶えで「ごめん」と呟く。
「瘴気かあ、あれでしょ?僕が近付いたり触ってきた時に出てるんだよね。」
「……うん……」
私は俯きながら答えた。ノアはまた笑い出し、その答えを教えてくれない。
「それってさ、ユーリからは出てないでしょ。」
言われてみれば、会長からはノアやミュラーから発されるような瘴気は出ていない気がした。
「なんでわかるの!?ていうか何か知ってるなら教えてよ!」
「教えなーい、面白いもん。」
ノアは涙を拭ってから「街、見えてきたね」と話を逸らす。
普段から元気で明るいノアだが、その時だけはいつも以上に楽しそうに見えた。
「……そうだ。ねえノア、聞いてたなら知ってるよね?サルビアって人のこと……あの人、バッドエンドと関係ある?」
私はメイド長の言葉をふいに思い出し、ノアに尋ねてみる。
「めっちゃあるよ、ラスボスの『闇の魔女』を覚醒させちゃった人だから。」
「闇の……魔女?」
この乙女ゲームにはラスボスにあたる存在がいるようだ。ナナちゃんからは大体会長の話と何度プレイしても邪魔してくるキャラがいるという話しか聞かされていなかった。
「リリーと違って憎しみで力が解放されるから、色んな人に迫害されてたみたいだよ。そこから……魔物になっちゃって、俺の攻略ルートでリリーを殺しに来るの。」
「こわっ!早くそいつも見つけないと危ないじゃん!」
「そう。でもそんな焦らなくていいよ、サルビアが闇の魔女の原型となる少女を捕らえるまでは、足取りも掴めないしね。」
サルビアは言わば、物語上で邪魔してくる悪役令嬢といったところか。サルビアの動向を追えば、自然と闇の魔女にも辿り着けそうだ。
気は進まないが、仲良くしておくのも一つの手か……
――ノアと別れてから帰宅すると、リリー様が「アキコ!」と私の名を呼びながらこちらに走ってくる。
「ど、どうしたの!?そんな慌てて。」
「手紙が……届いたの。エメリヒ・ミュラー先生から。」
震える手で差し出された手紙は、ミュラーからリリーに当てられたお茶へのお誘いだった。




