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死者を統べる者は、魂を喰らって明日を歩む  作者: 涼風あさ
地獄編

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第10話:深淵の遺産、迫り来る残影

お読みいただきありがとうございます。毎日19:10頃に更新します。

その後は、毎週 月・水・金曜日 の 19:10で更新していきます。

潮風の匂いが途切れ、洞窟の奥へと足を踏み入れると、湿った岩肌の奥に不釣り合いな空間が広がっていた。


古びた木製のベッド、脚の欠けた小さなテーブル、そして壁際に置かれた歪な棚。逃亡中の借金男が身を潜めていたと思われる、質素だがどこか生々しい生活感が漂う隠れ家であった。


「……さて」


ラグナは漆黒の防刃コートを揺らし、赤い瞳を細めた。


男の遺体からは「目的の品」が見つからなかった。ヘカテから回収を頼まれていたのは、暗黒街でも高値で取引されるという代物。だが、依頼を受ける際、ラグナは余計な首を突っ込むまいと詳細を深く問いたださなかった。


(赤い宝石のような鉱石――借金男のような小物が持つには不釣り合いな代物、か。もっと詳しく聞いておけばよかったな……)


手探りで目につく場所を探してみたものの、金目のものは見当たらない。焦燥感から小さく息を吐き、ラグナは何気なく背後に佇む従者――『ネメア・レオンの屍鬼』へ視線の向きを変えた。


「探せ。何か怪しい隠し場所はないか?」


半ばダメ元での指示だった。知能の低い魔獣のアンデッドにどこまで複雑な命令が伝わるか疑問だったが、ネメア・レオンは巨躯を揺らすと、ラグナの意図を強引に解釈したように動き出した。


ネメア・レオンの前足が一閃し、小さなテーブルが豪快に跳ね飛んで壁に激突、粉砕された。続けて巨体がベッドへ倒れ込み、木枠が派手な音を立ててバキバキとへし折れていく。不器用かつ破天荒すぎる捜索に、ラグナは頭を抱えた。


だが、ネメア・レオンの巨躯が壁際の古びた棚にぶつかった瞬間、グラリとバランスを崩した棚が派手な音を立てて倒れた。


すると、棚に隠されていた岩壁の裾部分に、大人の拳ほどの手頃な小さな穴が露出した。


「いいぞ……よくやった」


ラグナは笑みを浮かげると、まるで指示通りに芸をこなした犬を褒めるように、ネメア・レオンの大きな頬を優しく撫でた。その手触りはひんやりと冷たい。頭部の傷口は、すでに死体であるため出血こそ止まっているものの、塞がることなく大きな穴を開けたままだった。


『屍鬼召喚(ネクロ・ライジング)』は死体の状態がそのまま反映される……傷の再生や修復が行われるわけではないのだ。


ラグナの思考が冷徹に巡る。もしあの片腕を噛みちぎられて死んだ借金男をで蘇らせたとしても、出血は止まるだろうが失われた腕が戻るわけではない。損傷が激しすぎる死体は、屍鬼としての機能をなさないのだ。


ラグナは棚の裏に隠されていた穴の中に手を差し入れ、油汚れのついた布に包まれた「何か」と、一冊の古びた手帳を引き出した。


慎重に布の端をめくる。


「……っ!?」


現れたのは、暗闇の中でドロリと禍々しく脈動するような、深紅の鉱石だった。宝石というにはあまりに歪で、美しいはずなのに凄絶な不快感が押し寄せる。生きている人間の血と命を無理やり煮詰め、泥濘のように捏ね繰り回して結晶化させたような――死霊術とはまた異なる『生命への冒涜』を直感した。


触れた瞬間のおぞましさに背筋を凍らせたラグナは、直接手で触れないよう、慌てて再び布で厳重に包み直した。


続いて開いた一冊の手帳。そこには花の名を冠した暗号めいた取引の記録が並んでいた。


『ダリアの進呈:アルヴィス』


『アザミの受諾:ヘーニル』


「父さんと……母さん……!?」


ラグナの息が止まった。両親は国に忠誠を誓う清廉潔白な聖騎士であり、直近では『連続住民失踪事件』の調査に奔走していたはずだった。まさかふたりが、このような地下組織の取引に関わっていたとは信じがたい。


(ダリアに、アザミ……何かの隠語か? ボクには意味がわからない……だけど、なぜふたりの名前が……)


混乱が頭を駆け巡る。手帳の言葉の意味は理解できなかったが、父と母の名だけは間違いなく刻まれていた。


その時――。


「――グルルルッ……」


ネメア・レオンが低い威嚇の唸り声を上げ、洞窟の出口方向へと向かって巨躯を構えた。


野性の鋭敏な感覚が、接近する「殺気」を捉えていた。ラグナは思考を強制的に中断し、不気味な赤い鉱石をコートの左ポケットへ、手帳を胸ポケットへと急いで押し込んだ。そして、腰から単発式拳銃を引き抜いた。


警戒しながら慎重に洞窟の出口へ向かうと、月光を背にして立つ一つのシルエットがあった。風に揺れる漆黒の衣装を纏った女性。その手には、月光を反射して怪しく光る一振りの短剣が握られている。


「……銃声が聞こえたから来てみれば、バイヤーの死体と、見慣れないガキか」


女の声には、氷のような冷たさと、不気味な観察の色が混じっていた。ラグナの死霊術の影響による髪色の変色と醸し出す雰囲気の変貌により、彼女は目の前の白銀髪の少年が暗殺対象の生き残りだとは気づいていない。


「私は同業者よ」


女はそう呟くと、手にした短剣を慈しむように、そして酷く悲しそうに見つめた。


ラグナの目がその短剣に留まる。見覚えのある短剣――廃鉱でラグナが殺した女暗殺者の物だ。


「依頼はふたつ。バイヤーの口封じと『赤い鉱石』の回収……けれど、同業者なら、私の連れを殺した犯人について何か知っているんじゃないかしら? この短剣はね、私の愛した人の形見なの。もし情報があるなら、その情報を買うわ」


ラグナの脳裏に、廃鉱での泥臭い死闘が鮮明に蘇る。冷酷な暗殺者の平静を乱すため、ラグナは冷ややかな笑みを浮かべ、挑発するようにと言い放った。


「その短剣の持ち主なら――ボクが殺した」


「……なんですって?」


「無様に命乞いしてたよ。石で、何度も、何度も……顔が潰れて判別できなくなるまで殴り続けてやったよ」


一瞬の前触れもなく、女の瞳から哀愁の色が失われた。


哀しみに揺れていた面容は氷結し、底なしの憎悪がその輪郭を苛烈に歪めてゆく。絶望が灼熱の狂気へと反転し、その顔面に昏い血の旋律を描き出していた。


「よくも私の最愛の恋人を殺したわねえええっ!!」


女の感情が爆発した。金切声とともに笛の音が響き渡り、洞窟の闇から3頭の影が躍り出た。骨すら噛み砕く太い顎を持つ凶暴な魔獣――グラットン・ハイエナ。


「殺しなさい! 骨も残さず噛み砕けっ!」


その攻撃命令の手段を目にし、ラグナは目の前の女が魔獣を操るビーストテイマーであることに気がついた。


狂乱した指示を受け、3頭のグラットン・ハイエナが跳躍した。


だが――ラグナが動くよりも早く、背後から凄ましき「暴力の嵐」が吹き荒れた。


――ガアアアッ!!


ネメア・レオンの圧倒的な巨躯が前に躍り出ると、巨大な前足が一閃した。


――バキャァッ! グシャッ!


一頭のハイエナが壁に叩きつけられ、即死。間髪入れず、ネメア・レオンの巨大な顎が2頭目を噛み砕き、3頭目を太い爪で叩き潰した。ほんの数秒で3頭の魔獣は原形をとどめない生々しい肉塊へと変わり、床を赤く染めた。これほど原型を失っては、二度と屍鬼として使うことはできない。


その直後、肉塊となった3頭のハイエナの死骸から、うっすらとした蒼い燐光が立ち上った。


(……よし、直接命を奪わせたことで、魂が回収できる)


燐光は吸い寄せられるように、ラグナの胸元へと吸い込まれていく。己の支配下にある屍鬼に引導を渡させたことで条件を満たし、3つの魂のストックがラグナの体内に蓄えられた。


目の前で憎悪に顔を歪める女は、その光景に一切反応を示さない。


死霊術が紡ぐ魂の光は、術者であるラグナ自身にしか見えない不可視の波動。女の目には、ただ愛獣が惨殺された光景だけが映っているのだ。


(死霊術の光はボク以外には見えない……なら、余計な警戒をされる心配もないな)


女は目の前の惨状に息を飲んだ.


(な……ッ!? レオ……!? どうなっているの? ……鎮静魔法で大人しくなっているだけではないの? それに、私が従えていた時より、数段強い……!?)


手下の巨獣が以前とは比べものにならないほどの凶暴性と膂力で襲いかかってくる恐怖に、女の顔が引きつる。


「殺さずに、押さえつけろ!」


ラグナの冷徹な命令が下る。ネメア・レオンが跳躍し、巨体で女を押し倒して動きを封じた。


「ぐあああッ……! ぐ、息が……っ!」


巨大な前足で胸元を踏みつけられ、肋骨が悲鳴を上げる。女は自分を踏みつける巨獣を見上げ、血を吐きながら叫んだ。


「レオ……っ! 思い出しなさい、私よ……! 赤子のころから育ててあげた、私でしょう……っ!? なぜ……なぜこんなガキの魔法なんかに従っているのよ……っ!」


我が子同然に育ててきた絆すら、死霊術の絶対的な支配の前には届かない。


感情を排した足取りで歩み寄るラグナに対し、女は狂ったように叫び散らした。


「殺しなさいレオ! そのガキを噛み殺せえええっ!」


だが、ネメア・レオンは微動だにせず、ただラグナの指示だけを待っていた。己の命令が完全に無視された絶望の中、女の首筋に冷たい感触が走る。


ラグナは無言のまま、シリンジ(注射器)タイプの強力な麻酔薬を容赦なく打ち込んだ。


「あ……が……っ」


薬液が注入され、女の視界が急速に暗転していく。彼女が完全に意識を失ったのを確認すると、ラグナは洞窟内にあった洗濯用の頑丈な麻縄を拾い上げ、手足の関節を完璧に拘束した。


「ネメア・レオン」


ラグナは血に濡れた巨獣へ向き直った。


「お前はここで待機だ。ノルズ港を囲む『防護壁』の外縁――岩山の陰に身を潜め、ボクの合図があるまで絶対に人前に出るな」


ネメア・レオンは低く鳴き、指示を理解したように闇の中へと消えていった。


ラグナは借金男が物資運搬に使っていた手押し荷車を引き出し、固く縛った女を乗せた。上から寝床にあった古びたシーツを被せ、厳重にカモフラージュを施す。


ヘカテから銃の試し撃ちをしたあの地下尋問室を借り受け、この女には知っていることを全て吐いてもらう必要がある。両親の死の真相、自分がなぜ暗殺者に狙われているのか、そして黒幕である依頼人は誰なのかを。


ラグナは荷車を押し、夜の港町へと急いだ。


深夜のノルズ港。街全体をぐるりと囲む巨大な石造りの『防護壁』が、月光を浴びて黒々とした威容を誇っていた。


ラグナは荷車を押し、町の【東門】へと差し掛かった。


「おい、待て。こんな時間に大きな荷物を持ってどこへ行く」


松明を持った守衛が怪しんで近づいてくる。ラグナはつばの広い帽子を深めに被り、白銀の髪を隠しながら、ヘカテから教わっていた暗黒街の「合言葉」を低く囁いた。


「――『黒猫は宵闇にしか鳴かない』」


「……っ!?」


合言葉を聞いた瞬間、守衛の顔色が劇的に変わった。額に冷や汗を浮かべ、視線を露骨にラグナの荷車から逸らす。


「……行け。俺は何も見なかった。何も知らん……!」


怯えた守衛の手を離れ、ラグナは荷車を押して東門を潜り抜けた。目指すのは、この街の東側に位置する『黒猫の戯れ』である。


まさに、その同時刻――。


ノルズ港の対極に位置する北門を、軽やかな足取りで潜り抜ける一団があった。志願して行軍に同行している魔法学校の学生バルドル、エルフのシルヴィア、そしてレヴィ男爵率いる捜索部隊である。


「……いつ見ても見事な防護壁ですね。誠に威風堂々たる構えだ」


バルドルが高い壁を見上げて呟くと、隣を歩くレヴィ男爵が笑みを浮かべた。


「バルドル君、お目が高い。このノルズ港は交易の要衝。海賊や魔物、果ては他国の侵攻から街を守るため、首都並みに強固に造られております。壁には北・東・西・南の4つの門が存在しますが……」


「ええ、特に『南門』の造形は見事なものです。自然の断崖絶壁を巧みに利用した二重の水門機構……開閉の際に奔流が渦巻く様は、まさに圧巻の一言に尽きますね」


「バルドル君は実に博識でいらっしゃる」


レヴィ男爵は頷きながら、そっと目線を東の闇へ向けた。


(そして……この堅牢な防護壁に守られた街の『東側』には、裏社会を牛耳る娼館『黒猫の戯れ』が存在する……)


「行くぞ。まずは旅の疲れを癒やし、情報を集める」


「ははっ!」


隊が歩みを進めたその時、最後尾を歩いていたシルヴィアが足を止め、不意に振り返った。


「……?」


微かな、だが肌を刺すような違和感。彼女の視線は、遠く離れた東門の方角へと向けられていた。


北の門より入りしは、友情に突き動かされし少年。


東の門より忍び込みしは、憎悪に囚われし少年。


かつて固き絆で結ばれていたふたりの親友は、堅牢なる防護壁の内にて、互いの存在を知らぬまま静かにすれ違う。


とてもダークで緊迫感のあるストーリーですね。完成度が高いので、修正箇所はごくわずかでした。続きを楽しみにしています!

最後までお読みいただきありがとうございます。

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