バッドエンドをすり抜けろ
「うっそ!?主人公!?どおりで可愛いわけだわ……」
「それな、透明感えぐい。あれすっぴん?なわけないか。」
「と思うじゃん?すっぴんなんだなー。まじ顔面完成度おかしいよね……じゃなくて!それってまずくない!?友達のナナちゃんが言ってた、この乙女ゲームって……バッドエンドしかないじゃん!」
裏庭に私の声が響いた。
ナナちゃんの話を大分流し聞きしていたのでかなり記憶が曖昧だが、攻略対象が死んでしまったり魔物になったり、とにかく悲惨なENDしかなかった気がする。
しかもルートに入らなかったら入らなかったで……今度はリリー様が死んでしまう。
「そうなんだよねー。この世界どう頑張っても滅ぶしかないから詰んでるわけよ。」
相変わらずやけに軽い口調で言うノア。
「転生した世界が詰み確定とか最悪なんだけど!?ど、どうしたら……!」
「それなんだけどさ……僕、実はこのゲームめっちゃやり込んでんのよ。一緒に潰さね?バッドエンドの可能性!」
親指を立てながら提案してくるノアに、私は
「すご!やる!私も死ぬのやだし、リリー様も助けたい!でも凄いね!?乙女ゲームなんてやるんだ!」と食いついた。
「うん、元カノが好きだったから。」
それを聞いて頭が処理落ちする。なんちゃってギャルとして生きてきた17年間、彼氏なんて1度もできたことのない私からしたらその発言はかなり大きな爆弾だった。
(私のような偽物とは違う……ほんまもんのリアル充実人間……!しかも彼女のためにゲームやり込むとか、いい彼氏だったんだろうなー。)
「ひとまず『チグリジア』だけでもなんとかしたいな。あの集団がいると、リリーちゃんが誰も選ばなかった時階段から突き落としてくるんだわ。」
「は!?なにそれ危なすぎ!」
しかし、ありえない話ではない。彼女たちの余裕のなさを見た限り、追い詰められればそこまでやりかねない危うさはあった。
「チグリジアには、絶対親玉がいると思うんだ。表向きは生徒の集団なんだけど……あんな堂々と腕章なんか付けてもあまりとやかく言われてないみたいだし、チグリジアの生徒が問題を起こしてもやけに処分が軽い。」
「……それって……!学園で権力がある人間が黒幕ってこと!?」
「そうなるね。僕も調べたいけど……まあ、見ての通り目立つでしょ?情報収集を代わりにやってくれないかな、些細なことで構わないから。黒幕に繋がる情報さえ掴めれば、あとは権力行使でゴリ押しできる。」
王子が真剣な顔でとんでもないことを口走っているが、理屈は通っている。
「わ……かった。ちょっといい方法考えてみる。」
私はそうノアに伝え、胸の前で拳を握ったのだった。
……
帰宅後、リリー様は私と口も効かないどころか落ち込んで部屋から出てこないとお姉様に教えてもらう。
(私が……あんな軽率なこと言わなければ。)
給仕が終わり、屋根裏部屋で一息ついた頃。悩んでも仕方ないからと、先にメイクだけ落としてベッドに寝転んだ。
深夜近くになるまで私はお風呂に入らない。お姉様方に気を遣っているわけではなく、ネイルチップやメイクを落とすとメンタルを守る鎧が無くなり、人との会話が困難になるからである。
しばらく待って、(そろそろいいか)と起き上がった。
浴場はいつも通り空いていて、私は体を洗ってから浴槽の隅に蹲る。
(とにかく、リリー様と話せない以上は行動で示さなきゃ。危険そうな任務だし、魔法の練習とかした方がいいのかな?護身用に……でも私魔力カスそうだし無駄かも。)
考えていた時、浴場の扉がガラガラと開いた。
(え!?誰!?こんな時間に……!)
隠れる場所もない中、私は咄嗟に浴槽の中に潜る。
「あれ?誰かいるの?」
その澄んだ声を聞いて、絶望した。ただでさえすっぴんを誰にも見られたくないのに、リリー様が来てしまうなんて。
「あら……も、もしかして潜っているの?潜水の練習なのかしら。まあいいわ!邪魔したりしない。体を洗ったら帰るから!」
リリー様は言いながら風呂桶の湯を身体にかける。そして何秒か無言を貫いた後に「……ねえ、手が空いてるなら聞いてくれない?私ね、今日私に励ましの言葉をくれた従者に酷いことを言ってしまったの。」と呟いた。
(私の……こと?水中だから微妙に聞き取りづらいけど、今日の話だよね?)
「その子の言ってたことが嫌だったわけじゃないのよ?とても嬉しかった。……本当に嬉しかったから……嫌になったの、自分のこと。」
そして、リリー様は突然静かになってしまう。
(また、泣いてるんだ。)
「どうしたら許してもらえるかしら、私……」
そうリリー様が呟くと同時に、息が限界を迎えた。
(やば……)
ザバンと水音がして、浮かび上がる私。リリー様は最初誰か分かっていないようだったが、特徴的なミルクティー色の髪を見て誰か察したようだった。
「アキコ!?うそ、あなただったの!?浮かんできたということは、気にしなくていいって言ってくれてるのね……!」
リリーは浴槽に入り、私の肩を揺する。
「し……ぬ……」
私はのぼせた頭と酸素不足で、それだけ呟くとがくりと頭を倒した。
「うそ!?アキコ!?しっかりしてアキコ!」
……
目が覚めると、お花とバニラの香りがする柔らかいベッドの上で目が覚める。
「ここ……」
リリー様の部屋だ。私が声を上げた瞬間、ずっと隣で見てくれていたであろうリリー様が私の名を呼びながら抱きついてきた。
「良かった、無事だったのね!心配したのよアキコ、大丈夫?」
「リリー様……助けてくれたんだね、ありがとう……」
私はリリー様の肩に手を重ね……
「あでも、私に近付くとドブの香りがうつるので、離れた方がいいです。」
と言いながら引き離した。
リリー様は何が起こったのか分からないと言った様子で固まっている。
「な……何言ってるの?全然ドブの匂いなんかしないけど……」
私はベッドから飛び降り、部屋の隅に移動すると「いや、本当に……なんか陰気な空気とかも染み込むかもしれないから。布団ダメにしてすみません、弁償します。」と謝罪した。
「本当に何を言っているの??」
リリー様は困惑しつつ私の手を引くと、「弁償なんかしなくていいから」とソファに私を座らせる。
「……びっくりしたわ、髪色が違ったら本当に別人みたい。そんなに自分を卑下しちゃだめ。……えっと、今いっぱいいっぱいでしょうけど聞いて頂戴。私ね、あなたに謝りたかったの。」
「夕方の……件ですか?リリー様は悪くないです。」
私が口にすると、リリー様は指をこねながら「……そう、思う?夕方の発言を、取り消したいと。」と言ってこちらをちらちらと見てきた。
「いえ、それに関しては私そんなに悪いと思ってないし取り消すとかは無理ですね。」
キッパリ言い放つと、リリー様は「ああ、その妙に頑固なとこは変わってないのね、安心した。」と口にして……口元を綻ばせる。
「でも、想像力にはかけてたと思うから……あの時リリー様にそのまま投げる言葉としては、不適切でした。」
言うと、俯いて「そんなことない、とても嬉しかったのよ。……私が……悪いの。真実の愛を探さなくてはいけないのに、なんの努力もできなくて……」と自責するリリー様。
「努力?本来恋愛って好きになろうと思ってなるものじゃないでしょう……少女漫画の知識しかない分際で、恐縮ですが。」
「そ、それはそうだけど……違うのよ。」リリー様はそう訂正した後で、目を泳がせ何かを躊躇っている。
そして、意を決したように口を開くと
「夢を……見るの。恋する度に、不幸になる夢を。」と口にした。




