闇を引き受ける少女
「……」
勿論、答えられるわけもない。すると会長はいつものようにため息をつき「君のことだから、危ない潜伏でもしてるんじゃない?向いてないよ、降りるべきだ。」と口にした。
(……あれ?私のこと……チグリジアのメンバーだって疑わないの?)
なぜか早くなっていく心臓の鼓動に、戸惑ってしまう。
(今は余計なこと考えてる場合じゃないでしょ!……どうしよう、私だけ生徒会室にれんこうされたから仲間も助けに来れない。)
私は何も答えず次の手を考えた。しかし、沈黙の時間が続く度、会長の顔が悲しく歪んでいくのを見て心が痛んでくる。
「……なあ、まさか本当に……君はあいつらの仲間なのか?」
そう会長が口にした瞬間、心を決めた。今はバッドエンドを防ぐのが最優先、気になる男性に嫌われるのを恐れていては、リリーも世界も救えない。
「……そうだよ……」
そう呟いた私の声は、細く掠れてしまう。
「だってしょうがないじゃん……私にも痣があるし、リリー様ってば私に闇の魔力のことも光の巫女のことも黙ってたんだよ!?こっちが何も……知らないと思って!」
彼に嫌われたくないと意図せず溢れてきた涙が、嫌な説得力を増していった。ユーリ会長は唖然とした様子で、ただ私の顔を見つめている。
そして、俯いた後「……俺は、意外と君のことを高く買っていたんだがな。貴族階級の格差が厳しいこの学園において、何度注意されても自分を曲げない姿は、迷惑でもあるが評価していた。」と呟いた。
会長の顔が見れず、下を向く。すると彼の拳が悔しそうに握られているのが目に入り――そして、見つけてしまう。
くしゃっと皺の寄った手袋の隙間から……真っ黒な痣が覗いているのを。
こんな状況だというのに、また咄嗟に手が伸びた。今度は嫌な予感が心臓の鼓動を早めていく。
油断していたのか、会長は私に手を持ち上げられた後何秒か硬直していた。
「……なんだよ……君にもあるんだろ?珍しいものでもあるまい。妙な化粧品が流行ってる理由……知りたいか?皆これを隠したいから、より強力な化粧品を欲しているんだ。例えそれが、有害だろうがね。」
笑い混じりに言いながらそう語る会長の目は、信じられない程に冷たい。
「……これ……放置してると、どうなるの……?」
勝手に口が動き、私は会長にそう尋ねる。
「……体を全て覆われたら魔物になるんだ。人ではいられなくなる。」
(うそ……だ、ユーリ会長が……魔物に?)
『大丈夫、君ならできるよ。』
あの優しい声が頭をよぎり、そんなことを考えている場合ではないのに(そんなの、可哀想。助けてあげたい。)そんなことを願ってしまった。
その時、私の指に会長の黒い痣がどんどん吸い込まれていくところを目の当たりにしてしまう。
「……え?」
驚いたのは、もちろん私だけではない。会長は信じられないものを見るような目で私を見つめ、手で口を被っている。
「こん……なの、有り得ない……闇の魔力を浄化できるのは、光の巫女だけのはず……!」
呆然と呟く会長。そして、私は手首の辺りに焼けるような痛みを覚え、押さえる。
そして、シュシュをどかして手首を確認すると――黒い痣がぽつりとそこに浮かんでいた。
「――――っ!」
悲鳴にならない息が喉から漏れる。私の反応を見て、会長はすぐに「これは元々あった痣ではない」と察したようだ。
「やだ……っなんで……吸収、した……!」
パニックで震える私に、会長が手を伸ばした時だった。
突然生徒会室の扉が開き、長い絹のような黒髪を束ねた優しそうな目の男が入ってくる。
彼は渋みのある美形で、服装は春先に似つかわしくないタートルネック姿だった。
「やあ。サイトーさんに少しお話があって探していたんだけど、必要な話をしていたかい?」
長いまつ毛を伏せて見下ろしながら言う男に、会長は焦った様子で「待ってください、まだ話が終わってなくて……!」と引き止める。
「なら、引き継ぎましょう。どんな話をしていましたか?……随分取り乱していたようですが、何かあったのかな。」
優しい声で尋ねてくる男に、「あのっ……!私……!」と助けを求めようとした。
しかし会長は「言うなサイトー!……俺を信じて。」と真剣な顔で言い放つ。
「……!」
私は迷った末、優しい声の男に「……私……荷物検査に、引っかかってしまって……」と呟いた。
男はにこりと微笑むと、私の髪を撫でて「それはいけないね。おいで、僕が君の処分を決めましょう。」そう言って生徒会室を出る。
「……初めまして、僕は魔法薬を教えているエメリヒ・ミュラー。君の噂はかねがね、ジョーンズくんから聞いているよ。密偵の噂もあったから泳がせていたんだが……生徒会長に詰められていたところを見るに、そう警戒する必要もなさそうだ。」
ミュラーと名乗った男は廊下で立ち止まると、そう言って右手を差し出してきた。
「……えっと。私、右の手首に痣が……」
「おお、可哀想に……だけど大丈夫。闇の魔力に触れると感染するというのはデマだ。気にする必要はないよ。」
ミュラーに言われ、おずおずと手を握る。
私は既に察していた。このミュラーという男はチグリジアの関係者……いや、恐らくは親玉的存在であることを。




