暴かれた秘密
カフェに戻ると、店内が見える向かい側の建物に身を隠したノアが小声で「アキちゃん!」と声をかけてくる。
「ノ……エレノア!どう?様子は。」
「チェックリストを順調に消化して、今5割くらい埋まってる!サイボーグみたいにリストの通りにしか話さないよ!」
ノアの報告を受け、改めてあの男には愛なんてないのだと痛感した。もしリリーに少しでも興味があれば、リストに関係のない質問の1つや2つくらいするはずだ。
「リリーは?しんどそうにしてない?」
尋ねる私にノアは望遠鏡を渡してきた。覗き込むと、リリーは引きつった笑みを浮かべながら赤べこのように頭を振っている。
「ミュラー……あいつ、あんな苦しそうにしてる女の子を見てよく解散を言い出さないわね……」
「本人からしたら手応えあるんでしょ。自信のある男ほど結構よくあるよ、照れてるだけとか勝手に都合のいい解釈を入れてくる感じ。」
リリー様のあの反応は、とても照れているようには見えない。ミュラーは普段女子に囲まれているからか、妙な方向に自信が育ってしまっているようだ。
「あ!席を立った!移動する気みたいだよ!」
私とノアはリリー様たちを追い、近くにある庭園へと向かう。
「ここは……リストにないとこだ。」
「リリーちゃんの趣味に『花の世話』って書いてあるから、多分それに合わせたんじゃないかな。」
なるほど……しかし好都合だ。ここはカフェと違って閉じた場所ではないので、何を話しているのかがよくわかる。
「君は……花が好きかい?僕は好きだ。」
ミュラーは言いながら、調べてきたであろう花の知識をペラペラと話し始めた。
「好きでもないくせに。」と呟くと、ノアが小声で「それな!見て、自分から話してきてる癖にめちゃくちゃ興味無さそう。」と笑う。
――思えば、ミュラーはどうしてあそこまでリリーを落とそうと躍起になっているのだろうか?
ブレンダのように家族が苦しんでいるから?……いや、あの男に誰かの為に行動するなんて善性があるとは思えない。
では、自分の痣を治す為……?
「……ねえ、ノア。そういえば私ミュラーのことよく知らない。どうしてあそこまでしてリリーを籠絡しようとしてるんだろう。」
ふと口にする私に、ノアは「なんだろう……ね。生徒たちのためとか本人は言いそうだけど、そんな事情じゃ動かなそうだし。」と返す。
「調べてみない?この後一応……さ。化粧品会社に勤めてたってことしかわかってないの。」
そう提案すると、「そうだね、素性を知るのは大事……僕が日曜のうちにやっとくよ。だから今は目の前の2人に集中しようか。」と言ってまた望遠鏡を覗き込むノア。
(やっとくよって……なんだかやけに簡単に言ってくれるじゃない。)
少し複雑に思いながらも、私はリリーとミュラーの会話に耳を澄ませる。
眠くなるような花の解説がしばらく続き、あくびを堪えていた頃。
突然ミュラーは「……ところで、リリー君。君は自分の使命について……どう思っているんだい?」とリリーに問いかける。
「!」
貝を取り出し、録音の準備をした。ミュラーは次に「失礼、君の顔をずっと見ていたが、どう見ても楽しそうには見えなかったものでね。もう好感度稼ぎはやめだ。」と続ける。
(……わかってたんだ……手応えがないってこと。でも、痺れを切らしてくれたのはいい傾向。リリーへの接触に打算があると認めてくれたら、それが重要な証拠になる。)
次の発言を今か今かと待っていた時、ミュラーは「リリー君、僕は……君に好意を持っている。心配なんだ、君が使命に押しつぶされていないかがね。」と心配しているかのような文言を吐いてきた。
肩を落とすノアと私。流石のミュラーも尾行までは考えていないにしても……リリー本人に告発されたリスクを想定して、言葉を選んでいるらしい。
リリーはおよそ告白されたとは思えない顔で「う、嬉しいですー……大丈夫ですー……」と答えていた。もう彼女の頭は正常に働いていないようだ……ストレスの限界を迎えbotと化している。
「はは、さっきからずっとその調子だね。……男性が苦手と聞いていたから仕方ないとは思うが。なあ、でも僕は真剣な話をしているんだよ。君は巫女という使命を世界から望まれている……あの、側近の少女『アキコ』からも。」
「は……!」
ミュラーの言葉を耳にした瞬間、声が出かかって自分の口を塞ぐ。そうだ、思えばミュラーは私が本気でチグリジアに手を貸してると思い込んでいるのだから、そんなセリフが出てくること自体は不自然じゃない。
「アキコが……?確かにそうかもしれません。私……記憶のないあの子に闇の魔力のことを黙っていたんですもの。」
リリーは折り込み済みのようで、上手く演技をして交わしてくれている。
「かも、ではないとしたらどうする?リリー君、これは君のためを思っての忠告だが……アキコは信用しない方がいい。彼女、チグリジアのメンバーなんだ。生徒会室で詰められていた所を見つけ事情を聞いたら、君に恨みがあると告白したよ。」
「そんな!?アキコが!?」
リリーが全てを知っているとも知らず、私のことを告発するミュラー。リリーも頑張って驚いた振りをしてくれているが、内心困惑していることだろう。
「そう。それにね……アキコの右手首には痣がある。……君を支える振りをして、救いをずっと待っているのさ。」
――急に、風の音が静かになったような気がした。
いや、違う……ショックで私の頭がぼやけているのだ。
私はミュラーと初めて接触した時、痣を見られてしまった。だから、あいつは嘘をついていない。
……嘘をついていたのは……私の方。
リリーは私を信じてこの作戦に乗ってくれていたのに、私はリリーが使命に躍起になってしまうことを恐れて痣のことを隠してしまっていたのだ。
先程まで演技していたリリーの顔が、どんどん強ばっていく。
ミュラーはきっと、試していたんだ――どこまでリリーが『知らない』のかを。
「うそ……」と呟くリリーに、ミュラーは「嘘じゃないよ、そう思うなら確かめてみればいい……アキコは君の家に住んでいるのだから。」とダメ押しする。
(まずい……!リリーが完全に取り乱してる!私の……せいだ。私が、リリーに隠しごとなんかしなければ……!)
「リリー、君の救いを待っている人間は沢山いる。……アキコだけじゃない、君の家の使用人だって、もう痣を発現しているのを隠しているかもしれないよ。従順なフリをして、心の中では『早く真実の愛を見つけろ』と憤っていてもおかしくない。」
むごいやり口だ……心配を装ってリリーが疑心暗鬼になるようなことを吹き込むなんて。
「そん……な……わた、し……」
「大丈夫、僕は味方だよ。君を悪い人間たちから守ってあげられる……どうだい?君さえ良ければ……また、個人的に話でも。」
ミュラーがそう囁いてリリーに触れようとした時、勝手に体が動いてしまった。
右手が伸びて、ミュラーの腕を掴んだ。
その時、大きく伸ばした腕が袖から出て、隠れていた痣が露出してしまう。
……リリーは大きく目を見開き、悲鳴になりきらない息を漏らしていた。




