次に挑むは
その後、ミュラーはチグリジアのメンバーである女子生徒たちの証言により悪事を暴かれた。
有害な薬品を女子に配り、その特効薬をチラつかせてから自分の組織へ誘導する。そのあまりに陰惨なやり口から免職処分が言い渡され……チグリジアに所属する女子生徒たちは自主退学、もしくは長期停学を申し出た。
ブレンダもこの国立魔法学校を辞め、この先のことについては家族と話し合うことにしたらしい。
非常に悲しいが、これはブレンダの決めたこと。私が口を挟むことはできなかった。
「……じゃあ、元気でね。ブレンダお姉様。」
ブレンダの最後の登校日に、私はサルビアの花を彼女に渡す。
「あら、随分と仰々しい……あなたスパイなんでしょ?まさか、今回のことを気負ったりしていないわよね。」
ビクりと体を揺らす私を見て、ブレンダは声を抑えて笑ってから突然真剣な表情で私を見た。
「……アキコ。あなたの能力だけれど、絶対に今後使わない方がいいわ。何があっても、ね。記憶のおぼつかないあなたも世情くらいはなんとなく察したはず。リリーが覚醒していないこの状況下で、あなたの能力が知れ渡れば……」
ブレンダがそこまで言いかけてから止まるので、私はむず痒くなって「し、知れ渡れば……?」と続きを急かす。
「……身の破滅、よ。エレノアの言っていた通り、能力を使い倒され一瞬で魔物の仲間入り。嫌ならば……能力を安売りしないことよ。」
ブレンダはそう言ってから花を受け取り「サルビア……?ふふ、ばかね。」と微笑み身を翻した。
「ま、また会えるといいね!」
そう声をかけたが、ブレンダは足を止めようともしない。
校門を通り抜けるブレンダの後ろ姿はどこか寂しげで……でも、少し晴れやかにも見えた。
……
「これで……良かったんだよね。」
ブレンダを見送った後、裏庭に戻りノアにそう零す私。
ノアは私の頭を撫で「うん、彼女たちがこうしたいと決めた以上……アキちゃんが止めるのは蛇足だと思うよ。」と優しく諭す。
「そう……だよね。それに、今回でチグリジアによるバッドエンドは永遠に訪れなくなった。だから……前進、だ。」
拳を握りながら、自分に言い聞かせた。そこでふと思い出す。
昨日、今回沢山助けてくれたノアの為にプレゼントを用意していたのだ。
「そうだ!……ノア、今回は沢山協力してくれてありがとう!ノアがいなかったらきっと私ミュラーに負けてたと思う!だからこれ……!」
私は鞄からピンクのシュシュを取り出しノアに差し出す。彼はそれを見て、ヒュッと喉から息を漏らしてから固まってしまった。
メイドのお姉様が分けてくれた、可愛いオーガンジー生地にピンクのワスレナグサをイメージしたレースをちりばめた自信作。
ノアなら喜んでくれると思ったのに、彼はふるふると震える指をシュシュに向け、息を止めている。
「……ノア?こういうの……趣味じゃ、ない?」
恐る恐る尋ねると、ノアはハッとした様子で息を吹き返し「ううん!すっごい可愛くて死ぬかと思った!……これは、桜?」と口にしてからそれを受け取った。
「ううん。ワスレナグサをイメージしたの!ほら、この前ノア知らないって言ってたでしょ?ピンクのワスレナグサの花言葉!私あの後調べたんだー!『真実の友情』なんだって、まさに私たちにピッタリだなと思ったわけ!」
ノアはそれを聞いて複雑そうに目を伏せる。
(まずい、知識マウントっぽかったかな!?)
そう危惧したものの、ノアが微笑みながら「ありがとう、めちゃくちゃ嬉しい!」と言ってシュシュを右腕に付けたのを見て心の底から安堵した。
「見て!袖まくるとちょっと日本の男子高校生っぽくない!?」
ノアはそう言って、シュシュの位置を調整したりブイサインしたりして手元をうっとりと眺めている。
――ああ、またあの目だ。とっても優しい目。
ノアは友達。でもたまに彼から発される謎の感情を浴びて、体が妙な反応を起こすことがある。
私は家族とも仲が良くなかったし、男子との関わりもほぼ0だった。
だから、知らない。あの向けられたことのない優しい瞳とか、声とか……向けられた感情がノアからの親愛なのか、別物なのかも。
「ね、僕可愛い?」
私が思考していると、ノアが尋ねてくる。
「うん!可愛いし、イケてる!」
そう返すと、ノアは少し寂しそうに笑うのだった。
「……よし、シュシュを十分に堪能したとこで……真面目な話に移ろうか!」
しばらくシュシュの鑑賞会を楽しんだ後、ノアはそう切り出す。
「次のバッドエンドフラグについて……かな。」
言うと、ノアは静かに頷いた。
「残ってるのは、『カイ』って攻略対象と……サルビアがきっかけで登場する『闇の魔女』だね。うわ!?もう半分とか僕たち凄すぎ!」
「……闇の魔女はまだ全貌が掴めないけど、サルビアなら今度屋敷に来るって……ああ、そういえば聞いてたよね。」
「うん。もし探れそうなら、怪しい人が見つかったかとか聞いてみるといいかも。」
「カイの方はどうする?まだそれっぽい人を見かけてないんだけど……」
「カイ君……『カイ・ホーキンス』はね。元々優等生だったのに闇の魔力に蝕まれてから周りに総スカン食らってやさぐれちゃうって、そういう設定の子なんだけどさ。ゲーム序盤は入院してるから、学校に来ないんだよ。」
その解説を聞いて、少し嫌な予感が頭を過ぎる。
「それって……そろそろ、戻ってくるんじゃ?」
推測を口にしてみると、ノアは満面の笑みで「せいかーい!そろそろ出てくると思うよ!」と答えた。
(最終的に所在が分からないよりは……まあ、いいのかな?)
「まあ、そんなに気負う必要ないよ。とりあえず次遭遇しそうなのはサルビアの方でしょ?気を付けて、ゲームでも彼女はかなりリリーを憎んでる悪役だったから。」
ノアが珍しく真面目に警告してくるので、息を飲んだ。
「家族愛」が花言葉のサルビアという名を付けられているのにリリーを憎む姉……私はノアと別れ仕事を終えた後、頭の中でサルビアを言い負かすイメージトレーニングをして夜を明かしたのだった。




