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ブレンダとの交渉

「マジで来たじゃんあいつ!」


ノアはそう言って小さい紙を鞄から取り出し、転写を試みる。


その時、「あなたたち、何をしているの?」という声がして振り返った。


見ると、建物に身を隠した私たちの後ろにブレンダが険しい顔で立っている。


「ブ……ブレンダ先輩。」


どうして彼女がこんなところにいるのだろう?


「ミュラー先生の護衛役、お疲れ様です。」


そうハッタリをかましてみると、ブレンダは「あら、ユキにも周知されてたの。ならよく分かってるはずよ、護衛役以外の人間は自宅待機と言われたでしょう?」とこちらを咎(とが)めてきた。


「すみません先輩、私たち作戦が成功するか気が気でなくて……あ、彼女のチグリジアの仲間です。エレノア、ご挨拶を。」


私たちを怪訝に見つめるブレンダに女装したノアを紹介する。

ノアは裏声で「エレノアでーす♡」と挨拶してみせた。


男だとは疑われていないようだったが、「こんな人見たことないわ。証拠は?」と言われ狼狽する。

私はハッとして鞄に手を突っ込むと、チグリジアの腕章を取り出した。


「これ、エレノアと私の腕章です。」


私はアキコの分とユキの分で2つの腕章を持っている。こんな所で二重潜入の効果が出てくるとは思わなかったが、幸運だった。


ブレンダはまじまじ腕章を見つめた後「本物ね」と呟く。そして少し不思議そうな顔をしてから……腕章を顔に埋め、匂いを嗅ぎだした。


「わあ!?ユキちゃんあれマジ!?どういう趣味!?」


ノアが真っ青な顔で叫ぶ中、ブレンダは「やっぱりそうだわ、このフルーツみたいな香りの香水……!」と呟き、突然私の顔を掴む。


そして目をぐっと細め、「あなた……アキコ……!?」と名前を呼んだ。


「!?」


ノアとリリー以外に変装を見破られたのが初めてだった私は、驚いて何も言えずに固まってしまう。


「ぶ、ブレンダ先輩……?アキコなわけないじゃん、髪も肌の色も違うし、爪も尖ってないしぃ……」


ノアがなんとかフォローするも、ブレンダは確信を持った様子で「いいえ、あの子地は白いのよ。顔と首は焼けてるけど、腕とかは真っ白なの。……で?これはどういうことかしらアキコ。」と問い詰めてきた。


「私、アキコの双子の妹で……!」


「あら、ならアキコを連れて来なさい。できなければ……そうね、今日一日私と行動してもらうことになるけど、どうする?」


ただ帰してもらうだけならばともかく、一日中一緒にいたりしたら証拠を集めることができなくなる。


どうする……?もう、どうしたら騙せるかなんてことを考える段階じゃない。ここを見逃してもらえるよう交渉しなければ、リリーの頑張りが無駄になってしまうのだ。


(ブレンダが私と取引してくれそうなものって、なんだろう?)


そう思ってブレンダの顔を見ていた時、ふと彼女は右手で髪を掻き分けた。


「!」


ブレンダの手袋を見て思い出した。彼女の手の甲にあった、黒い痣――私なら、それを吸い取れる。


「……そう。私……アキコです、ブレンダお姉様。」


はっきり言い切ると、ノアは「うそ!?話しちゃっていいの!?」と動揺していた。


「やっぱりね、私結構人の顔を覚えるの得意なの。詰めが甘かったわねアキコ。」


「……お見事です。ブレンダお姉様、あなたは私たちを疑うでしょうが……どうか、見逃していただきたいのです。勿論タダとは言いません。取引を……しませんか?」


そう持ちかける私に、ブレンダは毅然とした態度で「いいえ、そんなものに興味はないわ。あなたとエレノアには話がある、今日一日一緒にいてもらうわよ。」と返す。


しかし「……闇の魔力によって蝕まれた痣を治して差し上げると言っても?」と言い放った途端、ブレンダの顔色は変わった。


「ちょっと!アキちゃん!?まさか能力使うつもり?だめだよ、こんなとこで安売りしたら口コミで広がって……限界まで利用されるに決まってる!」


ノアが本気で焦って止めたのを見て、ブレンダは暫し考え込む。


「……ブレンダお姉様は、そんな口の軽い人ではありません。」


私がそう口にしたのを聞いて、「……わかった。詳しく聞かせて。」と要求してくるブレンダ。


「私には、黒い痣を消す力があります。ブレンダお姉様の痣も消すことができる。」


「……どうして今まで黙っていたの?チグリジアの皆が苦しんでいたのを知らなかったなんて言わせない。」


「能力に限りがあって……エレノアが焦るのを見れば分かる通り、困ってる人を次々助けられるほど余裕がないんです。でも、限られた数名なら……救える。」


言い切ると、ブレンダは冷静に「そう。……じゃあ例えば今から2人助けてと追加で要求すれば、あなたは更にどんな条件を加えるかしら?」と交渉条件を追加してきた。


瞬間、ノアは私の腕を掴み……珍しく険しい顔で私を見てくる。


「アキちゃん!乗っちゃだめ!今のでわかったでしょ?こうやって蜘蛛の糸みたいにどんどん助けて欲しい人が増えて、群がって……最後には糸が切れる。無駄なんだ、今すぐやめて。」


必死に訴えるノアに、「でも、それじゃリリーの頑張りは!?怖いと思いながらも今、リリーは頑張ってミュラーと一緒にいるんだ!今邪魔されたらそれが無駄になっちゃう!」と反論する。


「なら、僕が……」と何か言いかけるノアに、「どうする気?今権力はなんの意味も持たない。傍から見ればリリーとミュラーはただデートしてて、ブレンダはその護衛をしてるだけ……今権力で丸め込めば、あなたが責められてしまう。」と念押しした。


「エレノア……何の犠牲もなくこの状況を切り抜けるなんて、無理だよ。大丈夫、私を信じて任せて欲しい。」


更にそう続ける私の目を見て、ノアは静かに「……わかった、でも気をつけて。」と口にする。


ブレンダに向き直ると、「ブレンダお姉様、2人治すっていうなら……このエレノアも護衛を任された人間だと他の護衛に周知して欲しい。いちいち見つかって引き止められても面倒ですので。」とこちらの要求も伝える私。


ブレンダはため息をついてから「わかった。でも、アキコ?あなたは私と来てもらう。だって本当に痣を治せるか分からない以上、素直に2人解放なんて条件は呑めないもの。

エレノアは好きに行動して構わないわ。どう?かなり譲歩したつもり。」と答えた。


十分だ、ノアさえいれば証拠集めができる。


「構いません。では、まず鳩でその旨を伝えてください。」


言うと、ブレンダは「全く、約束を破りゃしないわよ……」とぼやきながら鳩で他の仲間に「私は体調不良で抜ける。代理に『エレノア』という背の高い子を立てたわ。その子を警戒する必要はない。」と書いた手紙を運ばせた。


「これでいい?……アキコ、一緒に来て。」


私はノアにグッドサインをしてからブレンダの後を追う。

ノアは私の背中に「絶対、無駄にしないから!」と言い放った。


……


ブレンダに連れられ歩くこと10分。立派な屋敷に到着し、「上がりなさい」と言われおずおずと敷居を跨ぐ。


ブレンダの家と思しきその屋敷は、木の匂いが微かにするダークウッドを基調とした豪邸だった。


(さすがチグリジアの幹部、家柄もいいんだ……か、花瓶とか落としちゃったらどうしよう?あれとか何百万するの?)


あまりの豪華さにびくついていると、ブレンダの足が可愛らしい看板の下がった部屋の前で止まる。


「この部屋にいる子を……治してほしい。」


ブレンダが部屋に入るとそこには、小さい女の子が人形で遊んでいるのが目に入った。


「妹よ、可愛いでしょう。」


しかし、その子が振り向いた瞬間、私の息が止まる。

ブレンダの妹の顔には、右目の目尻の横あたりに大きな黒いアザがあった。

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