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フェルネスの受難――皇女さまはあきらめない――孤独な抵抗  作者: 鶴見 日向子


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20/22

宿題の答え合わせ

フェルネス、あきらめてもらおうと思ったのに、逆に燃え上がらせてしまいましたw

フェルネスとロザリアは、再び二人で会っていた。


「この前、おっしゃっていた『宿題』のことですが」


ロザリアはフェルネスをまっすぐ見つめた。


その表情は真剣そのものである。


「私は、『猫』などかぶっておりません」


「え?」


フェルネスが目を瞬く。


「なぜ、私自身をもっとちゃんと見てくださらないのですか?」


思いがけない反論に、フェルネスは一瞬、言葉に詰まった。


「それは……そなたが、年齢以上にしっかりしすぎているからだ」


やがて、静かに答える。


「私がそなたくらいの年頃だった頃は、姉上に甘えてばかりだった。


クラウス兄上やエリアス義兄上、それに公爵家の方々にも随分甘えていた」


懐かしそうに笑う。


「かなり生意気な態度も取っていたと思う。


それでも皆、私をかわいがってくださった。


多少のことなら、咎められもしなかった」


フェルネスは、改めてロザリアを見る。


「それに比べて、そなたはあまりにも自立している。


だから、どうにも信じられないのだ」


「……」


「それに」


フェルネスは少し困ったように頭をかいた。


「私はもうすぐ四十だが、女性ときちんと付き合った経験がほとんどない」


今度はロザリアが目を瞬いた。


「そのうち、いろいろなことで、そなたにあっさり追い抜かれてしまいそうな気がしてな」


そして苦笑する。


「思い切り、尻に敷かれそうだ」


「それはありません」


ロザリアは即答した。


「私は、フェルネス様の厳しくても優しいところに惹かれたのです」


フェルネスの表情が変わる。


「お父様から聞きました。


若い頃、フェルネス様にどれほど厳しく鍛えられたか」


「……あれは、かなり厳しくしたな」


「ええ。お父様もそうおっしゃっていました」


ロザリアが微笑む。


「でも、どれほど厳しくても、決してお父様を見捨てるようなことはなさらなかったのでしょう?」


フェルネスは黙った。


「今、『大陸最強』とまで呼ばれるお父様があるのは、フェルネス様のおかげだと伺いました」


ロザリアの瞳が輝く。


「私は、『お父様がお世話になった方だから』という理由だけで、フェルネス様を慕っているのではありません」


「では……」


「お話を聞いて、


『そういう方の妻になりたい』


と、強く思ったのです」


ロザリアは、はっきりと言った。


「私は、フェルネス様を尊敬しています」


フェルネスは何も言えない。


「それに、クラウディオお兄様にも、いろいろお声をかけてくださっていましたよね」


ロザリアが少し頬を膨らませる。


「私には、ちっとも振り向いてくださいませんでしたけれど」


「いや、それは……」


「だから私は、振り向いていただきたくて、一生懸命学びました。


努力もしました」


そして、胸の前で手を握る。


「フェルネス様にふさわしい女性になりたい。


ずっと、そう思ってきたのです」


フェルネスは、完全にあっけに取られていた。


「私は……」


ようやく口を開く。


「私の身分や能力が皇室にとって都合がよいから、そなたが私を選んだのだと思っていた」


「違います」


ロザリアは、はっきり首を振った。


「私の気持ちが最初です。


身分や魔力の釣り合いなど、全部『後付け』です」


「後付け……」


「フェルネス様が平民であったとしても。


周囲の皆が反対していたとしても。


私の気持ちは変わりません」


そして、フェルネスの目をまっすぐ見つめた。


「私を『妻』にしてくださいませ」


フェルネスの息が止まる。


「私は、フェルネス様を幸せにするために、全力を尽くします」


ロザリアは静かに続けた。


「私は――フェルネス様を、お幸せにしたいのです」


フェルネスは、しばらく何も言えなかった。


やがて――。


「……わかった」


ようやく、それだけを絞り出す。


「『宿題』は合格だ」


ロザリアの顔がぱっと明るくなった。


「本当ですか!?」


「ああ」


フェルネスは苦笑した。


「ただし、成人するまでは、時々こうして会って話をするだけだ。


それでよいか?」


「はい! うれしゅうございます!!」


ロザリアの笑顔は、まぶしいほどだった。


◇


その後、二人はそれぞれ別々に帰路についた。


一人になったフェルネスは、深い溜息をつく。


「まさか……そこまで思ってくれていたとは……」


心境は、ひどく複雑だった。


◇


「ぶはははははは!!」


アルフレッドが腹を抱えて笑い転げていた。


「そんなに笑わなくてもよいだろう」


フェルネスが、じとっとした目で睨む。


「いや、だってなあ!」


アルフレッドは、ひいひい言いながら笑っている。


「二十四歳も年下の娘に、


『あなたを幸せにして差し上げたい』


と言われるとは!


そなた、いったいどれほど不幸そうに見られているのだ!?」


「そういう意味ではない!!」


フェルネスが声を上げた。


「だいたい、こんなことを相談できるのは、そなたくらいなのだぞ?」


「それは光栄だ」


まったくそう思っていなさそうな顔である。


フェルネスは大きく息を吐いた。


「我が兄である国王陛下。


甥の王太子。


アストリア国王。


公爵。


そして王太子夫妻にまで、


『話を受けるべきだ』


と説得された」


指を折りながら数える。


「絶対に首を縦に振らないと思っていたレオンハルト皇太子殿下まで、最後には、


『娘をもらってくれ』


と言い出したのだぞ!」


フェルネスは、がっくりとうなだれた。


「十代の娘など、どう接すればよいのかわからぬ……」


アルフレッドの笑いが止まった。


「あ」


急に真顔になる。


「では、もう覚悟はできたのだな」


「できれば、逃げ出したい」


フェルネスがぼそりと言う。


「往生際が悪いな」


「うるさい」


「ちゃんと向き合え」


アルフレッドは今度こそ真面目に言った。


「あちらのお嬢様は、真摯にそなたへ向き合っているのであろう?」


「……ああ」


フェルネスは天井を見上げる。


「若さゆえの真っすぐさだな。


私のような、どす黒くねじ曲がった中年には、まぶしすぎる」


「自覚はあるのだな」


「アルフレッドなら、受け入れられるか?」


「うーむ……」


アルフレッドが腕を組んだ。


「私には妻も子もいたが」


フェルネスが勢いよく顔を上げた。


「はあああ!?」


アルフレッドが目を瞬く。


「なんだ」


「初めて聞いたぞ!!」


「言っていなかったか?」


「聞いていない!!」


「妻とは今は別居状態だ。


子供もすでに独立している。


わざわざ話す必要もあるまい」


アルフレッドは、こともなげに言った。


フェルネスはしばらく呆然としていた。


「……そなた、本当に謎だらけだな」


「医師に私生活まで説明する義務はない」


アルフレッドは平然としている。


そして、少し考えてから続けた。


「夫婦など、それぞれだ。


自分たちに合ったやり方を見つければよい。


『これが正解だ』などというものはない」


フェルネスは黙って聞く。


「強いて言うなら――互いに、相手の気持ちへどれだけ寄り添えるかだろうな」


アルフレッドは、ふっと息を吐いた。


「私は妻より、医師という仕事を優先した」


「……」


「だから、見捨てられた」


淡々とした口調だった。


「失敗例ではあるが、参考にするとよい」


フェルネスは何とも言えない顔をする。


「そなたの場合は……」


アルフレッドがフェルネスをじっと見る。


「年下の妻を、とことん甘やかしそうだな」


「そうか?」


「ああ。


何でも先回りして手を出し、干渉しすぎる」


「……」


「そのくせ、どうでもよいところで妙に気を使って、本当に必要なことを聞かない。


そして一人で勝手に悩み、相手を困らせて、自滅する」


アルフレッドは再び笑い始めた。


「目に浮かぶぞ」


「そこまでわかっているなら、対策を教えてくれ」


フェルネスが睨む。


「医者だろう?」


「医者にも管轄というものがある」


アルフレッドは真顔になった。


「それは管轄外だ」


「役に立たぬな」


「そうでもない」


アルフレッドは言った。


「レオンハルト殿下ご夫妻を見てみよ。


あちらも政略結婚だったのであろう?


身分の違いもあった。


妃殿下の方が年上でもある」


「それは、お二人とも思いやりのある方だからだ」


フェルネスは、初めて二人と会った頃を思い出す。


「そういえば……」


懐かしそうに目を細めた。


「皇太子妃殿下は、


『なぜ母方の叔父が、叔父と名乗れないのだ? おかしい』


と、私のために抗議してくださった」


「ああ」


「その時は、妃殿下に、


『余計な口出しをしないでほしい』


とたしなめてしまったが……」


フェルネスは少し笑った。


「本当は、嬉しかった」


アルフレッドの表情が和らぐ。


「その二人の娘だぞ」


「……そうだな」


「きっと母親にも似ている」


アルフレッドの声が優しくなった。


フェルネスも少し考える。


「そういえば、妃殿下には、私より年下なのに、


『母性本能が刺激される』


などと言われて抱きつかれたな」


「嫌だったか?」


「いや」


フェルネスは首を振った。


「別に、嫌ではなかった」


「ふむ」


アルフレッドが頷く。


「それはよい傾向だ」


「何の傾向だ」


「女性に触れられても、もう逃げ出さないということだ」


フェルネスは黙った。


「まあ、結婚まではまだ数年あるのだろう?」


「ああ」


「その間に、そなたはもう少し女性というものを学ぶべきだな」


「どうやって?」


「言っておくが、『実戦』は駄目だぞ」


「何の話だ!」


「娼婦や、どこぞの娘、まして貴族夫人などに手を出してみろ。


病気をうつされるかもしれぬ。


本気にされても面倒だ。


子供でもできたら最悪だ」


「そんなこと、するわけがないだろう!!」


フェルネスの目が遠くなる。


「では、本でも読むか?」


「その手の書物なら、いくらでもあるがな」


アルフレッドは肩をすくめた。


「だいたいは男性側の願望を書き並べただけの『幻想』だ。


女性側から、真面目に夫婦関係を書いたものは、ほとんど見たことがない」


フェルネスは、とうとうテーブルへ顎をつけた。


「では、どうやって学べというのだ……」


アルフレッドは、少し考えた。


「『聞き上手』になれ」


フェルネスが顔を上げる。


「ただし、奥方に対してだけだぞ」


「どういう意味だ?」


「勝手に相手の気持ちを想像して、答えまで決めつけるなということだ」


アルフレッドは指を立てる。


「たとえば、


『高価なドレスを買ってやれば喜ぶだろう』


『贅沢な暮らしをさせているのだから満足しているだろう』


――そういう考えだな」


フェルネスは黙って聞いている。


「必ず、『どうしてほしいのか』を本人に聞け」


「……なるほど」


「答えは人それぞれだ。


勝手に想像するのが一番よくない」


アルフレッドの顔から、次第に笑みが消えていく。


「高価な物を与えれば喜ぶ女性もいるだろう。


だが、夫婦で大切なのは値段ではない」


静かに言った。


「『自分のことを考えて選んでくれたのか』


そこなのだと思う」


フェルネスは何も言わなかった。


アルフレッドの目が遠くなる。


「これは、私自身の失敗談だ」


「……」


「子供に言われたことがある」


少し苦い笑みを浮かべた。


「『お父さんは、お母さんの気持ちを全然考えようとしない。


お金さえ渡しておけば、気持ちまでつなぎ止められると思っていたら大間違いだ』とな」


フェルネスは静かに聞いている。


「その時、もっときちんと耳を傾けるべきだった」


アルフレッドは続けた。


「私は、


『妻は私の仕事を理解してくれている。


だから何も言わなくてもわかってくれている』


と、勝手に思い込んでいた」


「実際は違ったのか?」


「ああ」


アルフレッドは頷いた。


「妻には、


『本当は、もっといろいろ話をしたかった』


と言われた」


その表情が少し曇る。


「それに対して私は、


『これは仕事なのだ。


私は他人の命を預かっている。


その責任を、そなたは理解できないのか』


と、叱ってしまった」


フェルネスの眉が下がる。


「……それは」


「ひどいだろう?」


アルフレッドが苦笑した。


「今なら、わかる」


少し間を置いた。


「私は、


『期待に応えられなくてすまない。


だが、そなたのことを大切に思っている気持ちは変わらない』


そう言えばよかったのだ」


アルフレッドは静かに息を吐いた。


「忙しくても、話を聞く時間を作ればよかった。


わかってくれているはずだと、勝手に決めつけるべきではなかった」


そして、フェルネスを見る。


「だから、そなたは同じ失敗をするな」


「……ああ」


「相手をよく見ることだ。


そして、わからないことは、本人に聞け」


フェルネスは、その言葉に静かにうなずいた。


え?アルフレッドって既婚だったの?いつの間に?の世界ですが、「失敗談」の重みは強いです

医師としては冷徹だけど、人間としては、後悔もある人なのですね

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