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不穏な殿下

図書館から出ると、私は会長から教えてもらった本を抱え熱に浮かされていた。


(あれ……なんだったの?会長ってあんなに優しい人だっけ……)


すると、階段を下ろうとしたところで足を取られバランスを崩してしまう。


「あ」


もうだめだ、と思った時。力強く腕を引かれ、体を引き寄せられる。

以前にも嗅いだことのある薔薇の匂いに包まれ、私は隣を見やった。


「でん……か……」


「あれ、ノアだってば。どうしちゃったの?」


(あれ……?)


「私がアキコだって……わか、るの?」


「うん!当たり前じゃん!」


失敗……?いや、しかし今日はノア以外に正体を見破られていない。これだけで作戦を諦めるのは勿体ないな。


「ノア、次私がこの格好してたら知らない人のふりしてくれる?」


おどおどしながら要求を口にすると、ノアは明るい笑顔で

「なんで?……ああ!なるほど潜入かぁ!もちろんできるよ、任せて!」と言った。


(わあ……眩しい……!)


「あ、良かったらこれからまたマカロン食べない?どんな作戦立てたか知りたいし!」


「えっ……聞くん、ですか。」


「そらそうでしょ、どう動くか共有できてた方がいざって時助けやすいし。」


(困った、理にかなっている。)


「大丈夫、目立たないとこでお話しよ!ね!」


ノアはそのまま、白目を剥きそうな私の手を引き歩きだした。


……


「なるほどねー、別人のフリして動かぬ証拠作っちゃおう作戦かぁ。」


人のいない空き教室で言いながら、貝殻を手に取り眺めるノア。


「あ、ううん。加入するのはいつものアキコだよ。」


「えっ!?」


私はノアが驚いて落としてしまった貝を手のひらで受け止める。


「今日この姿で過ごしてみて分かったんだけど、誰も私のすっぴん姿をアキコとは認識しなかったんだ。気付いたのはノアだけ。だからチグリジアにいつもの状態で加入して目立ち、この姿で情報を抜く。私は元々ヘイトも買ってるし目立つからいい囮になるの。」


「自分を囮に……大胆だなあ。でもいいかもね、大きな問題に視線を誘導できた方が調査も楽だろうし。」


ノアは言い切ると、じっと私の顔を見つめてきた。


「なに……なんなの、見られるの、好きじゃないんだけど……!」


「すごいやアキちゃん、別人エミュマジでうまいね!僕、電話だったら気付けなかったかも!」


(逆になんで見た目から気付けるんだろう……リリー様でさえ一瞬分からなかったくらいなのに。)


「エミュじゃないの!……こっちが本体。私元々コミュニケーション苦手で……だからギャルのフリして自分を守ってるっ、ていうか。」


必死に訴えると、ノアは興味津々に「ウケる、なんでそこでギャルだったの?」と尋ねてくる。


「……昔……ギャルに助けてもらったの。そこからずっと憧れて……私にとってギャルは強さの象徴だし、自分を好きになれる魔法、なんだ。」


「へえ、いいじゃん〜!助けたギャルもそう言ってもらえてきっと喜んでるよ。」


満面の笑みで言い放つノアに、私は「どうかな」と答えた。


「その子、すぐ転校しちゃったんだけど……転校する日に、『あの時助けてくれてありがとう、かっこよかった』って手紙送ったら、すっごく苦しそうな顔、してたから。」


少しだけお互い沈黙が続き、いつも沢山喋るノアが静かなことに不安感を覚える。不安になり、チラリと彼を見ると

「……へー、寂しかったのかもね。少なくともアキちゃんがしんどかったからじゃないって!多分。」ノアはそう言って微笑んだ。


「そ……うかな?自信なくて……」


そう弱音を吐いた瞬間、ノ突然私の頬に触れるノア。


「ど……したの?今日はメイク、してない……よ?」


「さあ……?どうしたんだろ、アキちゃんはいつも自分の行動に理由をつけられるの?」


そんな不思議な返しをされてしまい、私は返答に困ってしまう。「勿論」と返したい所だが、先日浴槽に潜り溺れかけたせいでそれを言えない自分がいた。


「アキちゃん、さっき言ってたよね?正体を見抜いたのは『俺』だけだって。じゃあ潜入任務の為にも、俺以外にはこの姿、あんまり見せない方がいいし教えない方がいいかも。」


言ってることは正しいが、そう口にするノアの目が白蛇の目のように見えてぞくりと首筋に悪寒が走る。


「そ……だね、気をつける……」


そう答える私から手を離し、ノアは「ごめん、怖かったね」と呟いてから「じゃ、無理せず頑張って!」と言い残し空き教室を出た。


(なん……か、変だった……)


……


帰宅して、仕事を終わらせた後。私はリリー様に必要な報告を済ませてからユーリ会長に教えてもらった本を開き、早速魔力を増やす方法を試してみることにする。


なんでも寝ながら実践できるものがあるらしく、中々興味深い。


(あった、寝方を変えるだけで魔術トレーニング!これだ。)


ベッドに仰向けになり、本に目を通す。


(目を閉じ、深く息を吸ってから……どんどん深く海に潜っていくところを想像する。3、2……い……ち……)


手から力が抜け、知らぬ間に深い眠りに落ちてしまう。


……


暗い海の中にいる……間違いない、これは夢だ。


どんどん深く潜っていると、真っ黒な人影が丸まっているのが見える。


「……あなた、こんなとこで何してるの?」


声をかけると、黒い影は少女の声で「眠っているのよ、起こさないで。」と呟く。


「どうして……こんな所で寝てるの?」


「私が……ここにいちゃいけない子だから。」


それを聞いて、思わず悲しみで顔が歪んだ。私も、この子の感情を知っている。


『私はいなければよかった子なんだ。』帰ってきて、家族との食事を済ませると必ず、自室で呟いていた言葉。


人影の体からは煙が出ていて、どこかチグリジア所属の女子生徒が見せてきたものを彷彿とさせた。


寒そうに震える女の子を見て、私はまた無意識に手を伸ばす。

そして彼女に触れた瞬間、人影は分裂し、タコの足のように私の体にまとわりついた。


恐怖で声も出せずにいると、タコの足は私を完全に取り込んでしまう。そして低く、恨みのこもった声で「起こすなって、言ったのに。」と囁いた。

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