はじめまして
「なんだ、そういう事だったんだ」
マスターから彼女の話を聞き、納得した俺は「はじめまして、Sevensってバンドやってる萩 七瀬です、よろしく」と改めて挨拶をした。
「ふふ、はじめまして。私は雪、冬川 雪です。よろしくね」
俺の挨拶に対して、笑いながら手を差し出した雪。
その手を握り、軽く握手を交わした。
「冬川、雪ちゃんか」
「なんか寒そうな名前でしょ?だからあんまり苗字名乗るの好きじゃないんだよね」
「そう?俺は冬好きだし、いい名前だと思うけどな」
マスターの話によれば、雪は先月くらいからここ、Looseによく珈琲を飲みに来ていたらしい。
先月と言えば俺は新曲制作に追われ、休んでいた時期だ。
そんな中、一度だけLooseでライブをした日があった。
その時に雪は俺を知ったらしい。
まあ、【俺】と言うよりは【Sevens】を知ったが正しいかな。
そこでSevensの曲を気に入ってくれたらしく、マスターに俺たちの事を聞いたという話だ。
俺たちを随分と買ってくれているマスターは、Sevensの曲を褒められ嬉しく思い、あれやこれやと雪に話したらしい。
だからカフェに俺が訪れた時も俺を知っていて、お金を貸してくれたって事だ。
マスターからは俺がここでバイトをしているのも聞いていたから、ここに来れば会えると分かっていたはず。
まあ、彼女的には貸したと言うよりは足りなかった分を払ったつもりだったろうから、返してもらいに来たつもりは毛頭無かった訳だが。
「実は私ね、Sevensがライブをしたあの日、ちょっと落ち込んでてね。そしたら突然ライブが始まって、正直バンド演奏を聴く気分じゃなかったんだ。だからお店を出ようとしたの。そしたら七瀬くんの弾く優しいギターの音が聴こえてきて、思わず足を止めちゃった」
カウンターで頬杖を付く雪は、さっきの愛嬌のある笑顔とはまた違う、穏やかな笑みで俺を見ていた。
「なんて言うの?なんか、もっとガヤガヤした曲が始まると思ってたからビックリしちゃって。なんか優しく温かい感じで響く音とメロディーで…すごく素敵だなって。そしたら今度はロックな見た目の人がすごい優しい声で歌うんだもん、びっくりしちゃった。あと、何よりも歌詞に惹き込まれたなあ…その時の私に語りかけてくれてるみたいな…ね、そんなの最後まで聴かない訳にはいかないでしょ?」
少し照れ笑う雪が「ああ、ごめんね!私みたいな素人が語っちゃって」なんて、顔が赤くなるのを隠すように両手で頬を触った。
確かに、あの日最初に演奏した曲はアコースティックな音色から始まるバラードだった。
そして、あの曲は俺が作詞作曲を担当した曲でもある。それをこんなに褒めてくれるなんて嬉しい限りだ。
そのあとも雪と色んな事を話し、気がつけばあっという間に1時間ほどが経っていた。
「あ、やべ…もうこんな時間か。マスターごめん、もうそろそろ閉店だよね」
「ん?ああ、まあ2人以外に客ももういないし、まだ良いぞと言いたい所だけど…女の子にこんな時間まで外をうろつかせる訳にもいかないしな。七瀬、ちゃんと送ってやれよ」
マスターが店仕舞いの準備で入口に鍵をかけながらそう言うと「ああ、そんなに遠くないから大丈夫ですよ」と雪が遠慮がちに席を立ち上がる。
「いや、送っていくよ。こんな時間まで付き合わせちゃったし」
それに、雪ともう少しでいいから話していたかった。
そっちが本音だったのかもしれない。
「ふふ、ありがとう。じゃあお言葉に甘えちゃおうかな」
きっともう、この時には俺は雪の事が好きになっていたんだと思う。
俺の演奏を褒められたからじゃない、雪が美人だったからでもない。そりゃ、最初は見た目に惹かれたって言ったら嘘になるが…
「表は閉めちまったから、裏からな」
「うん、ありがとう。っと、マスター、支払いを……」
「ああ、いいよいいよ。今日は俺の奢りだ」
「ええ?悪いよ、それにそれじゃ俺が雪ちゃんに奢るって話が…」
「はは、また2人でここに来ればいいじゃないか。その時ちゃんと奢ってやりな」
またこの人は……
きっとマスターは俺の気持ちに既に気づいていたんだろう。
顎髭を触りながら口元を緩ませている。
「……はは、マスターには叶わないな」
「ん?なんの話だ?」
「いや、じゃあありがたくそうさせてもらいます。雪ちゃん、良ければまた俺とここで話をしてくれるかな」
「うん、もちろんだよ。マスター、ありがとうございます。ご馳走様でした」
2人でマスターへお礼の言葉を言い、店の裏口の扉から店を後にした。




