「宿題」に取り組む皇女
ロザリア、真剣です
「フェルネス様に、『宿題』を出されました」
ロザリアが、シャローヌへ言った。
「『年相応に振る舞いなさい』ですって」
「あの方は、未成年の方を見ると、どうしても『年相応であるか』を気になさってしまうのでしょうね」
シャローヌが少し考えるように言った。
「フェルネス様ご自身は、お姉様以外に甘えられる方がほとんどいなくて……あなたくらいの年齢には、もう大人の騎士と同じように働いていらしたそうですから」
「でも私は、両陛下にも両親にも愛されて、『普通』に育っていると思うのですが?」
ロザリアが首を傾げる。
「そうね」
シャローヌは微笑んだ。
「だからこそ、フェルネス様には余計に心配なのかもしれないわ。
自分の子供ほど年の離れた女性を妻にすることに、まだ強い抵抗がおありなのでしょう」
そして少し迷ってから、続けた。
「あなたには、まだ早いと思って話していなかったことがあるの」
「何ですか?」
「フェルネス様には、かつて『妻』がいらしたそうよ」
ロザリアの目が大きく見開かれた。
「え? フェルネス様って、『女性恐怖症』だったのでは?」
「それより、ずっと前の話よ」
シャローヌの目が遠くなる。
「フェルネス様が十歳だった頃」
「十歳!?」
「今のあなたより、ずっと幼いわ」
ロザリアは絶句した。
「十歳で結婚なさったのですか? お相手は?」
シャローヌは静かに言った。
「四歳年上の女性だったそうよ」
そして、少し言葉を選ぶ。
「その女性は、かなり年上の男性からひどい目に遭わされ、子供を身ごもってしまったそうなの」
ロザリアの表情が変わった。
「フェルネス様とは、何の関係もなかったのです。
それでもフェルネス様は、『自分の子として育てる』と言って、その方のそばに寄り添い続けたそうよ」
「十歳の少年が……?」
ロザリアは信じられないように呟いた。
「無関係の女性の『夫』になったのですか?」
「ええ」
シャローヌは静かにうなずいた。
「だから、もしかすると――」
少し考えながら言葉を続ける。
「フェルネス様は、今のあなたに、かつての自分を重ねているのかもしれない」
「私に?」
「自分の気持ちよりも、周囲の事情や責任を優先しているのではないか。
本当は別の人生を選びたいのに、『自分がそうするべきだから』と無理をしているのではないか。
そう心配なさっているのかもしれないわ」
ロザリアは黙って聞いていた。
「フェルネス様ご自身が、そういう生き方をする方だから」
シャローヌは苦笑した。
「相手まで同じように考えているのではないかと、疑ってしまっても不思議ではないでしょう?」
「……なるほど」
「あなたの年齢で、フェルネス様のような特殊な過去をすべて理解しろというのは、難しいと思うわ」
シャローヌはロザリアの手を取った。
「でも、それを補える『何か』を、あなた自身で見つけるしかない」
そして、ふっと笑う。
「それにしても、フェルネス様も頑固よねえ」
「頑固?」
「こんなに若くて、きれいな娘に思われているのに、なかなか応えようとなさらないんですもの」
シャローヌが肩をすくめる。
「普通の男性なら、喜んで話に乗るでしょうに」
「そういうものなのですか?」
「男性って、だいたい若い女性が好きなのよ」
シャローヌは、あっさりと言った。
「それに私は、自分より背が高いとか、魔力が強いとか――そんな理由だけで女性を敬遠する男性を、嫌というほど見てきたわ」
(……あ、お母様ご本人のことだ)
ロザリアは思ったが、口には出さなかった。
シャローヌは、少し懐かしそうに笑った。
「本当のことを話すわね。
私は、魔力だけを理由に、あなたのお父様の妻として選ばれたの」
「魔力だけ?」
「ええ。
貴族でもなかった。
私の方が年上だった。
目も悪かった。
背も高すぎた」
シャローヌは自分自身を指さした。
「それでも、『何の問題もない』って」
その灰色の瞳が、優しく細められる。
「皇帝陛下をはじめ、皆様はとても温かく迎えてくださったわ」
ロザリアは黙って母の顔を見つめる。
「何が幸いするかなんて、わからないものよ。
私は『行き遅れ』と言われる年齢まで独身だった。
でも、だからこそ今、ここにいる。
あなたを産むこともできた」
シャローヌは、ロザリアの手を強く握った。
「だから、あなたはあなたの気持ちを、できる限り誠実にフェルネス様へ伝えればいいと思う」
「はい」
「周囲はもう、ほとんど固まっているでしょう?」
シャローヌがにやりと笑う。
「残っているのは、フェルネス様ご本人の『覚悟』だけ。
その覚悟を、しっかり引き出すのよ」
「お母様……」
「女性不信だったという噂のおかげで、今まで独身でいられたけれど――」
シャローヌの目が妙に真剣になる。
「治ったという話が大陸中へ広がる前に、しっかりあなたが『仕留める』のです!」
(お母様……なんだか、違う方向へ話が進んでいるような……)
そう思いながらも、ロザリアは新たに決意を固めた。
◇
「フェルネスは『酒』に弱い」
後日。
レオンハルトが、妙に真剣な顔でロザリアへ言った。
「はい?」
「こっそり少量飲ませて眠らせ――『既成事実』を作るのだ」
クラウディオの目が遠くなった。
(父上……どうして急に、そこまで積極的になったのだ?)
「酒だとわからぬように飲ませる方法を考えよう」
レオンハルトは本気である。
「ただし、飲ませすぎてはいかんぞ。
我々が母上に締め上げられる」
クラウディオが、じとっと父親を見る。
(……前科があるのだな)
一方、ロザリアは別のことが気になった。
「でも……お酒が駄目な方は、少量でも危険なのでは?」
どうにも心配になり、レオンハルトから何を言われたかは伏せて、侍医へ相談した。
「確かに、体質によっては少量でも危険なことがあります」
侍医が真面目に答える。
「命に関わる可能性も、絶対にないとは言えません」
ロザリアの顔色が変わった。
「わかりました。ありがとうございます」
そして――。
ロザリアは、そのまま祖母である皇后へ報告した。
◇
「なんということを、実の娘にさせようとしているのですか!!」
レオンハルトは、母である皇后から、たっぷりと説教を受けることになった。
その一方で、皇后はロザリアへ優しく微笑む。
「大丈夫ですよ、ロザリア」
「お祖母様……」
「あなたはきちんと、フェルネス様のことを考えられています」
皇后は、孫娘の手を取った。
「相手の体を気遣い、危険だと思えば自分で確かめる。
それができるのであれば、きっとよい妻になれます」
ロザリアの表情が少し和らぐ。
「焦ってはいけません。
少しずつ距離を縮めていけばよいのです」
「はい」
「よほどのことがなければ、婚約そのものが覆ることはないでしょう。
もう大陸中に知れ渡っていますからね」
皇后が微笑む。
「ただし――」
少し真面目な顔になる。
「結婚した後、本当に心を通わせた夫婦になれるかどうかまでは、誰にも保証できません」
ロザリアが息を呑む。
「そこは、あなたとフェルネス様のお二人で築いていくものです」
皇后の言葉に、ロザリアは背筋を伸ばした。
「……そうですね」
そして、ゆっくりとうなずく。
「私は、ただフェルネス様と結婚したいだけではありません」
胸の前で手を握った。
「『本物』の、信頼し合える夫婦になりたいのです」
ロザリアの胸に、再び熱い炎が燃え上がった。
レオンハルトより、ロザリアの方がしっかりしているような(笑)
「前科」は番外編の「ep.3 皇帝と皇太子の失敗」をお読みください。
フェルネス当時25歳ぐらい・・・普通に飲めると思っても仕方がないかと思います(苦笑)




