初志貫徹
フェルネスの帰国の目的だった「痛みを取る薬」の研究が始まります
「フェルネス。本当にいいのか? それで」
国王であるレオニスが、呆れたように言った。
「いいも悪いもありません。
私はここへ連れて来る前に、公爵家で働けるかどうか試しました。アストリア王太子殿下も、城で下働きをさせようとなさいました。
ですが、本人にはその素質がありませんでした。
ここでの仕事についても、書類を見せたうえで、何度も本人に確認しています。
本人が、自分で選んだことです」
「なんだか、『したたか』になったわね」
王妃が呆れ顔になる。
「女性恐怖症が、女性嫌いに変わっただけではないのですか?」
王太子が言った。
「それはない」
フェルネスは苦笑した。
そして王太子を見て、ふっと笑う。
「一丁前の口を利くようになりおって」
「叔父上に鍛えられましたから」
王太子も笑った。
「戻ってきてくださって、ありがとうございます。本当に嬉しいです」
「これから、よろしく頼む」
「はい! 助かります。また、いろいろ教えてください!」
フェルネスは穏やかにうなずいた。
◇
それから、フェルネスは図書室へ閉じこもることが多くなった。
図書室のすぐ近くには、研究のための実験室まで作ってもらい、一日のほとんどをそこで過ごしている。
なぜか時折、部屋の中から誰かと話しているような声が聞こえた。
「外から、誰も出入りしていないのに……?」
見回りの騎士たちは、首を傾げるばかりである。
そしてフェルネスは、時折アストリアへ飛んで行った。
さらに、グランディル帝国へ足を運ぶこともあった。
◇
「ほお……。フェルネスの女性恐怖症が治ったのか」
その報告を聞いた皇帝は、非常に嬉しそうな顔をした。
「はい。私自ら抱きついて、頬に口づけをして、さらに頬ずりまでして確認いたしました」
シャローヌは、大真面目な顔で言った。
「本当に、そこまでしたのか……」
レオンハルトの目が遠くなる。
「しますよ~。娘の将来がかかっているのですから」
シャローヌはにこにこと笑った。
「ロザリア。本当に、本当にいいのか?」
レオンハルトが娘へ念を押す。
「他に誰がいるというのです?」
ロザリアは首を傾げた。
クラウディオは、横目で妹を見る。
「僕が逆の立場なら、すごく嫌なんだけど……」
「逆の立場とは?」
ロザリアが尋ねる。
「自分の親より年上の女性とは、ちょっと……」
クラウディオがつぶやいた。
「男と女は違うの! では、他に誰がいるの?」
クラウディオは黙ってしまった。
「確かに、フェルネスは『優良物件』ではある」
レオンハルトが腕を組んだ。
「だが、そなたを妻に迎えるとは到底思えない」
「自分より年上の『息子』ができるのもなあ……」
さらに頭を抱える。
皇后は、そんな息子を見て微笑んだ。
「私はよいと思いますわ。あれほどの『優良物件』が、今まで残っていたこと自体が奇跡ですもの。
シャローヌが抱きついても、以前のような拒絶反応は見えませんでしたわ」
「はい。まんざらでもなさそうでした」
シャローヌが答える。
「まあ、亡くなられたお姉様と、私の背丈が似ていたからかもしれませんけど」
皇帝も大きくうなずいた。
「将来の『女帝』の配偶者として、あれ以上の者はおるまい。
魔力、剣の腕、頭脳、容姿、身長、性格。
唯一の問題は年齢差だが、親子ほど年の離れた婚姻など、貴族社会では珍しくもない。
問題は――どう口説き落とすかだ」
皇帝が、にやりと笑った。
「父親である私の意見は!?」
レオンハルトが叫ぶ。
「皇太子殿下」
エルモンドが静かに口を開いた。
「今だけは父親の立場を捨てて、『次期皇太子』の配偶者としての資質だけでお考えください」
「そうです、お父様」
ロザリアもうなずく。
「私に釣り合うほど背が高く、魔力も強く、政治も理解できる男性。他に誰がいます? 具体的に挙げてください」
レオンハルトは、ぐうの音も出なかった。
そもそも、この話が初めて出たのは、少し前のことである。
皇太子夫妻は双子を授かった後、子に恵まれなかった。
本来ならクラウディオが次代の皇太子となるはずだった。
だが本人が、
「やっぱり、自分には向いていません。ロザリアの方がいいです」
と、自らその座を辞退した。
そのため、ロザリアが次期皇太子となることが、ほぼ決まっていた。
そして将来の皇配をどうするかという話になった時――。
ロザリア自身が、きっぱりと言ったのである。
「エルドリアのフェルネス王弟殿下しか考えられません」
レオンハルトは、その時も目を見開いた。
「いくつ年が離れていると思っているのだ? 私より五歳ほど年上のはずだぞ」
「二十四歳差ですね。全然問題ありません」
ロザリアは、けろりとしていた。
「フェルネスは女性恐怖症だ。子供も望めないかもしれないぞ」
さらに言われても、
「構いません。『白い結婚』にすればよいのです。
跡取りはお兄様に頑張っていただきます。お兄様のお子を養子にもらえば済むことです。
私は、フェルネス様以外とは結婚したくありません!」
と言い切った。
「私はいいと思いますわ~。あれほど包容力のある旦那様なら安心です」
シャローヌまで嬉しそうに賛成した。
「成人してすぐ結婚したとしても、フェルネスは四十を越えているのだぞ!」
レオンハルトは必死だった。
「別に、成人まで待つ必要はありませんよ。私、もう十分に子供を産めるくらいの体格はあります」
ロザリアは、すでに母親とほぼ同じほどの背丈になっていた。
クラウディオよりも高い。
「それでも、成人まではお待ちなさい」
皇后が静かにたしなめた。
そして、にこりと笑う。
「こういうことは、ゆっくり進めるものです。焦ってはなりません。
『周りから』じっくり固めていくのですよ」
「フェルネス様なら、間違いありません」
皇帝もうなずいた。
「フェルネスが皇族となってくれるのであれば、こちらとしてもありがたい。
まさかロザリア自ら、その名を挙げるとは思わなかったがな」
「そういうことです、お祖父様」
ロザリアがにっこり笑った。
「エルドリアの国王陛下を説得してくださいね」
レオンハルトは、
(どうか、もっと若い男に気が移りますように)
と祈るしかなかった。
「父上、諦めましょう。ロザリアは初志貫徹です。言い出したら聞きません」
クラウディオの目も遠い。
「成人まで、まだ数年あります」
その言葉だけを頼りに、レオンハルトは、
(その数年の間に、どうか娘の気が変わりますように)
と祈り続けていた。
――そして今。
最大の障害と思われていたフェルネスの女性恐怖症が、どうやら克服された。
レオンハルトにとっては、まったく喜べない朗報だった。
「ということは……」
皇帝が楽しそうに笑う。
「いよいよ、本格的に話を進められるということだな」
「進めないでください!」
レオンハルトが即座に叫んだ。
◇
その後も、フェルネスは時折グランディル帝国を訪れた。
だが本人は、そんな話が進められていることなど、まるで知らない。
皇帝と話をし、必要な資料や物資について相談すると、そのまま帰って行く。
ある日。
「例の話は、まだ勧められんな」
皇帝が言った。
「まずはフェルネス殿に協力し、今、彼が成し遂げようとしていることを成功させるのが先だ」
「一体、何をしているのです? フェルネスは」
レオンハルトが不思議そうに尋ねる。
「手術をする時に、痛みを感じなくて済む薬を作ろうとしている。
その研究のため、資金と物資の援助を求められている」
皇帝がにやりと笑った。
「成功すれば一石二鳥だ。
薬が完成すれば、多くの人間を救える。
そして我々は、フェルネス殿へ大きな『貸し』を作ることができる」
「やっぱり、フェルネス様しかいません」
ロザリアが嬉しそうに微笑む。
フェルネスが訪れるたび、ロザリアは必ず言った。
「私に協力できることがありましたら、何でもおっしゃってください」
フェルネスも、穏やかに笑う。
「頼もしい。何かあれば、遠慮なく頼らせてもらう」
その目は――。
どう見ても、保護者が子供を見る目だった。
だが。
(絶対に『結婚相手』として、振り向いていただくわ!)
ロザリアの決意は固かった。
そんな娘と妹を見つめる父子の目は、どこまでも遠かった。
「頼もしい。何かあったら遠慮なく頼らせてもらう」
が完全に死亡フラグならぬ婚姻フラグになっています(笑)。
本人だけ何も気づいていないのが、一番フェルネスらしいです。
チャッピーの感想でした
さあ、どうなる?フェルネス、そして、レオンハルト
皇女の一途な思いは叶えれれるのか?




