逃げ道はどこだ?
がんばれフェルネス(笑)
「フェルネス様。このたびは、お父様を亡くされたとのこと。謹んでお悔やみ申し上げます」
グランディル帝国から、なぜかロザリアが弔問に訪れた。
「なぜ、そなたが?」
フェルネスが首を傾げる。
「『内々に』と伺いましたので、私くらいの立場の者がちょうどよいかと思いまして」
ロザリアが答えた。
「まあ、確かに。両陛下にわざわざ足をお運びいただくほどのことではない。お心遣い、感謝いたします」
国王レオニスが、ロザリアへ笑顔を向けた。
その時、
「フェルネス様。アルフレッド様がお呼びでございます」
侍従がフェルネスを呼びに来た。
「わかった。ロザリア殿下、途中で失礼いたします」
フェルネスは頭を下げ、その場を離れた。
残ったのは、国王夫妻、王太子夫妻、とロザリア。
そして、去っていくフェルネスの背中を見つめるロザリアの目は――妙に熱い。
レオニスは人払いを命じた。
臣下のリチャードだけはその場に残した。
「皇帝陛下からのお手紙は読ませていただいた」
レオニスの顔が険しくなる。
「そなた、本当によいのか?」
「もちろんでございます」
「私は娘も孫娘も持ったことがないが……。もし、いたとしたらだ」
レオニスは腕を組んだ。
「さすがに、親より年上の男とは一緒にさせたくない」
レオニスはすでにレオンハルトから事情を聞いていた。
そして、完全にレオンハルト側へついていたのである。
「お父上のお気持ちも考えなさい」
「嫌でございます」
ロザリアは、きっぱりと言い切った。
「物心ついた頃から、フェルネス様以外、目に入りませんでした。
あのお方以上の方がいらっしゃるのであれば、考えてもよろしいですが」
あまりに迷いのない返事に、レオニスは目を丸くした。
「ロザリア様のお名前は、ロザーリア様から?」
王妃が微笑んだ。
「左様でございます」
ロザリアがうなずく。
「やはり……」
王妃は、ロザリアをしげしげと見つめた。
「お顔立ちが、どことなくクラウス様に似ておいでです。
背もとてもお高い。そして、魔力もかなり強い」
そして、夫であるレオニスへ顔を向けた。
「フェルネス様以外のお相手を探す方が、むしろ難しいのではございませんか?
陛下。フェルネス様にとっても、決して悪いお話ではありませんわ」
まさかの王妃からの援護射撃に、レオニスがぎょっとした。
「そなたまで、そのようなことを言うのか!? 父親の気持ちを考えよ!」
「二十四歳程度の年の差なら、貴族社会では珍しくありません。
ましてや、お相手は皇女殿下。
フェルネス様のお相手として、これ以上ふさわしい方がいらっしゃいますか?」
王妃の言葉に、ロザリアの顔がぱっと明るくなった。
「いや、その……フェルネスは……女性とは……」
レオニスが口ごもる。
「構いません」
ロザリアが即答した。
「配偶者になっていただけるだけで、私は満足でございます。
本当の夫婦になろうとまでは、考えておりません」
その顔には、揺るぎない決意が浮かんでいる。
「そこまでのお覚悟がおありなのです」
今度はリチャードまで口を挟んだ。
「後押しをするべきではありませんか?」
「リチャードまで!?」
レオニスが振り返る。
「フェルネス様も、一生独身でおられるわけにはまいりません。
まして、グランディル帝国の将来の皇配となられるのであれば、これ以上ないお話ではございませんか」
王妃も深くうなずいた。
「フェルネス様は誠実なお方です。
たとえ子をもうけることができなくても、ロザリア様を大切になさることだけは間違いありません」
リチャードが太鼓判を押した。
完全に孤立しかけたレオニスは、最後の確認をする。
「本当に『白い結婚』でよいのか?
その意味を、ちゃんと理解しているのだな?」
「はい」
ロザリアは落ち着いて答えた。
「子がどのようにできるのかも理解したうえでの願いでございます。
私には双子の兄がおりますし、叔父のアルノルト様もいらっしゃいます。
跡継ぎについては、彼らに任せればよいことです」
レオニスは、しばらく黙っていた。
そして――。
「……それならば、フェルネスを説得しよう」
ついに折れた。
(レオンハルト殿を裏切ってしまうなあ……)
そう思いながらも、最後には弟の幸せを優先したのである。
◇
「あはははは!! よかったなあ、そなた!」
アルフレッドが腹を抱えて大笑いしている。
「全然よくない!!」
フェルネスが叫んだ。
「なぜ私が、未成年の皇女殿下と婚約せねばならぬのだ!?」
数日前。
フェルネスは兄である国王夫妻と、王太子夫妻に呼び出されていた。
そこで突然、
「そなたの婚約が決まった」
と告げられたのである。
相手の名を聞いた瞬間、フェルネスは絶句した。
「お願いです。お断りください。
あのような幼い少女を、妻として受け入れることなどできません」
床へ額を擦りつけんばかりの勢いで頼み込んだ。
だが、
「ご本人の『かなり』強いご希望だ」
レオニスは、そっけない。
「それに、全然『幼く』などありませんよ」
王太子まで言い出す。
「立派な女性です。私より、よほどしっかりしています」
「それは『見た目』の話でございましょう? 中身はまだ少女です」
フェルネスは、ロザリアの姿を必死に思い出そうとした。
だが、どうにもぴんと来ない。
そもそも彼の中では、完全に「子供」の分類に入っている。
「まあ、『婚約』だけしておけ」
レオニスが笑った。
「ロザリア皇女は、まだ成人しておらぬ。
数年も経てば、あちらの気が変わるかもしれぬぞ」
「しかし……二十四歳差ですよ?
彼女が成人する頃には、私は四十を越えています」
フェルネスの顔が引き攣る。
「それくらい、普通です」
王妃は、あっさりと言った。
「再婚だと思えばよいのです」
「いや、そういう問題では……」
「よく考えてくださいませ」
王妃の声に、急に熱が入った。
「ロザリア様は、亡きクラウス様の甥の娘です。
お名前も、亡くなられたロザーリア様からいただいたそうです。
これは縁です。
私は、運命の巡り合わせだと思います」
フェルネスが黙り込む。
「私は嬉しいのです」
王妃の目が潤んだ。
「亡きクラウス様の血を引く方と、ロザーリア様の実弟であるフェルネス様が結ばれる……。
夢のようではありませんか」
その言葉に、フェルネスは完全に言葉を失った。
「そうですよ、叔父上」
王太子まで身を乗り出した。
「私は全然覚えておりませんが、『黒髪の魔獣』は我が国では伝説の人物です。
その血を引く方と縁ができるなんて、すごいことではありませんか」
隣にいた王太子妃も、大きくうなずいた。
「フェルネスおじ様とロザリア様。とてもお似合いだと思います」
うっとりとした顔である。
誰も、自分の味方がいない。
それでアルフレッドに愚痴ったのだが――。
こちらも満面の笑みだった。
「うんうん。せっかく女性恐怖症を克服できたのだし、ちょうどよいではないか」
「どこがだ!」
「そなたと同年代の女性など、未亡人でもなければ独身はほとんど残っておらぬ。
それに、そなたの立場で一生独身というわけにもいくまい」
アルフレッドは指を折りながら続ける。
「変な行き遅れを押しつけられているわけでもない。
身分も魔力も体格も釣り合う相手など、滅多におらぬぞ」
「年が離れすぎている!」
フェルネスは仏頂面になった。
「そなた、贅沢を言うなあ……」
アルフレッドは呆れた。
「先ほども言ったであろう。
そなたと釣り合うほど魔力の強い女性など、ほとんどおらぬ。
体格もそうだ。
年齢差にしても、貴族社会なら許容範囲だ」
そして、少し真面目な顔になる。
「何より、もう少しロザリア殿下のお気持ちに寄り添って差し上げたらどうだ?」
「ロザリア皇女殿下のお気持ち?」
フェルネスが首を傾げた。
「あのお母上譲りの長身。そして、強い魔力。
簡単に相手が見つかると思うか?」
「探せば、いるのでは?」
「甘い」
アルフレッドが即答した。
「そのような『優良物件』は、『即』売れる」
フェルネスが目をぱちぱちさせる。
「……『即』? 『売れる』?」
「クラリス様のお子だ」
アルフレッドが笑う。
「我々が取り上げた、あの赤ん坊。
まだ生まれて半年にもならぬというのに、すでに婚約の申し出が殺到しているそうだ」
フェルネスの目が見開かれる。
「そなたは、本当にそういうことには疎いな」
アルフレッドは続けた。
「ところが皇女さまともなると、そう簡単ではない。
自分と魔力の釣り合わぬ相手では、子を望めない可能性がある。
身分も考慮せねばならぬ。
魔力が強ければ強いほど、むしろ相手探しは難しくなるのだ」
フェルネスは黙って聞いている。
「ターシャ様だって、カイレス殿下がいなければどうなっていたかわからぬ。
独身を通したかもしれぬし、魔力の釣り合わぬ相手へ嫁がされ、子を授かれなかった可能性もある」
そして、アルフレッドは穏やかに言った。
「クラウスへの恩返しだと思って、受けてやったらどうだ?
何より、ロザリア殿下ご本人が望んでいるのであろう?」
フェルネスは何も言えなくなった。
こうして、フェルネスとロザリアの婚約は内定した。
◇
後日。
フェルネスは兄レオニスと共に、正式な挨拶のためグランディル帝国を訪れた。
そこで皇帝から、いきなり告げられた。
「成人と同時に結婚式だ」
フェルネスの顔が固まった。
「ただし、それまでは手を出すなよ」
皇帝が釘を刺す。
「そなたの女性恐怖症がよくなっていることは、シャローヌから聞いたからな」
フェルネスの目が丸くなった。
(あの時か!!)
いきなり抱きつかれ、頬に口づけをされ、さらに頬ずりまでされた時のことを思い出した。
あれは――。
試されていたのだ。
「というわけで、ロザリアとの『正式なお付き合い』は、もう少し待っていただきたい」
レオンハルトが笑顔で言った。
だが。
目が、まったく笑っていない。
「……承知しております」
フェルネスは深く頭を下げた。
そして心の中で思った。
(なぜ、私はこんなことになっているのだ?)
フェルネスの受難は、まだ始まったばかりであった。
これは本当に受難なのでしょうか?w
以下チャッピーの解説
フェルネスの場合は恋愛経験がカトリーナでほぼ止まっていて、その後は女性恐怖症になり、そこから長く逃げていたわけですから、恋愛方面だけ経験値が若い頃で止まっていると考えると、とても自然です
カトリーナは「外伝」に出てくる、フェルネスが10歳の時の婚約者です。
フェルネスは「妻はカトリーナだけ」と言っていますが、本当の夫婦ではなかったのです
ちなみに、カトリーナはカイレスの実母です。
カイレス出産後、亡くなりました。詳細は外伝をお読みください。重いので苦手な方はスルーしてください




