フェルネスの葛藤
アルフレッド、冷酷です。だけど、仕方がない事です。
「あの娘、本当に普通ではないな」
アルフレッドが呆れたように言った。
「私のことを、まったく覚えておらぬとは……そなたの名前を出しただけで、素直についてきたぞ」
「本当に、あの娘で試すのか?」
フェルネスは露骨に嫌そうな顔をした。
「あちらの国王から身柄を預かる許可は得た」
アルフレッドが、にやりと笑う。
「医療を進歩させるには、どうしても人で確かめなければならぬ段階がある」
「それは、わかるが……」
フェルネスの表情は晴れない。
「今回確かめたいのは、薬が人間にも効くかどうかだ」
アルフレッドは淡々と言った。
「眠らせた状態で処置を行い、本当に痛みを感じないか。その後、塗り薬も試す」
「……それだけか?」
フェルネスが念を押す。
アルフレッドは一瞬、黙った。
「ついでに、もう子を作れぬようにしておく」
「……は?」
フェルネスの顔が引き攣った。
「それは聞いてない!」
「いろいろな男と関係を持ち、子ができるたびに適当な男を『父親』扱いされては困るだろう?」
「だからといって……」
フェルネスは額を押さえた。
そもそも今回の騒動で、
『フェルネスの子を産んだ女性がいる』
という噂が、グランディル帝国にまで届いてしまった。
それを聞いたロザリアは、ひどく泣いたらしい。
「フェルネス様が、他の女性となんて!!」
周囲が、
「それだけは絶対にありえないから」
と、散々慰めることになったという。
フェルネス自身も事情を説明しに行こうとしたのだが――。
「無実をきちんと証明するまで、こちらへ来るな!」
父親であるレオンハルトに止められた。
もちろん、レオンハルト自身は最初からフェルネスの無実を疑っていない。
完全に、父親としての八つ当たりであった。
◇
エリザベスは、足を鎖でつながれていた。
フェルネスの姿を見るなり、嬉しそうに声を上げる。
「僕、フェルネスの子を産んだんだよ!」
「ああ、そうか。大変だったな」
フェルネスは、そっぽを向いたまま答えた。
「今日は褒美がある」
フェルネスは、液体の入った杯を差し出した。
「この薬を飲みなさい。少し眠くなるかもしれぬ」
「えっ、臭い!」
エリザベスが顔をしかめる。
「大丈夫だ。味は……悪くない、はずだ」
フェルネスは少し目を逸らした。
「フェルネスが言うなら飲むよ」
エリザベスは、何の疑いもなく飲み干した。
しばらくすると、まぶたが重くなっていく。
「なんか……眠い……」
そして、そのまま眠りに落ちた。
アルフレッドが様子を確認する。
「よし。始めよう」
今回の試験には、各国から王族付きの侍医たちも見学に来ていた。
薬が本当に手術へ使えるのなら、医学そのものが大きく変わる。
処置が始まった。
アルフレッドが注意深くエリザベスの反応を観察する。
「……反応がない」
フェルネスも呼吸や脈を確認した。
「眠ったままですね」
「まずは成功だな」
処置は、予定より早く終わった。
アルフレッドが器具を片づけながら言った。
「もっと大きな処置もできたが、今日はここまでにしておこう」
フェルネスは、じっとアルフレッドを見た。
「……あなた、本当に時々怖いですよ」
「まともな者を、最初の試験には使えぬ」
アルフレッドは平然としている。
「この娘には、この娘なりに世の中へ返してもらうものがある」
そこまで割り切ることは、フェルネスにはできなかった。
だが――。
もし、この薬が実用化できれば。
クラリスのように、意識を失うほどの痛みに耐えながら手術を受ける者を、二度と見ずに済むかもしれない。
フェルネスがここに立っている理由は、それだけだった。
◇
数時間後。
エリザベスが目を覚ました。
「お腹が痛い!」
開口一番、そう叫んだ。
「腹を切る処置をしたからな」
フェルネスが淡々と答える。
「無事に終わった。それだけでも幸運だと思いなさい」
「でも、痛い!」
アルフレッドが冷たい目を向けた。
「そなたに首を切りつけられた騎士も、さぞ痛かっただろうな」
「……」
「まあ、この者に他人の痛みを想像しろと言っても無理か」
アルフレッドはそう言うと、傷の周囲へ新しく作った薬を塗った。
しばらく待つ。
「どうだ?」
フェルネスが尋ねる。
エリザベスは不思議そうに腹を見た。
「あれ? さっきより、ずっと痛くない!」
アルフレッドの目が鋭くなる。
「よし」
フェルネスも息を吐いた。
「効いていますね」
「まずは成功だ。これから慎重に症例を重ねよう」
アルフレッドが満足そうにうなずいた。
フェルネスは、ふとエリザベスを指さす。
「ところで……これはこれからどうするのだ?」
「牢へ入ってもらう」
アルフレッドは即答した。
「もう一つ調べたいことがある」
「まだあるのか?」
「元国王の遺体を『詳しく』調べた。
元国王は、以前から同じ病を患っていたようだ。かなり進行していて、内臓にも異常が出ていた。
男女の『濃厚な接触』でしか感染しない病だ・・・
状況から見て、この娘は元国王から感染したと考えて間違いないだろう」
「では……元国王は、どのみち……」
「ああ。あの件がなくとも、それほど長くはなかっただろう」
アルフレッドは少し顔を曇らせた。
「今のところ、確実な治療法はない。
そして、母親から胎児への感染も、ほぼ避けられない」
フェルネスは黙り込んだ。
「それでは、生まれた赤ん坊は……」
「感染している可能性が高い。感染していた場合、長くは生きられない」
アルフレッドはそこで言葉を切った。
「子供には、何の罪もないのだがな」
その言葉だけは、珍しく重かった。
こうしてエリザベスは地下牢へ移され、以後、フェルネスと顔を合わせることは二度となかった。
アルフレッドは彼女の病状を観察しながら、治療法を探し続けることになる。
そして――。
アルフレッドとフェルネスが開発した薬は、その後さらに改良が重ねられた。
飲み薬は、手術の際に患者を眠らせ、痛みを感じにくくする薬として。
塗り薬は、傷や処置の痛みを和らげる薬として。
やがて大陸各国へ広まっていった。
多くの患者が、その恩恵を受けることになる。
そして薬を生産するエルドリアもまた、その利益によって、ますます豊かになっていった。
普通に介護だけしていれば感染しなかったのに……(作者談)
※注意※
作中に登場する病は、物語上の架空の病です。実際の病気とは異なります。




