うってつけの仕事
世の中、そんなに美味しい話はないですよーの話
数日後。
「ねえ、新入りさん。いったい、あなたは『何』ならできるの?」
下働きの女性たちに、エリザベスは囲まれていた。
「僕は貴族だ。下働きなんてできない」
エリザベスが言う。
「だいたい、二十歳を過ぎた女性が自分のことを『僕』なんて言うこと自体、おかしいのよ。貴族令嬢がそんな言葉遣いをするなんて、ありえないわ」
下働きの一人が言った。
「そうよ! 嘘つき! まあ、本当に貴族令嬢だったとしても関係ないけど。
悪いけど、何もできないなら黙っていてくれる? 私たちの足を引っ張らないでちょうだい」
エリザベスは下働きになった早々、あれやこれやと周囲の者たちへ指図を始めた。
だが、その指示にはまるで筋が通っていない。
その場の思いつきで口にするため、言われる側はたまったものではなかった。
それでいて、自分に頼まれた仕事は何一つまともにできない。
ジャガイモの皮むきを頼めば、一個目から指を何度も切り、ジャガイモを血だらけにした挙げ句、皮を分厚く剥きすぎて、食べられる部分がほとんど残らなかった。
掃除を言いつければ、雑巾一枚満足に絞れない。
そのくせ自分は突っ立ったまま、他の者に、
「あそこが汚い」
「雑巾の絞り方が足りない」
などと文句を言う。
モップ掛けをさせれば、辺りに水を撒き散らすだけ。
裁縫に至っては、糸を針に通すところから教えなければならず、さらに何度も指を刺すため、これも駄目。
皿洗いを頼めば、皿を次々と割る。
「こんなのは、僕がする仕事じゃない」
何かあるたび、そう言ってそっぽを向くのだ。
さらに、それでもエリザベスを庇ってくれたり、優しい言葉をかけたりする者を脅し、自分に言いつけられた仕事を代わりにやらせようとまでした。
当然、そのことはすぐ上へ報告された。
報告を聞いたカイレスの目が遠くなる。
「……私が間違っていたよ」
そして、フェルネスが呼ばれた。
「悪いが、『あれ』を元いた国へ『置いて』きてくれ」
フェルネスは跪いたまま、ふっと笑った。
「『あれ』に、うってつけの仕事がございます」
そうしてエリザベスは、フェルネスに連れられ、彼の母国エルドリアへ向かうことになった。
アストリアへ来た時には、フェルネスと同じ飛行魔獣に乗り、「固定魔法」までかけてもらった。
だが今回は、別の魔獣に一人で乗せられ、固定魔法すらかけてもらえない。
エリザベスは、必死になって魔獣へしがみついていた。
◇
登城すると、兄レオニスはフェルネスの帰還を大いに喜んだ。
「よく帰って来てくれた。まあ、詳しいことはアルフレッドから聞いていたが」
ここでもアルフレッドの名を聞き、フェルネスは苦笑する。
「ところで、何だ? そのおかしなのは?」
レオニスが、フェルネスの連れてきたエリザベスを不思議そうに眺めた。
女性なのに男の格好をしている。
しかも、フェルネスが国王の前で跪いているというのに、自分はそのまま突っ立っている。
「そなた、そのようなのが趣味になったのか? その娘を娶るつもりか?」
レオニスが首を傾げた。
「まさか! 私の妻は永遠にカトリーナだけでございます」
フェルネスが苦い顔になる。
「えーー! フェルネスって結婚してたの?」
エリザベスが声を上げた。
レオニスの眉間に、深い皺が寄る。
「では何なのだ? こんな礼儀知らずを私の前へ連れてくるな。不愉快だ」
フェルネスは、ふっと笑った。
「私がまだ帰国していない頃、『父上のお世話をする者がいない』とアルフレッドにおっしゃったそうですね?」
「ああ。『大変な』仕事だからな。とはいえ、素性の知れぬ者を城へ入れるわけにもいかぬ」
「エリザベス――いや、レオン。
伯爵令嬢として、身元は確かだ。そなたにぴったりの仕事だ。
元国王陛下の身の回りのお世話だ。そなたならできる」
フェルネスは、ぽん、とエリザベスの肩を叩いた。
エリザベスの顔が輝く。
「元陛下の身の回りのお世話? そんな重要なお仕事を任せていただけるのですか?」
「ああ。非常に重要な仕事だ。そして、不器用なそなたでもできる」
王妃の表情が、なんとも微妙なものになった。
「エリザベス? レオン? 何ですか、それは?」
「詳しい説明は後ほど。まずは担当の者へ会わせて参ります」
フェルネスはエリザベスを連れ、元国王が幽閉されている塔へ向かった。
「この方は他国の伯爵令嬢だが、このたび、我が国の元国王陛下の身の回りのお世話をしてくださることになった」
そこにいた者たちが、一斉に、
「おおっ!」
と期待に満ちた目を向けた。
その尊敬の眼差しに、エリザベスの自尊心は大いに満たされた。
「では、契約書を取り交わす。魔力を伴う契約だ。期間は半年」
「もっとできます!」
エリザベスが胸を張った。
「まあ、半年続いたら延長ということにしよう。それでよいな?」
「はい!」
「では、この証書に魔力を込めた血判を押しなさい。
半年間、元国王陛下の身の回りのお世話をするという契約書だ。
仕事内容、報酬、契約条件――すべて書いてある。よく確認しなさい」
「うん、わかった」
そう言って、エリザベスは書面へ目を落とした。
フェルネスは念を押す。
「本当にわかったのだな?
中身を『読んで』、意味まで理解したのだな?
わからないところがあるのなら、今ここで聞きなさい。説明してやる」
エリザベスは
「しつこいよ! わかったって言ってるだろ!」
と、声をあげる
あまりの口の利き方に、そばにいた騎士が注意しようとした。
だが、フェルネスは片手で制した。
「そうか。理解したのなら、ここへ魔力を込めて血判を押しなさい」
フェルネスが示した場所へ、エリザベスは傷だらけの親指を押しつけた。
書類が光り輝く。
契約成立である。
「では、『半年間』頑張りなさい」
フェルネスはそう言うと、エリザベスを塔の中へ入れた。
「貴族のお嬢様に務まりますかね?」
門兵が不思議そうに尋ねた。
「務まるわけがないだろう。だからいいのだよ」
フェルネスは笑った。
フェルネス自身は、元国王のことをほとんど知らなかった。
だが、兄と慕っていたクラウスが戦死した遠因に、この元国王が関わっていたと知り、激しい憎しみを抱いていた。
◇
エリザベスは塔へ入って、ようやく「身の回りの世話」という言葉の意味を知った。
おむつの交換。
食事の介助。
体を清めること。
寝具を整えること。
ほとんど自力では動けない老人の生活を、支える仕事だった。
「ああ、ようやく交代要員が来てくれた。助かったよ」
年老いた女性が、仕事のやり方を一通り説明した。
「じゃあね。後は頼んだよ」
そして、嬉しそうに塔を出て行こうとした。
「待って! 僕、そんな仕事だなんて聞いてない!」
エリザベスも後を追って塔から出ようとしたが、扉は固く閉ざされた。
外へ出ることはできない。
戸口の覗き窓が開き、門兵が顔を見せた。
「そなた、契約書を読んだのであろう?」
「元国王陛下の排泄、食事、清拭、そのほか日常生活の介助を半年間行う。
その代わり、報酬はかなりよい。
おむつは使い捨てで、専用の窓から必要な分が補充される。汚物の処理方法も聞いただろう?
そなた自身の食事が出る。衣服も支給される。専用の浴室もある。生活するうえで不自由はない。
それらは全部、契約書に書いてあったはずだ」
「そんな……」
エリザベスは、その場へへたり込んだ。
フェルネスは、カイレスから聞いていた。
エリザベスは、標準語を話すことはできる。
だが――標準語の文字を、まともに読むことができない。
何度覚えさせようとしても、本人が真面目に学ぼうとせず、結局身につかなかったのだという。
契約書は、標準語で書かれていた。
「読めないなら、読めないと素直に言えばよかったのだ」
門兵が呆れたように言う。
「フェルネス様は何度も確認しただろう?
『読めるか』
『理解したか』
『わからないなら説明する』
と。
格好をつけて、読めるふりなどするから、そういうことになる」
「元国王陛下の身の回りのお世話だって言われた!」
エリザベスが叫ぶ。
「そうだ。身の回りのお世話だ。
ここにも『排泄の介助』『食事の介助』『身体の清拭』と、きちんと書いてある」
門兵は、預かっていた契約書を示した。
「やらなかったら、どうなるの?」
「仕事の内容は毎日記録される。
仕事を怠れば、その分は報酬から減額されるし、あまりにひどければ、契約終了後の処遇にも響く。
元国王陛下の体調に危険がある場合には、外にいる担当者が入るから、放っておけばよいというものでもない」
門兵がにやりと笑った。
「半年ここにいるだけで金がもらえるほど、世の中は甘くない。
まあ、頑張るのだな」
そう言うと、覗き窓は閉じられた。
「そんな……」
エリザベスは、がっくりとうなだれた。
身から出たサビです。
最初から、こうなる事を予測していたのかも?
そうなら、フェルネス黒いです
フェルネスにしたら彼女が仕事をしなければ、それはそれで、元国王が苦しむ事になりますから、どちらに転んでもいいのです。
元国王が寝たきりになった詳細は「番外編 ep.4 エルドリアにて」をお読みください




