真実の友情
次の土曜に、ミュラーはリリー様をお茶に誘ってきた。
リリー様の行きたいデート先の欄にカフェと書いたので、恐らくはそれを参考にしたのだろう。
ミュラーは本気でリリー様を落とす気でいるらしい。教え子だとか、相手は17歳だとか、そんなことは彼にとって些細な問題のようだ。
しかし呆れてばかりもいられない。土曜日まであと2日、ミュラーの手紙には明日返事を伝えに来て欲しいと書かれている。
「明日、ノアにもこのこと伝えておく!リリー様はミュラー先生に行くって返事して。……大丈夫?本当に嫌なら断っていいよ。」
尋ねると、リリー様は「問題ないわ。」と言って微笑んだ。
――後日、私は放課後ノアを裏庭に呼び出し手紙のことを伝える。
「わー、ミュラー先生がリリー様を落とそうとしてるの、ガチなんだ!日本だったら絶対捕まってたろうなー。」
呑気に言いながら片手に持った花を見つめるノア。私は声をかけた時からずっとノアがどうして花を持っているのかが気になって、「ねえ、なんで花持ってるの?」と尋ねてみる。
「ああ、授業で花の色変えるってのやったんだよね。ほら見て、ゲーミングコスモス〜」
ノアは楽しそうに、花の色をコロコロ変えてみせた。この血筋が魔法の才能に置き換わる乙女ゲー世界において、王子である彼はかなり魔術の扱いに長けている。
このゲーミングコスモスも一見簡単そうに見えるが、上級クラスにいるノアが扱っているということはかなり高度な技なのだろう。
「すごー……やっぱりノアって魔法の才能あるんだ。いいなー、私もそのくらい使えたら、明日の尾行も楽になるのに。」
「明日ミュラーが接触してくるなら……証拠集めが必要だよね。こっそりついて行く?」
「こっそりって……ノアがこっそりできると思えない、国中の人があなたの顔知ってるんでしょ?」
「じゃあ変装したらいいよ!マフラーにメガネとかでさぁ!」
「もー……その程度の変装じゃオフのイケメン王子にしかならないって!」
なんて偉そうに言ったはいいものの、ノアがいてくれた方が好都合なことは沢山ある。
所謂写真のような、紙に見たものを転写する魔術は私には扱えないし、音を記録する魔法も10秒間しか記録できない。
「なんかこう……マフラーにメガネとかじゃなくて、他人の顔になれる魔法とかない?」
「あるけど犯罪になるから使っちゃだめなんだよねー。もっとアキちゃんみたいに別人くらい変わるにはどうしたらいいかな?アキちゃんはいつもどうしてるの?」
「私は……すっぴんになってウィッグ被ってるだけだよ。魔物の毛から作ったんだー、すっごく大変で……」
そこまで言いかけて、私は鞄の中のウィッグを見つめた。
「どうかした?」
「ノアってさ、身長いくつ?」
「え?あー……確か、172センチくらいだったかな。」
「この世界の人って女の人も背高いし?ノアって綺麗な顔、してるよね。」
「……まって、まさか――」
私はノアを屋敷に連れていくと、メイドのお姉様たちに見つからないよう屋根裏部屋へと誘導する。
「つけまつげで白いまつ毛を隠せば、ちょっと顔の印象も変わるかも。」
まさか、私が苦労して作ってきたつけまつげやウィッグを王子に使うことになるとは。
ノアを鏡台の前に座らせ、化粧を施していく。
するとノアはたちまち、美しい女性へと変貌を遂げた。彼はただ何も言わず、自分の顔に触れ目を見開いている。
「どう!?私結構お化粧得意なんだから!これならノアだとはバレなくない?流石に美形すぎるのは誤魔化せないけど……」
そう声をかけた瞬間、ノアは一筋の涙を流した。
「え!?ど、どうしたの!?もしかしてめっちゃ嫌だった!?」
慌てながらホットタオルを手渡すと、ノアは「嫌じゃないよ。俺……女の子にメイクしてもらうの、憧れてた。」そう呟く。
「あ……え、じゃあなんで泣いてんの?」
「カラコンズレた……」
「いやカラコンなんか付けてないし!」
心配そうに見つめる私に対し、ノアは涙をぬぐってから優しく微笑み「じゃ、嬉し泣き。」と口にする。
その笑顔を見て、胸に何かを突き刺されたような衝撃が走った。この感覚がなんなのか分からず、私は胸を押さえる。
(瘴気の次は……電撃!?)
「でも確かに、これにメガネとかかけたら絶対バレないね!ナイスだアキちゃん!」
ノアは元気に立ち上がり、「メイドさんたちにバレないか試してみようよ!」と言って私の手を引いた。
(何でちょっと楽しそうなんだろう?)
不思議に思いつつ、お姉様たちに「クラスメイトの女の子だよ。」と紹介してみる。
何度かノアの姿を見ているはずの彼女たちも、その美しさに戸惑いつつノアだとまでは気付けなかったようだ。
「成功だね、明日もこれでいこう!」
玄関にてリリー様を待ちながら、ノアはご機嫌に花に水をやる。
「ちょっと、勝手にあげちゃっていいの?」
「この前リリーちゃんに確認したらいいって言ってたよ。ほら特に、ワスレナグサは結構水あげないといけない花だし〜」
ご機嫌なノアだったが、突然動きがピタリ止まってしまった。
不可解に思い「どした?」と尋ねると、ノアは「授業の復習。」と呟きワスレナグサに魔法をかける。
すると、青いワスレナグサがノアの瞳の色みたいなピンク色に変わってしまった。
「わ……!こっちのがいいね!リリー様が青いワスレナグサの花言葉調べちゃったりしてもよくないし。」
覗き込みながら言う私に、ノアにっかり笑って「でしょ?」と返す。
「ピンクのワスレナグサの花言葉は何?」
興味本位で聞いてみる。ノアは少し黙り込んでから、「秘密、教えない。」と寂しそうに答えた。
「え〜、なんでよケチ。」
「ごめんごめん!正直言うと僕も知らないんだよね。白の印象が強いじゃん?」
(青は知ってたのに……)
そんな話をしていると、少ししょぼくれた様子のリリー様がとぼとぼと帰ってくるのが見える。
「リリー様!おかえりなさい。ミュラーはどうでしたか?」
私の質問に力なく「行くとお返事差し上げたら、ものすごくいやらしい目で見てきたわ。明日彼が白いスーツを着てくるのかと思うとゾッとする。」と答えるリリー様。
リリー様は「理想の服装」に少し特殊な「白いタキシード」を選択した。流行りの服やシンプルな服装などを設定すると、「偶然だ」と逃げ切られる可能性があるからだ。
「大丈夫、明日チェックリストの通りにあっちが動いてくれれば、チグリジアとはサヨナラできるから!……でも本当に無理ならいつでも言って。」
リリー様はその言葉に目を潤ませ「ありがとう、がんばるわ。」と答えた後でノアを見る。
「……あら!?もしかして殿下!?ご、ごめんなさい!綺麗な女性がいるなとは思ったのだけれど……!」
ノアの顔を見慣れたリリー様がこの反応を示すのだ、変装は成功と言っていい。ノアとハイタッチしてから「明日は私とノアがちゃんと見てるから安心してね」と励ましの言葉を送る。
リリー様は覚悟を決めた様子でそれに頷いた。
……
――翌日、すっぴんの私は女装したノアと遠く離れた場所からリリー様を見ていた。
ノアの認識阻害のおかげか、通行人たちは怪しい女2人組を無視して通り過ぎていく。
約束の時間になってもミュラーが現れず、5分ほど経ってから「もしかして、はめようとしたことがバレたんじゃ……」と不安を漏らす私。
すると、少し間を開けてからノアが「ねえ、あれミュラー先生の車じゃない!?」と口にする。
見ると、傍に停められた車から赤い薔薇の花束を持った白いタキシードの男が現れたのだった。




