ギャルに乙女ゲーモブは難しい 後編
「――って!ことがあったの!マジパなくない!?王子、マジでいい匂いしたし!」
帰宅後、微かに小麦の匂いがする広いキッチンで、メイドのお姉様たちに今日起きたことを興奮気味に話す私。
しかしお姉様たちは「もー、また寝ぼけたこと言って。」と全く相手にしてくれなかった。
ここは主人である「光の巫女」ことリリー様の家。彼女は外で野垂れ死にしそうになっていたらしい私を拾って、使用人として雇ってくれた最高の主人だ。
「……もし仮にそれが本当なんだとして。あなたがリリー様の従者だから相手にされているの。相手は王族、あまり浮かれてはかえって傷ついてしまうわよ。」
厳しい口調でメイド長が諌める。すると隣にいたお姉様が「言葉はきついけど……平民と王族が結ばれることはないから、もし恋してしまったりしたらと心配しているんだわ。」と小さな声で教えてくれた。
(そうなんだ……じゃ、いい夢見れたということで。)
私はしばらく右手の甲を眺めた後で淡々とスープに切った野菜を放り込む。
その時、「帰ったわ!」とリビングの方向から鈴の鳴るような声が聞こえてきた。
「ねえ、アキコはいるかしら?着替えを手伝って欲しいの!」
突然指名を受けた私は、鍋とお姉様たちを交互に見る。
「気に入られてるわねアキコ。代わるから行ってきなさい。」
お姉様たちに背中を押され、リリー様の元へ駆け寄る私。
「おかえりなさいませ、リリー様!」
「ただいま。前にも言ったけど、もっとフランクに話してくれていいのよ。……そうだ!今日あったことを聞いて頂戴!」
私を見るなり微笑んで、自室に向かうリリー様。
彼女は歳の近い私を気に入ってくれており、なんと学校への推薦までしてくれた。
だがその業務は護衛というよりも今日の授業について感想を求められたり、1日の出来事を話したりと、メイドの仕事というよりは友達に求めるそれに近い。
「今日はあなたが呼び出されてしまったから、私は貴族の皆様と帰る羽目になったのよ。あの方たちって苦手だわ、口を開けば使命の話ばかり――」
「……使命?」
聞き返すと、それまで饒舌だったリリー様の口がピタリと止まる。
「あの、前にも言ってたけど……そろそろ教えてくれない?『光の巫女』の使命とかなんとか、そういうやつ。」
「あ、あなたは気にしなくていいのよ。」
リリー様はそう呟いてから急いでブラウスを脱いだ。
またこれか……以前にも同じことを尋ねようとしたが、リリー様は今日と同じ返事で突き放す上、お姉様たちを口止めしているせいで詳細は不明なまま。
悪い人では絶対にないと思うのだが、この時だけ私は少し疎外感を感じてしまう。
リリー様は一人で着替えを終え、そそくさと部屋を出ていってしまった。
(いつか……私にも教えてくれるのかな。)
……
――翌日、私はいつも通り授業を終え、リリー様と合流しようとする。
すると突然教室のドアが勢いよく開いて、ぞろぞろと5、6人くらいの怖い顔をした女子生徒たちが入ってきた。
その腕には、黒い花の腕章が巻かれている。
ザワつく教室。全員が息を殺していると、女子の1人が私を見て「ねえ、この人じゃないの。」と声を上げた。
「えっ」
「いや絶対そうだわ、明らかに浮いてるし……あなた、リリー様のおつきよね?」
リーダー格と思われる女子が、私にずいっと近寄り尋ねてくる。
「うん、まあ。」
「話したいことがあるの、ちょっと顔貸しなさい。」
「でも私、リリー様と帰りたいし……!」
反論の言葉も聞かず、私の腕を掴みどこかへと歩いていく謎の集団。
そして薄暗い校舎裏まで来ると、女子の1人が「ねえ、あの女どういうつもり?」と問いかけてくる。
「どういうつもりはこっちのセリフだけど!?急に何!」
「あら、とぼけるのね。あの女……リリーったら、光の巫女の癖に全然殿方と関わろうとしないじゃない。救いを待っている人間のことを考えたことあるのかしら。」
女子生徒は、言いながらはめていた手袋を脱ぐ。するとその手の甲には黒い痣が滲んでいた。
そのアザからは微かに焼けるような音と、黒い煙が出てきている。
「うわっ……!?何それ、痛そう……」
思わず口を覆ってから、無意識に手を伸ばした。
「わっ!?バカあなた!こんなの触ったら伝染るわよ!」
焦ったように手を引っ込め、顔を見合わせる女子たち。
「ねえこいつ、側近っぽい顔して何も知らないんじゃないの?」
「まさか……学校にまで着いてきてるのに……?」
女子たちは何かをヒソヒソと話した後、おもむろにカバンからハサミを取り出しこちらに向けた。
「ヒッ……刃物を人に向けちゃいけないんだよ!学校で習わなかったの!?」
「あなたこそ、身分が上の階級にそんな口を聞いてはいけないと親に習わなかったの?……あら、失礼。身寄りがないんだったかしら。」
女子生徒はそう言って嘲るように笑った後、冷たい目を向けながら「こちらにも命がかかっているの。あの女が何を考えているか言わないと、髪を切ってしまうわよ。」と脅してくる。
(どうしよう……怖い……!)
頬に冷たいハサミの刃が当たった時、「やめなさい」と聞き覚えのある声が聞こえてきて全員がいっせいに振り返った。
「殿下!?」
そこには殿下が立っていて、険しい顔で女子生徒たちを睨んでいる。
「女子が攫われたと報告があったから来てみれば、案の定過激な活動を行っていたようだね。気持ちはわかるけど、前にも脅迫で仲間を増やすのはやめろと言わなかった?」
「で、でも……家族も苦しんでて……」
「なるほど?なら次はご家族との面談が必要かな。」
殿下が言うと、女子たちは「申し訳ございません!それだけはご勘弁を……!」と懇願した。
「……下がりなさい。」
その言葉で散り散りに逃げていく女子たち。
殿下は私の髪を撫でると、「……大丈夫?本当はユーリにきた報告だったんだけど、連れ去られた生徒の特徴を聞いて君だと確信したから……思わず走ってきちゃった。」と優しく声をかけてくれる。
(やば……!それってめっちゃ特別扱いじゃない!?ないとはわかってても、こんなん期待するに決まってんじゃん……)
私の熱視線に気付いたのか、殿下はこちらに顔を近付け「……ねえ、前から君のことを目で追ってて……ずっと聞きたかったことがあるんだけど。」と口にした。
「は、はい……!なんでしょう……!」
ドキドキしながら答えると、殿下の手が私の手に伸び、目の下を撫でる。
そして「そのつけまってどこで買ってるの?」と尋ねてきた。
「………はい!?」




