齋藤明子の記憶
「この世界、美容師免許ないんだよ。怖いよねー……だから僕でも髪切れちゃう。」
ノアは言いながら私の髪にハサミを通す。
「でも、素人だって思えないよ、上手。」
「僕、美容師目指してたんだよね〜……髪切りに行った時、担当の男の人がめっちゃキラキラネイルしてて。当たり前に男がそういうことできるの、かっこいいなって思ったんだ。」
ノアが遠い目で語るので、私は「別に、美容の世界じゃなくても……ノアの好きなもの、身につけたらいいのに。絶対似合うよ。」と呑気に言い放った。
しかしノアの顔は暗く沈んでいて、それに対して何もレスポンスを返さない。
不思議に思いつつもあっという間にカットは終わり、揃った前髪と顔周りに段のついたスタイルに仕上げてくれた。
「凄……!目の痣、頭振っても目立たない!」
「でしょ!しかも輪郭も隠せちゃうの、画期的じゃない?」
リリーは後ろで拍手をしながら「凄いわ!2人が話してる内容はよく分からなかったけど、すっごく可愛い!」と褒めてくれる。
「ありがとうノア、凄く気に入った!」
「僕は魔法使いだから!このくらいどうってことないよ。」
ノアは言いながら私の髪に触れた。その目が、あまり向けられたことのない……優しい視線で少し戸惑ってしまう。
一言だけ「可愛いよ。」と呟いてから、リリー様の方に向き直り「リリーちゃんも、アキちゃんに隠してたことない?どうして闇の魔力のこと隠してたのか、とか。」と言った。
戸惑う私をよそに、リリー様は目を泳がせてからこちらに歩み寄る。そして「……あなただけだったの。私を巫女として扱わなかったのは……」と語り出す。
「え……」
「勿論分かってる、あなたに記憶がないから、闇の魔力や痣のことだって知らないだろうし……だから、そんなの当たり前だった。でも……嬉しかったの、あなたといる時は私、光の巫女でいることを忘れられたから。」
「リリー……様……」
リリーは私を抱きしめ「ごめんなさい」と繰り返した。
「私だって同じよ。あなたに……大事なことを隠していた。だから今回のことは水に流すわ。次からはお互い隠しごとはなしって約束してくれるなら……」
私はそれに「約束する、絶対に。」と答える。
しばらくの間、私とリリー様は抱き合って泣いていたのだった。
……
翌日、久しぶりにリリーと2人きりで一日中過ごすことになる。
ミュラーの件でお互い疲れていたし、お互い話す時間が必要だと思ったからだ。
その間、ミュラーの前職についてノアが調べてくれると約束してくれたが――私たちに気を遣ったのか、難航しているのか。
その日ノアが屋敷を訪れることは、なかった。
夕方、私とリリー様はメイドのお姉様の力を借りず、二人でなんとかクッキーを焼き上げる。
というのも、リリーのやってみたかったことらしい。昔お姉さんとやったお菓子作りをもう一度誰かとやってみたかったとか、なんとか。
少し焦げたクッキーを机に並べ、ティータイムを楽しむ私たち。
その時、リリー様がふと「ねえ、あなたとノア殿下のことだけど。」と切り出した。
「えっ……あ、ああ!ノアがどうかしたの?」
「たまに、不思議な暗号で会話するでしょ?オシやら、ニホンやら、ビヨウシやら……あれは何?隠しごとはしないってことになったんだし、聞いてみたいの。」
絶妙に困る質問が飛び出してきて、頭を抱える。タブーというほどのことでもないが、このキラキラした魔法世界において転生という言葉が通用するか危うい。
なんとか頭の中で話すことを組み立てながら、「えーと……!私、元々この世界の人間じゃないの。といっても、体はこの世界の人で……死んだらこの世界の人になってた的な?えーと……」と話し始める。
(だめだぁ!既にとんちんかんだよ!)
すると、リリー様はハッとした様子で「もしや!転生したの!?」と声を上げた。
「そう……!わかるんだ!?」
「ええ!この世界でもその概念だけは有名よ、空想上のものだと思っていたけれど……私のバイブル、『転生したら美形王子様に溺愛されましたわ』も転生もの!人より詳しいくらいだわ!」
自信満々に言い放つリリー様。その瞳はキラキラと輝いており、憧れのヒロインを見るかのような目を向けてくる。
(この世界、割と創作の概念が現代日本に近いのかも……!白雪姫もなんか物凄いことになってたし。)
「……それなら話は早いね。私は日本ってとこから転生してきたの。で、ノアもたまたま?日本を知ってるから……そこで意気投合したってわけ。」
「そうだったのね、不思議な話。じゃあ、幼少期の記憶とかは日本にいた頃のものになるの?ほら、転生ものでも転生後の記憶があったりなかったりするでしょ。」
「そうだよ。こっちの体の記憶はほとんどないけど、日本にいた時の記憶はある。」
答えると、リリーは「聞きたいわ、アキコがどんな子供だったのか。」と尋ねてきた。
一瞬、思考が停止する。記憶がないからではない、思い出そうとすると嫌なことばかりが蘇ってきて、思い出話ではなく冷や汗が止まらなくなるからだ。
「私……は……人見知りの、子供だった。」
そう口にした時、空気が少し変わった気がした。リリー様は思っていた反応と違ったのか、少し緊張した面持ちで耳を傾けている。
「人と話すのが不得意で、いつも人の顔色をうかがって、楽しい輪の中にいても上手く笑えなかった。だから……お母さんにも、嫌われてて。」
そこまで話すと、リリー様は優しく微笑み「なら、私と同じね。」と口にした。
私はその言葉に驚き、彼女の綺麗な顔をじっと見つめる。
「私も人見知りでね、皆私に使命があることを心配していたの。……母も、次第に私を怒鳴りつけるようになった。もっと殿方に愛想よくしなさい、もっと喋りなさいと。」
その時、リリー様の言葉が慰めでないことがわかった。彼女と私は……本当に一緒なのだ。
小学生の頃、新しいお母さんが家に来た。別に元々私を毛嫌いしていたわけじゃなかったが……懐かない私を見て、母はよく「もっと愛想良くしてよ、連れ子に怖がられてるとか色々勘違いされるじゃない!」とぼやいていたのを覚えている。
「……私も……お母さんと仲、悪かった。義理の妹がいてさ、その人とも……あんまり話さなかった。」
「あら!そこまで一緒なのね!?私にも姉がいるの。昔は本当に仲が良かったのに、今はあまり話さないし……嫌われてしまっている。なんだ私たち、物凄く似た境遇なのね!」
私たちはその後も、色んなことについて話し合った。
似た境遇に似た能力。なんだか、運命を感じられずにはいられない。
転生してきて1番初めに出会ったのがリリー様で……本当に良かった。
屋根裏部屋に戻りベッドに横になると――私は家族に思いを馳せる。
母は、私との距離感が掴めずいつもよそよそしかった。嫌い、というより……人間的に苦手だったのだろう。
妹は私が面倒を見る日があっても、殆ど話しかけてこなかった。シャイな子ではなかったが、私が人と関わるのが苦手であることを見抜いていたのだと思う。
そんな中、私はギャルになって2人との関わり方も変えた。
母は戸惑っていたものの「社会性があるだけマシ」と喜び……妹は「テンションがうざい」と余計距離を取るようになる。
そして、「齋藤明子」でいられた最後の日――母は私が車に跳ねられたと連絡を受け、大事な仕事の約束を休んで病室に来た。
入ってくるなり……怖い顔をしていたから。
すぐに謝ったと思う。掠れた、ほぼ息みたいな声で「ごめんなさい。私、いない方がいい子だったね」って。
その後……怒鳴られたな。なんて……言われたんだっけ……
私は段々重くなっていく瞼を閉じ、思い出す前に眠ってしまったのだった。




