鉄壁の崩壊 そして味方は誰もいなくなった
最後まで「絶対に認めない!」と言っていたロザリアの父レオンハルト
わかっていたけど、アストリアの国王陛下まで巻き込んでフェルネスの無実を突き付けられました
「このたびは、『姉』が大変なご迷惑をおかけいたしました」
レオンは床に跪き、アストリア国王と王太子夫妻の前で、額を床へ擦りつけんばかりに深く頭を下げていた。
「あれが『姉上』では、そなたもさぞ苦労したことであろう」
カイレスが、深い同情を込めた目でレオンを見つめる。
「はい。もう……言葉では言い尽くせぬほどの苦労をいたしました……」
レオンの目は遠かった。
「わかる」
カイレスも遠い目になる。
「私も寄宿学校で、あの者には『強烈』に嫌な思いをさせられた。
『悪意がない』では済まぬのだ。
人の善意が理解できない。何でも自分の都合のよいように受け取る。
周囲の人間は、たまったものではない」
かつて、手洗いにまでついて来られたことを思い出し、カイレスの顔が激しく歪んだ。
そして、部屋の隅にいる人物へ顔を向ける。
「レオンハルト皇太子殿下。
これで、フェルネス叔父上の無実は証明されましたからね」
「……了解した」
レオンハルトは、ぶすっとした顔で答えた。
だが――。
ふと、レオンを見る。
「レオンとやら。そなた、いくつだ?」
レオンが顔を上げた。
「二十歳ですが?」
「ほう」
レオンハルトの目が、突然輝いた。
「一度、我が国へ遊びに来なさい」
国王とカイレスが、同時にレオンハルトを見た。
しかしレオンは、真面目な顔で首を振った。
「いいえ。
この後、公爵夫人とエリス様、そして何より、フェルネス王弟殿下へ直接お詫び申し上げたいと思っております。
お三方へのお取り次ぎをお願いしたく、まずはこちらへ参りました。
リラインド公爵家と、エルドリア王国のフェルネス王弟殿下にお目通りがかないましたら、その後は帰国いたします」
「いや」
レオンハルトが身を乗り出した。
「うちの娘にも謝罪してもらわねばならぬ」
「娘御に?」
「娘は、婚約者であるフェルネスが他所の女に手を出したと誤解して、泣いたのだ。
直接謝ってもらおう」
国王とカイレスは、無言で顔を見合わせた。
「お兄様。この方は駄目です」
クラリスが、あっさりと言った。
「何がだ?」
「婚約者がいらっしゃるのでしょう?」
クラリスがレオンへ優しく尋ねる。
「はい」
レオンは驚いた顔でうなずいた。
「今回、伯爵家の当主となりましたので、ようやく結婚できます。
ですが……なぜおわかりに?」
「指輪です」
クラリスが微笑んだ。
「左手の薬指の指輪。
国によっては、『婚約者がいる』『既婚である』という印になると伺いました」
レオンは目を丸くした。
「よくご存じですね」
「実家の姉から聞きましたの。
素敵な習慣だなと思って、覚えていたのです」
クラリスがにこにこと笑う。
レオンハルトの肩が、がっくりと落ちた。
国王は咳払いをした。
「もうよいぞ。
公爵家とエルドリアには、こちらから事情を伝えておこう。
そなたは帰国するがよい」
「ですが……」
レオンがうろたえる。
「そなたのせいではない」
国王は穏やかに言った。
「立派な伯爵になられよ」
「しかし、それでは……」
「よいのだ」
今度はカイレスが笑った。
「それに、偶然とはいえ、エリザベスのおかげでフェルネス叔父上は帰国した。
『そこだけ』は、感謝している」
クラリスも隣でうなずいた。
「もう、お気になさらないでください。
婚約者の方と、末永く仲良く暮らしてくださいね」
「ありがたき幸せ!」
レオンは深く頭を下げた。
そして、そのまま帰国することになった。
レオンが去った後。
「公爵家へ行って『エリス』を見たら、びっくりするだろうからな」
国王がぼそりと言った。
「それに、お兄様」
クラリスが呆れたようにレオンハルトを見る。
「婚約者のいる方を、ロザリアちゃんと引き合わせようとしてはいけませんよ」
「……好青年だったので」
レオンハルトが頭をかいた。
「ロザリア様と釣り合うほどの方でしたら、とっくに候補に挙がっております」
付き添ってきた侍従が、呆れたようにつぶやく。
「往生際が悪いです、甥殿」
カイレスが笑った。
カイレスとレオンハルトは、叔父と甥の関係である。
「気持ちは、わからなくもないがな」
国王が遠い目になった。
「だが、『釣り合わない』と思っていた二人でも、困難を共に乗り越えるうちに、釣り合うようになることもある」
レオンハルトが国王を見る。
「そなたのご両親のようにな」
国王は、昔を思い出すように目を細めた。
小柄だった、当時の皇帝の甥。
そして、その隣に立つ背の高い妹。
今では立派な皇帝と皇后になっている。
皇后の方が長身であることなど、今となっては誰も気にしない。
「私は、お似合いだと思うぞ。
クラウスの血を引くロザリア皇女と、フェルネス。
何より、クラリスの両親との不思議な縁もある」
国王が静かに言った。
「私だって、フェルネスが嫌なわけではないのです……」
レオンハルトが大きく息を吐く。
「むしろ、その逆です」
「ほう?」
「完璧な組み合わせなど、ほとんどない」
国王は言った。
「たとえ最初は完璧に見えたとしても、必ず何かしら困難は訪れる」
その目が遠くなる。
「私と亡き妃は、魔力の釣り合いも取れていた。
互いに想い合い、結婚した。
だが、妃はダストスを産んですぐに亡くなった。
そしてダストスは魔力が低く、結局、廃太子となった」
静かな声だった。
「何もかもが思い通りになることなど、ないのだ」
レオンハルトは黙り込んだ。
「亡きクラウスとロザーリアもそうだ」
国王は続ける。
「クラウスは、もともと前皇帝の甥。
本来なら、小国の王女であるロザーリアとは出会うことすらなかったかもしれぬ。
帝国と小国では、あまりにも立場が違った」
それでも――。
「二人は巡り合い、困難を乗り越え、夫婦となり、子を残した」
国王は目を閉じた。
「クラウスの戦死は、本当に残念だった。
皇帝陛下の心の傷も、いまだ癒えてはいまい」
そしてレオンハルトを見た。
「だから私は、ロザリア皇女がフェルネスへ恋をしたことも、一つの縁なのではないかと思っている」
しばらく沈黙が流れた。
そこでクラリスが、ぽつりと言った。
「でも……ロザリアちゃんが成人してから子供ができたとしたら、その子は私たちの子供より年下になりますよね……」
微妙な顔になる。
「叔父様の子供が、私の子供より年下……」
「そんなことを言ったら」
カイレスが笑った。
「レオンハルト様と私は、どうなるのだ?」
レオンハルトを見る。
「レオンハルト様の方が私より年上なのに、私は叔父だぞ」
「あ……」
「だが、別にそれほど気にならないであろう?
少なくとも、私はまったく気にしていない」
カイレスは笑った。
「それにフェルネス叔父上は、実年齢よりずっと若く見えます。
下手な若者より、はるかに強い。
そのうち、年齢差など気にならなくなりますって!」
レオンハルトは、しばらく黙っていた。
そして――。
「私は……」
ゆっくりと口を開く。
「フェルネスが、自分より下の立場になってしまうことが嫌なのだ」
皆がレオンハルトを見る。
「内乱の時。
私を城へ送り届けてくれた、あの騎士……。
背は高いが、まだ少年の面差しを残していた、美しい顔の騎士だった」
レオンハルトの目が懐かしそうに細められる。
「冷静で、強くて。
私の無茶な要求にも、何も言わず応えてくれた」
小さく笑った。
「ずっと、憧れていた」
誰も口を挟まない。
「再会できた時は、本当に嬉しかった。
帝国へ来て、一緒にいてくれた。
私を鍛えてくれた。
恩人としか言いようがない」
そして、困ったように笑った。
「その方が、自分の『息子』という立場になる……」
深い溜息をつく。
「私はずっと、兄上のような方だと思っていたのだ」
「あら」
クラリスが顔を上げた。
「でしたら、お兄様と思えばよいのでは?」
「……何?」
「国によっては、叔父と姪の結婚が認められているところもあるそうですよ」
クラリスが言う。
「血縁関係そのものは違いますけれど、気持ちの上では、そういうふうに考えてはいかがです?」
レオンハルトが考え込む。
クラリスは続けた。
「ロザリアちゃんに、たとえもっと条件のよい相手がいたとしても、本人の気持ちを考えてあげましょう。
ロザリアちゃん自身が、叔父様を慕っているのです」
そして少し笑う。
「逆――つまり、叔父様の方が若いロザリアちゃんを追い回しているのなら、私も止めますけれど」
カイレスが吹き出しそうになる。
「今回は、完全に逆ですからね」
「そうか……」
レオンハルトは、まだ何かを考えている。
そして突然、顔を上げた。
「そういう考え方もあるか!」
嫌な予感がした。
「『息子』ではなく、『兄上』になってもらえばよいのか」
レオンハルトの顔が、ぱっと明るくなる。
「父上の養子になっていただけば、本当に『兄上』と呼べるではないか!
なぜ、もっと早く思いつかなかったのだ!」
クラリスの顔が、微妙なものになった。
「……なんだか、話が変な方向へ行っている気がします」
カイレスが、ぽん、とクラリスの肩を叩いた。
「我々も将来、子供のことで、ああやって色々と悩むことになる。
よい見本だと思っておこう」
クラリスは、何とも言えない顔でうなずくのだった。
「そうだ!兄上になってもらえばいい!!」
えっ?そこ??(大笑)
フェルネスの味方は誰もいなくなりました(笑)




