救世主
2人とも考えすぎて、思考が変な方向に飛んでしまっています
それをちゃんと治めるエリアス義姉様。好きですw
半年が経過した。
「そろそろ、人間でも試してみたい」
アルフレッドが言った。
「しかし、どのような副作用が出るか……何とも言えませんね」
フェルネスが、机の上に並んだ薬瓶を見つめる。
「古い文献に記されている薬草が、どうしても見つからない。似た性質のものをいくつも代用しましたが……」
飲み薬については、魔獣や動物を使った試験で、ほぼ期待通りの結果が出るようになっていた。
だが、人間へ使うには、まだ不安が残る。
「塗り薬なら、もう少し試しやすいのでは?」
フェルネスが言った。
「それは私も考えた」
アルフレッドが腕を組む。
「問題は基材だ。薬効のある成分を何に混ぜるか……」
「油を精製してみますか?」
「何の油を使う?」
「植物性では?」
「植物由来のものは成分が複雑だ。薬効に影響する可能性がある」
二人は考え込んだ。
「女性は化粧をしますよね」
フェルネスが、ふと顔を上げる。
「化粧?」
「ええ。肌や唇へ直接塗るものです。特に口紅なら、薬を混ぜても塗りやすいのでは?」
「なるほど……蜜蝋か」
アルフレッドが考え込む。
「だが、皮膚に拒否反応が出る可能性もあるな」
「化粧の材料を詳しく知っている者に聞けばよいのでは?」
二人は顔を見合わせた。
そして、同時に言った。
「エリアス嬢だ」
その日のうちに、二人はアストリアへ向かった。
◇
「えー? 口紅の材料? なんで?」
突然やって来た二人から事情を聞き、エリアスは目を丸くした。
「手術の時に使う痛み止めを、塗り薬にできないかと考えている」
アルフレッドが説明する。
「それで、肌へ塗るものなら化粧品が参考になるのではないかと」
フェルネスも続けた。
エリアスは、しばらく二人を見つめた。
そして首を傾げる。
「……お薬なのよね?」
「ああ」
「だったら、普通に傷薬の軟膏に使っている材料を調べればいいんじゃないの?」
沈黙。
アルフレッドとフェルネスが、ゆっくり顔を見合わせた。
「……そうだな」
アルフレッドが言った。
「なぜ、それに気づかなかったのであろう?」
「……そうでした」
フェルネスも遠い目になった。
エリアスは深い溜息をつく。
「二人とも、疲れているのよ」
腰に手を当てた。
「根を詰めすぎです。少し休みなさい。
アルフレッド様はお医者様なのに、自分の健康には無頓着なのですね」
「言われてみれば……」
アルフレッドが珍しく素直にうなずいた。
そして、ふと笑う。
「口紅のこととは別に、そなたの包容力に引き寄せられたのかもしれぬな」
「そうですね」
フェルネスも笑った。
「義姉上といると、なぜかとてもほっとします」
「あら、ありがとう」
エリアスは嬉しそうに笑った。
だが、すぐに二人の背中を押す。
「はいはい。そういうことは、ちゃんと眠ってから言いなさい。
二人とも、少しお休みなさい!」
エリアスは二人を、それぞれ別の客室へ押し込んだ。
二人はベッドへ横になるなり、そのまま眠り込んでしまった。
「まったくもう……」
呆れながらも、エリアスはフェルネスの寝顔を覗き込む。
そして、にんまりと笑った。
「四十近くなっても、かわいいのよね」
そこへ夫人がやって来た。
そして、フェルネスを覗き込んでいるエリアスを見て――。
「やっぱり、あなた……フェルネス様を……」
夫人の顔が青ざめた。
「ご、誤解ですわ、お母様!」
エリアスが慌てた。
「寝顔が昔のままだなって、懐かしんでいただけです!」
「あら……」
夫人もフェルネスの寝顔を覗き込む。
「そうね。初めて会った時、こんなにかわいい男の子がいるのかと驚いたもの」
二人は顔を見合わせて笑った。
「さあ、ゆっくり寝かせてあげましょう」
そう言って、そっと部屋を出た。
◇
「そういえば……」
廊下へ出たところで、夫人が思い出したように言った。
「例の『ヴァルド族』の方々が、フェルネス様がこちらにいらっしゃると聞いて、お見えになっているの」
「まあ!」
「でも、あれだけぐっすり眠っているのですもの。明日にしていただきましょう」
公爵は城へ出かけていた。
そのため、エリアスが代わりに挨拶をすることになった。
「おお。そなたが噂の『エリアス嬢』か」
族長は嬉しそうに言い、エリアスを抱きしめた。
エリアスより、さらに背が高い。
「はい。お見苦しいところもあるかと存じますが、お許しくださいませ」
エリアスはドレスの裾を持ち、深く礼をした。
「いやいや。『公爵令嬢』であるそなたが、我々にそこまで頭を下げる必要はない」
族長が慌てて止める。
「かわいい弟であるフェルネスの伯父様と伺っております。
義姉として、ご挨拶するのは当然ですわ」
「そうか。ありがたい」
族長は嬉しそうに笑った。
「フェルネス様とは、いつもすれ違ってしまってな。
今回は目を覚ますまで、しばらく待たせてもらってもよいかな?」
「もちろんです。シャローヌ様もお呼びしましょうか? 使いを出せば、きっと飛んでいらっしゃいますわ」
エリアスが笑う。
「いや、あの子とは定期的に会えている。
フェルネス様については、旅の途中で散々噂だけは耳にしたのだが……あちこち飛び回っていて、まったく捕まらなかった」
族長が苦笑した。
「お医者様の助手をしていたのです」
エリアスが説明する。
「そのお医者様は『瞬間移動』ができるのですが、フェルネスは飛行魔獣で移動していましたから……。
どうしても追いつくまでに時間がかかっていたそうです」
「なるほどな」
族長が、くく、と笑った。
「『瞬間移動』と聞いても、驚かれませんのね」
エリアスが不思議そうに尋ねた。
族長は少し声を落とした。
「我々の一族にも伝わる、秘伝の技術だからな」
「まあ」
「ただし、使える者は限られている。普通なら相当な魔力が必要だ」
エリアスが首を傾げた。
「アルフレッド様には、それほど強い魔力はないようなのですが……」
「回復魔法の使い手には、別の方法があるのだよ」
族長が笑った。
「そういうものなのですね」
「ああ。そういうものだ」
「では、回復魔法が使えないフェルネスには……」
「残念ながら無理だろうな。
我々にも使うことはできない。ただ、その技術が存在することは知っている。
そして、正しく使われているかを確かめるのも、我らの役目だ」
その時だった。
「……強い魔力を感じて、目が覚めました」
眠気がまだ残っている様子のフェルネスが、部屋へ入ってきた。
「この方は?」
族長はフェルネスを見るなり、目を見開いた。
「あなたを産んだお母さまの兄上さまよ」
とエリアスは優しい言葉で紹介した
フェルネスは目を見開いた
「いやはや……本当にクラリス皇女様とよく似ていらっしゃる。
それにしても細いな。
中年太りとは、まったく縁がなさそうだ」
「筋力はあるのですが、骨格が細いのでしょう」
フェルネスが苦笑した。
「持久力に乏しいのが、私の弱点です。魔力で補ってはおりますが」
族長は、しばらくフェルネスを見つめた。
「妹は、病弱だった」
その声が少し寂しげになる。
「我々はロザーリア様の誕生については知っていた。
だが、そなたが生まれたことは、長い間知らなかった」
「母上の病気が原因でしょうか」
「それもあったのかもしれぬ」
族長は溜息をついた。
「フェルネスを産んですぐに亡くなられたと伺っています」
エリアスが言った。
「そして、あのエルドリアの元国王は、そのことを長い間隠していたそうです」
これまでレオニスから聞いた話を、簡単に説明する。
「あの国王は、もう亡くなったそうだな」
族長が言った。
「先日、知らせが届いた。最期まで寝たきりだったとか」
フェルネスは、わずかに苦笑した。
族長は、それ以上追及しなかった。
「ところで、なぜそんなに疲れた顔をしている?」
話題を変えるように尋ねた。
「手術の時に使える、痛みを抑える薬を研究しておりました」
フェルネスが答える。
「城に残る古い資料に、
『強い臭気を放ち、魔力を宿した草』
という記述があるのですが、それがどうしても見つからないのです」
族長の眉が動いた。
「ほう?」
「そのため、性質の似た植物を使って、いくつも代用品を試していました。
なかなかうまくいかなかったのですが……どうにか、飲み薬については動物で試せる段階までたどり着きました」
話を聞き終えると――。
族長が突然、声を上げて笑った。
「ははははは!」
フェルネスが目を瞬く。
「何か?」
「いや、会いに来た甲斐があったというものだ」
族長が笑いながら言った。
「その薬草のありかを知っている」
「本当ですか!?」
フェルネスの顔色が変わった。
「ああ。
アストリア領内でも、ごく限られた場所にしか生えぬ草だ。
そして、記述通り――本当に臭いぞ。
覚悟しなさい」
族長が部下へ命じる。
やがて、一つの瓶が運ばれてきた。
「これは?」
「その草を乾燥させ、煮詰めて濃縮したものだ」
族長が蓋を開けた。
瞬間――。
「うっ!」
刺激臭が広がった。
目まで痛くなりそうな、強烈な臭いである。
フェルネスは思わず顔を背けた。
「これは……確かに」
「生えている状態では、ここまでひどくはない。
それでも十分臭いがな」
族長は平然としている。
「大昔、竜が好んで食べていたという話も残っている」
「竜が?」
「ああ。
生えている場所そのものを教えることはできぬ。
だが、これは差し上げよう。
試してみなさい」
フェルネスは両手で瓶を受け取った。
「ありがとうございます」
深く頭を下げる。
族長は、白衣姿のフェルネスを見ながら尋ねた。
「騎士には戻らぬのか?」
フェルネスは少し考えた。
「姪のクラリス皇女が、出産の際に帝王切開となりました」
静かに答える。
「痛みで意識を失ったのです。
あの我慢強い子が……」
その表情が曇った。
「もう、同じことを繰り返したくありません」
族長は黙って聞いている。
「私も、もう四十に近い。
魔獣退治は、これからの若い者たちへ任せたいと思っております」
「四十など、まだこれからだ」
族長は笑った。
「確かに筋力などは、少しずつ衰えるだろう。
だが、それを補う『技』を磨けばよい。
まあ――医師の道も、悪くはないがな」
そして、立ち上がった。
「さて。そなたに会えて嬉しかったぞ」
「私もです」
「そうそう」
族長が、ふと思い出したように笑う。
「私の名も『フェルネス』だ」
フェルネスの目が丸くなった。
「……私と同じ?」
「ああ。また会おう。
その時は、あの草をもっと持ってくる。
会えぬ時には――」
族長はエリアスへ顔を向けた。
「こちらへ預けさせてもらおう」
エリアスの目が、少し遠くなった。
「……臭いが、かなりきついのですが」
「しっかり蓋をしておけば大丈夫だ!」
族長が豪快に笑った。
「それと、アルフレッドにもよろしく伝えてくれ。
あれには、たまに世話になっている。
あの男が寝込むとは、よほど疲れているのだろう。
そっと寝かせておいてやりなさい」
「はい」
エリアスとフェルネスは、そろってうなずいた。
「では、また会おう。
どうも私は、一か所に長くとどまるということが苦手でな」
そう言うと族長は飛行魔獣を呼び寄せ、その背に乗って飛び去っていった。
フェルネスは、手の中にある瓶を見つめた。
その目に、再び力が宿る。
「これで、随分先へ進める」
「また寝ないつもりじゃないでしょうね?」
エリアスがすぐに釘を刺した。
フェルネスは一瞬、言葉に詰まった。
「……今日は、もう休みます」
「よろしい」
エリアスが満足そうに笑った。
フェルネスは、もう一度瓶を見つめる。
「必ず作ってみせます。
手術の痛みを、少しでも取り除ける薬を」
そして後に――。
アルフレッドとフェルネスは、長い試行錯誤の末に、飲み薬と、患部へ直接使う痛み止めの塗り薬を完成させることになるのだった。
やっと対面できた、伯父と甥
そして、探し求めていた薬草まで、手に入れる事ができました。
とうとう、痛み止めの完成です。
薬草の詳細は皇女の帰還シリーズに入れていませんが、「辺境伯令嬢と竜の子」に詳しく描いています




