かっこいい会長
「ゆ……め?」
私はナナちゃんから聞いた情報を思い出しながら、慎重に尋ねる。
「誰かを選ぶ度に不幸になって……最後には殺されてしまうか、愛する者を失ってしまう。……選ばなくても、最後には階段から突き落とされて命を落とすの。」
それを聞いて目を見開いた。リリーの発したセリフが、夕方ノアから聞いた物語の行く末そのままだったからだ。
まさか、リリー様は夢として未来を予知しているのか?
そう思うとゾッとして、自分の腕を抱いた。
そんなの、ただ純粋に恋愛に抵抗があるのとは訳が違う。リリー様は恋する度、命やそれ同等のものを失うことを感覚的に知ってしまっているのだ。
「おかしいわよね、たかが夢を言い訳にして使命から逃げようとするなんて。」
視線を落とすリリーに、私は「そんなことないです!」と言い放ち、手を握る。
「そんな夢を見れば、誰だって怖いです。大丈夫、私が……チグリジアだけでも何とかしますから!」
そう宣言してからハッとして「うわすみません、絶対手汗で湿ってましたよね私の手……消毒薬を持ってきます。」と謝罪した。
「湿ってないわ!大丈夫!……もう、威勢がいいんだか悪いんだか……」
リリー様はため息1つついた後、呆れたように 微笑んだ。
「でも、あなたが何とかするとかは危険だしあまり考えなくていいわ。これといって策もないのでしょう?」
心配そうに口にするリリー様に、私は「いいえ……ちょっといい作戦を思いついたかもしれません。リリー様、先程仰ってましたよね?今の私が『別人』に見えると……」と尋ねる。
「え?ええ……あ!でも悪い意味じゃないのよ、あなた化粧をしなくても凄く可憐だなって……」
「あ、いいんですこんなゴミカスをフォローしなくても……大事なのは、私本来の姿ってあまり周囲に認知されてないから使えるんじゃないかって、そういうことが言いたくて。……リリー様、ちょっとだけ耳を貸していただけませんか……?」
……
翌日、私は授業を終えると女子トイレへと向かう。
(まずは実践……本当にバレにくいのか試してみなきゃ。)
すると、廊下で後ろから「止まれ、サイトー。」と呼び止められた。ぎこちない動きで振り返ると、そこには険しい顔をしたユーリ会長が立っている。
(あ……え、嘘!?また呼び出し!?)
そう思いながら身構えていると、会長はゆっくりこちらに歩いてきて、「昨日……大丈夫だったの?」と尋ねてきた。
「……え?」
思いもよらぬ言葉に、面食らう私。
「ほら、昨日は殿下が対応するっていうから譲ったけど……大変だったんだろ?何もされなかった?」
顔は険しいままだが、かけてもらった言葉は優しい。
「だ……大丈夫です。ノアが助けてくれて……」
言うと、会長の顔は青ざめていき「おまっ……馬鹿!殿下を呼び捨てする奴があるか!」と声を荒らげる。
「え?だってノアがそう呼んでって言うから……何?文句ある?それともまだ、私の爪剥がしたいわけ。」
大きな声に萎縮する私を見て、会長はため息をつくと「普通に声をかけただけだけど。君の爪を剥がしたいとか思ったことないし……悪かったな、口やかましい生徒会長はこれで退散するよ。」と言って身を翻した。
「あ!ちょっと……待って!」
言うと、会長は気怠げにこちらに振り向き「なんだよ。」とぼやく。
「この前……殿下から、庇おうとしてくれたでしょ?……ありがと。」
そう伝えるも、ユーリ会長は顔を逸らし黙って早足に立ち去ってしまった。
(お互い、天敵と認識してしまってるな……これ。)
それから急いでトイレに向かい、スカートを履き替えメイクを落とす。そして、作っておいたカツラを髪に装着した。
「おお……本当に別人だ……」
そう呟くと共に、青白い肌に重たい黒髪姿の自分を見て気分が暗く落ち込んでいく。私は鏡を見ていられず小走りに女子トイレを後にした。
今日のミッションは、本当に私だとバレないかのテスト。そして……
ポケットから取り出した貝殻を眺める。これ自体はなんでもないただの貝だが、魔法を使うとここに音を閉じ込められるらしい。
潜入して、音声という誤魔化しの効かないものを盗む。シンプルだけど中々いい作戦だと思う。
そして、ネックとなるのは肝心の魔法が使えないこと。だから今日、周囲の反応を見つつ図書館で魔法を学びにいくわけだ。
息を殺して入口を抜けると、逃げるように棚に隠れながらお目当ての本を探す。
(録音の魔法……録音の魔法……あった!)
本を見つけたはいいが、かなり高い位置にあって触ることができない。背伸びをして手を伸ばしていると、白い手が伸びてきて、その本をあっさり本棚から抜き出してしまった。
「やあ、可憐な子うさぎさん。欲しかったのはこの本かい?」
歯の浮くようなセリフが聞こえてきて見上げると、柔らかい笑みを浮かべた……ユーリ会長が立っている。
(ひっ……!誰!?)
悲鳴が出そうなのを堪えながら、小声で「アリガトウゴザイマス」と礼を言った。そして逃げるように「それでは!」と立ち去ろうとした時、ユーリ会長が「その魔法、使いたいの?俺で良ければ教えられるけど。」と口にする。
少し迷ったものの、私はあまり魔法の才能がないので教えて貰った方が確実に魔法を習得出来るかもしれない。無言で頷くと、会長は私の手を引いて席に着くよう促した。
「君、名前は?あまり見ない顔だけど……最近編入してきたのかな。」
笑顔で訪ねてくる会長を気味悪く思いつつも、「ユキ……って、言います。」と裏返った声で名乗ってみせる。
すると会長は目を見開き、固まってしまう。
(まさか、生徒名簿を暗記しててそんなやついないぞと気付いたとか!?)
冷や汗をかきながら次の言葉を待っていると、会長は微笑み「ユキ嬢か、素敵な名前だね。」と呟いた。
(良かった……!セーフ!)
会長が机の上に置いた本に目をやると、難しそうな参考書や魔法の教本の間に、童話の絵本が挟まっているのが見える。
(……?なんか、あれだけ毛色が違う。)
「音を閉じ込める魔法はね、音を入れておきたいものの中に魔力を注ぐ所から始まるんだ。やってごらん?」
言われるがまま実践を試みた時、女子生徒が会長を見つけ「まあ、魔法を教えてますの?なんてお優しいのかしら。」と声をかけた。
すると会長は朗らかに笑い「困っている女性を見過ごせないたちなんだ、セイラ嬢、君は今日も星のように輝いているね」とまた震え出してしまいそうな程キザなセリフを口にする。
(もしかして……こっちがデフォなの!?)と気付くと共に、どれだけこの男に嫌われてしまっているかを痛感した。
……
しばらく試してみたが、録音の魔法が全く上手くいかない。初級魔法のはずだが、想像していたよりも私には才能がないようだ。
「まずい、もう行かないと。」会長がふいに口にしたので、私は肩を落としながら「お忙しいのにすみません、時間を無駄して……」と呟く。
「どうして?これも生徒会長の仕事だし気にしなくていいのに。……そうだな、多分君って、魔力の全体量が極端に少ないんじゃない?ほら、コストが2つ必要なのに1しかなかったら使えない、みたいなこと。」
ユーリ会長は机の上に並べられた貝殻を使ってそう説明してくれる。
「ああ……そう、かもしれないです。」
諦めようか考えていた時、会長は後ろの棚から本を持ってくる。
「これ、子供が読むような本だけど、1番分かりやすく魔力の増やし方が書いてある。実践してみて。……応援してる。」
会長はそう言って席を立った後「大丈夫、君ならできるよ。」と貝殻に声を閉じ込めて、私に差し出す。
(何……あれ……かっこいい……)
私はどうしてこんなに心臓が鼓動するのかも分からぬまま、その後ろ姿を見つめていた。




