覚悟を決めた少女たち
「ねえ、さっきの……」
「ブレンダ先輩の声だわ。」
ミュラー先生の後ろでひそひそと話し始めるチグリジアのメンバーたち。ミュラーは冷や汗を浮かべながら「なんだいそれは?もしや、ブレンダ君を買収して言わせたのかな。」と口にする。
その瞬間チグリジアのメンバーたちの表情が変わり――「あの人は買収なんかされないわ。」と異議を唱えた。
(ミュラーが保身に走れば走るほど、チグリジアのメンバーたちの目が冷ややかになってきてる。これは嬉しい誤算かも!)
「な……なら!似た声の人間に言わせたに違いない!ブレンダの声は普遍的な10代女子の声だからね。」
ここまで往生際が悪いとは……呆れていた時、会長が「もう結構、水掛け論になるのは避けたい。先にこちらの主張を続けますよ。この化粧品には……意図して有害な物質が含まれていた。少し使うくらいでは症状は出ないが、毎日使うと腫れや肌荒れ、湿疹を引き起こす。」と、解説を続ける。
「学生らしい失敗じゃないか、効果を優先して有害物質を調べずに混ぜてしまう。杜撰だな。」
足掻くミュラーを会長は鋭く睨むと、「それがね……逆なんですよ。巧妙に設計してあるんです。」そう言って、次は透明な小瓶を取り出した。
「これは、ファンデーションの有害な成分を的確に打ち消すよう作られた薬。後ろの君たち、見覚えは?」
ミュラーの醜態を散々目にした女子たちは、お互い目配せした後に「……それ、ミュラー先生が水曜日に配ってる薬でーす。」とあっさり暴露する。
「有害な化粧品に苦しめられている生徒たちの為に個人的に作った物だ!」
そう反論するミュラーだったが、「そうであれば、かなり詳しくファンデーションの成分を調べ上げたんですね。……どうしてそこまでして、他の職員や我々に共有しなかったのですか?もっと多くの人間が関われば、複製だってできたはずだ。」
会長にそう切り返され、黙り込んだ。
少し間を開けてから、「まだ調査段階だったので……共有が遅れた。」と呟くミュラー。
「調査段階?成分を完璧に分析して、副作用を全部打ち消す薬を女子生徒たちに配布してる時点で調査段階なんてとうに終わっていたはず!そうじゃなきゃ、あなたは女子生徒たちを実験台にしていたことになるけど!?」
私が問い詰めると、チグリジアのメンバーたちは後ろで「そんな……!未完成な薬なんて知らされなかったわ。」と囁いていた。
「も、モニターであることは彼女たちに説明したつもりだった!きっと行き違いがあったんだ!」
ここまで来て尚も認めないミュラーに業を煮やしたのか、ノアが一言「もう、その辺にしましょう。」と笑顔で言い放つ。
その声は穏やかなのに、なぜかぞくりと首筋に冷たい感覚が走った。
「先日――あなたのことを『少し』調べさせていただきました。以前勤めていた会社をクビになった理由……自社の化粧品を買ってもらう為に、少々画期的すぎる発明をしてしまったみたいですね……?」
ノアはミュラーの後ろから、耳元で囁く。ミュラーの顔は真っ青で、喉が詰まって声が出ないようだった。
「画期的すぎる発明……とは。」
気圧されつつ会長がノアに尋ねると、彼は「自社の化粧品に有害な成分を混ぜ……所謂化粧落としにそれを打ち消す成分を混ぜる。それを秘密裏に売り捌こうとしたんですって?痣で困っている人間に、『これなら痣を隠せる』と謳って。」と、語ってからミュラーの顔を覗き込んだ。
「ど、どうやってそこまで……いくら王族だからって、会社はベラベラと喋ったりしないはず……!」
「あー、そんなこと言っちゃっていいんですか?認めたようなものですよ、そのセリフ。」
ノアは言いながらポケットから小物入れを取り出した。叩くと、ノアの追求からミュラーの失言までが綺麗に再生される。
「僕はちゃんと、正規のルートで調べましたよ?あなたの元同僚と元奥様にたまたま遭遇しまして……話を聞いただけ。それよりおかしいですね、あなたが会社を追い出された理由……今回の件と酷似してると思いませんか?」
ノアの瞳が、獲物を捕らえた蛇のように光った。ミュラーは項垂れてから「も、申し訳ありません、これには事情が……!」と縋るように呟いた。
「……続きは俺が聞きましょう。殿下、サイトー、女子生徒の皆様。お時間を取らせてしまったことをお詫びします。」
会長は私たちに頭を下げてからミュラーに向き直る。
「さあ、それでは……生徒会の面々と、あなたの処分についてじっくりお話しましょうか。」
会長はそう言って微笑むと、私たちを外させた。
なんとか無事に、ミュラーの追求に成功したと安堵した矢先。生徒会室から出て廊下を歩いていた時、奥からブレンダが凛とした顔をして歩いてくるのが見えた。
「ブレンダお姉様!?どうしてここに……」
尋ねると、ブレンダは暗い面持ちで「廊下で生徒たちが噂していたのよ、あなたとミュラー先生が揉めていて、生徒会室に連れていかれたと。……でも、その様子だと決着は着いたみたいね。」と言ってから目を伏せる。
「あ!もしかして、助けに来て……くれ……」
その言葉を無視して、ノアと私、チグリジアのメンバーたちの横を通り抜けていくブレンダ。
「待って!もしかして……証言、するつもり……?」
私が呼び止めてから数秒静止して、ブレンダは振り返る。
「私は……許されないことをしてきたのよ。事情が事情とはいえ、1人の少女を追い詰め、ミュラー先生が組んだ最悪なサイクルに女子生徒たちを巻き込んだ。だから罪を償いに行く、それだけ。」
ブレンダの瞳からは、強い意志を感じ取れた。
私たちの後ろを歩いていたチグリジアのメンバーたちは、躊躇いながらも
「わ、私もブレンダ先輩と戻ります。……ミュラー先生があんな人だったなんて……信じてついて行ってたけど、馬鹿なこと……しちゃったから。」
「私も!ブレンダ先輩にだけ損な役割を押し付けたくありません。」
と名乗り出て、3人で生徒会室へと消えていく。
ブレンダを追おうか迷う私に、ノアは「……あれは彼女たちの問題だから、介入するべきじゃないよ。あの子たちずっと、自分たちのやってることに疑問を持ってたんじゃないかな。」と諌めた。
「でもさ、そしたらどうなるの?ブレンダお姉様、退学になったりするんじゃ……」
「裁かれないよりはずっといいと思う。僕たち、大きくこの世界の運命を変えようとしてるんだ。大きく流れを変えるってことは、その渦に巻き込まれる人もいるってこと。皆が皆ハッピーとはいかないんだ。」
「で……でも……!ブレンダお姉様、めっちゃ悪い人ではないんだよ……!?じ、事情がちゃんと……!」
ノアは突然、反論しようとする私の髪を掻き分け……痣に触れる。
「誰かを救えば犠牲を伴うこともある。……アキちゃんは身をもって知ってるはずだよ。」
優しい声で諭され、涙がポロポロと溢れてきた。
今ここでブレンダの覚悟を踏みにじってはいけないことも、私が介入すべきでないことも、頭ではわかっている。
――でも、同時にやるせない。
「ノア……私……辛いよ……」
泣きじゃくる私を見つめるノアの目は、また痛いほどに優しかった。




