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フェルネスの受難――皇女さまはあきらめない――孤独な抵抗  作者: 鶴見 日向子


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2/22

受難の始まり

「フェルネスを幸せにし隊」任務開始です

エリザベスは、「番外編 ep.20 カイレスの寄宿舎生活」に登場しています


男は、困っていた。


「髪を切りたい。髭を剃りたい」


男の名はフェルネス。

年齢は三十代後半。


とても細身ではあるが、背は他の男たちより高い。


そして、顔立ちはとても整っていて、どことなく女性のようでもある。


「髪と髭……こればかりは、魔力ではどうしようもない」


時々、ハサミや小刀等で整えてはいるのだが――。


自分でも、似合っていないと思う。


どう見ても、女性が無理やり付け髭をしているようにしか見えないのだ。


髪が長いので、なおさらである。


そして床屋へ行っても、なぜか髪は短くしてもらえず、髭も剃ってもらえない。

きれいに整えてくれるだけだった。


「大陸のほとんどの国を回ったからな。一度、故国に帰るか」


そんなことを考えながら、山の中を歩いていた時だった。


「『お嬢様』! お戻りを!」


そんな声が耳に入った。


「嫌だ! 僕は男だ! 嫁入りなんかするか!!」


「誰がどう見たって『女性』です。無駄な抵抗はおやめください」


貴族の侍従らしき男たちが、男の格好をした若い女性を取り囲んでいた。


「嫌だ!! あんな男と結婚なんて!! 絶対に嫌だ!」


男装の女性が叫ぶ。


「エリザベス様、逃げることは許されません。お約束です」


フェルネスは、近くの木の上から、思わずそのやり取りを眺めることになった。


そこは山の中。

見物人は、フェルネスただ一人である。


そして男装の女性は、侍従を蹴り上げようとしたが――。


それは、あまりにも弱々しい、力のない蹴りだった。


「幼い頃のターシャより弱い」


フェルネスは、呆れたように眺めていた。


エリザベスと呼ばれている男装の女性一人を、男が五人も取り囲んでいる。


本能は、


『関わるな!』


と激しく訴えている。


だが、どうもカイレスやターシャに近い年齢の人間に弱いのが、フェルネスの性分らしい。


その時だった。


魔獣の唸り声が聞こえてきた。


「そうだった。魔獣を退治しに来たのだった」


フェルネスは、はっと我に返った。


彼は今、「お遊び」で賞金稼ぎをしていた。


住民の助けになるうえ、生活費も稼げる。


旅立った時には何も持っていなかったが、かつて村で暮らしていた経験から、食べていく方法は身についていた。


そのため、特に不自由はしていない。


魔獣は巨大で、四本の足を使って走り、あっという間にエリザベスたちへ近づいていった。


侍従たちは魔獣に気づくと、慌てて逃げ出した。


「おいおい。『お嬢様』は置いていくのか?」


フェルネスは呆れながら、魔力で身を武装する。


そして、あっという間に魔獣の首を落とした。


倒した魔獣を魔力で包み、軽く浮かせる。


それから武装を解いた。


腰を抜かしているらしい、エリザベスと呼ばれていた女性に声をかける。


「侍従たちは逃げてしまったな……。一人では危ない。私と来なさい。町まで送る」


女性は目を見開いた。


そして、フェルネスを上から下までじっと見つめる。


「そなた、女性なのにすごいな!! どうしたら、そうなれるのだ?」


エリザベスの目が輝いた。


フェルネスの顔が歪む。


「私は『男』だ。よく見ろ!」


呆れたように言ったが、


「髪は長いし、髭は不自然だし、すごく細いし。女性でしょ?」


エリザベスは、さらに目を輝かせた。


(面倒くさいのを助けてしまった……)


そう思いつつ、


「ついて来なさい」


フェルネスは歩き出した。


エリザベスも立ち上がり、その後に続く。


やがて、山頂近くの開けた場所に出た。


フェルネスが手を上げる。


すると、二羽の飛行魔獣が降りてきた。


「そなた、あまり魔力がないな。そっちに乗りなさい」


小さい方の魔獣を指さす。


「え? 僕、飛行魔獣なんて乗れない……」


エリザベスは絶句した。


「安心しなさい。落ちないよう、私が誘導する。歩いて山を下るのは面倒だ。さっさと乗ってくれないか? 日が暮れたら、この魔獣を引き取ってもらえない」


そろそろ日も落ちかけている。


エリザベスは飛行魔獣に乗ろうとしたが、運動神経がよくないらしく、何度も失敗した。


フェルネスは遠い目をしながら、魔力で彼女を吊り上げ、そのまま魔獣の背に乗せる。


さらに、落ちないよう固定の魔法をかけた。


そして、自分も飛行魔獣に飛び乗る。


「小さいのを呼んだのに、それにすら自力で乗れないとは……。ズボンを履いているのに。それでよく『自分は男だ』などと言えるな?」


フェルネスの国では、長いスカートを履いている侍女ですら、自力で飛行魔獣に乗ることができる。


フェルネスの脳裏に、誰よりも男らしいのにドレスを着ている「誰か」の姿が浮かんだ。


「まあ、よい。飛び立つぞ」


二羽の飛行魔獣が、空へ舞い上がった。


フェルネスが乗る飛行魔獣は大きく、その足には、彼が倒した魔獣が掴まれている。


「すごい! 女性でも、こんなに魔力が強い人がいるんだ!」


エリザベスが叫ぶ。


(落としてやろうか?)


一瞬、そう思うフェルネスだったが――。


風にあおられ、顔へまとわりつく自分の長い髪に、ふとひらめいた。


「貴族の『令嬢』の家になら、散髪のできる侍従がいるかもしれない」


そのまま黙って町へ降り、飛行魔獣を空へ放す。


そして、エリザベスにかけていた魔法を解いた。


途端に、エリザベスは地面へずり落ちた。


飛行魔獣たちは、勝手に空へ帰っていった。


フェルネスはエリザベスを連れ、倒した魔獣を役人へ引き渡し、謝礼を受け取った。


その後、近くにあった食堂へ、エリザベスと共に入る。


男装をして付け髭をした大女――に見える人物と、小柄な若い女性。


その奇妙な組み合わせに、店にいた者たちは一瞬ぎょっとした顔をした。


そして、一斉に目を逸らした。


席に着くと、フェルネスが適当に料理を注文した。


「そなた、運動神経がなさすぎる。令嬢なら仕方のないことだが、男の格好をして、それでは目も当てられない。ちゃんとドレスを着なさい」


フェルネスが諭す。


「男装して、付け髭までしている人間に言われたくない!」


睨まれてしまった。


「声でわからぬのか?」


フェルネスは呆れたように言う。


「そなた、賢くもないな。素直に嫁に行くのがよいと思うぞ」


その言葉に、エリザベスが泣きそうな顔になった。


「嫌だ! あんな『じじい』のところなんて! 今、六十歳だぞ! 親より年上の男のところになんて、嫁ぎたくない!!」


エリザベスの目に涙が浮かぶ。


「男になれば、嫁に行かなくて済むと思っていたのに……」


その目から、ぽろぽろと涙が零れた。


フェルネスの胸中は複雑になった。


亡きカトリーナを思い出す。


若い女性がそれほど年の離れた男と暮らすことは、やはり耐えがたいものなのだろう。


「確かになあ……。それは親がひどい」


フェルネスは溜息をついた。


「だが、私も四十に近い。皆、年を取るのだ。それに、貴族の令嬢の結婚とは、そういうものであろう? そなた、他の令嬢たちより年が上であろうに。考えが幼いぞ」


エリザベスが「へっ?」という顔をする。


フェルネスが、どう見ても二十代後半ほどにしか見えなかったからだ。


髭のせいで、わずかな皺も隠れてしまっている。


「僕には好きな人がいた。だけど、思い切り嫌われた……」


エリザベスが俯いた。


「僕は美人じゃないし、勉強もできないし、貴族とは名ばかりの貧乏だし、運動神経もないし、背も低い……。だから、政略結婚するしかないって、親にずっと言われてきた。


だけど、どうしても嫌なんだ!」


そこへ、料理が運ばれてきた。


「まあ、とりあえず食べなさい」


フェルネスは、優しく食事を勧めた。


食事をする姿を見る限り、エリザベスはきちんと作法を身につけている。


かなり空腹だったらしく、優雅さは崩さないまま、かなりの速さで料理を口へ運んでいた。


「この国の貴族か?」


フェルネスが尋ねると、エリザベスは一旦フォークを置いた。


「うん。一応、伯爵家なんだ。僕が嫁ぐことを条件に、『じじい』から多額の援助を受けているから断れないって……」


エリザベスは俯いた。


「これでも、頑張って時期を延ばしたんだ。だけど、もうこれ以上待てないと言われて……。一週間後に挙式することになったから、逃げ出したんだ」


フェルネスが頬をかく。


「そういうことか。まあ、とりあえず食事を続けよう。後のことは、それから考えればよい」


そう言って、フェルネスも食事を再開した。


「名前を聞いてなかった」


エリザベスが言った。


「フェルネスだ。今は放浪中で、身分はない」


そう言って笑う。


「フェルネス? 男の名前ですね。じゃあ、僕も『レオン』と呼んでください」


フェルネスはフォークとナイフを落としそうになったが、なんとか耐えた。


「どうやったら、声も低くできるのですか? それも魔力ですか?」


エリザベスの顔は真剣そのものである。


フェルネスは黙って食事を続けた。


「放浪? もしかして、君も結婚が嫌で逃げたの? だったら仲間だ! 一緒に連れていってよ」


だんだん、年上のフェルネスに対する口調まで馴れ馴れしくなっていく。


フェルネスの目が遠くなった。


「もうよいから、さっさと食事を済ませなさい」


(やっぱり関わるのではなかった)


そう思ったが、もう遅かった。挿絵(By みてみん)


これから続くフェルネスの受難をお読みいただけますと幸いです

「エリザベス」モブキャラだったのに、この話では、重要キャラとなっております

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