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不思議な男性

 店を出て数分歩くと、雪が住んでいるアパートに到着した。


「こんな近くに住んでたんだ」


「ね?だから近いから送ってくれなくても大丈夫って言ったでしょ?」


「いやいや、そういう意味で言ったんじゃないよ!」


 焦る俺を見て楽しそうに笑う雪は「わかってるよ、送ってくれてありがとう」とお礼を言った。


「あ……てか、ごめん。よく考えたら、こんな初めて会ったどんな男かも分からない奴に家の前まで」


 今更だがそんな事を思い、口に出すと「確かに、」なんて冗談めいた言い方をした。

 かと思うと、突然少し寂しそうな、悲しそうな、よく分からない表情で俺を見た。


「さっき七瀬くんと保久さんは身内がいないって話、してたでしょ?」


「え?う、うん」


 確かにさっきLooseで雪と話していた時、そんな昔話も少しした。


 ーー俺たちの両親は事故で早くに無くなった。

 詳しくは分からないが、父と母はほとんど駆け落ちのような結婚をしたらしく、俺たち兄弟には身内という身内がいなかった。というより、父と母以外の身内の存在すら、2人が亡くなるまで知らなかったのだ。

 2人が亡くなって初めてわかったのは、父がそれなりに良家の人間らしいという事。

 父母両家とも、両親はかなり高齢だが存命らしい。当時の話だから今はどうかは知らないけど。

 それと、父母とも兄弟がいるらしい。特に父には兄弟が多いようだった。

 そして母だが姉がいるようだったが、姉妹の仲は元々そんなに良くなかったらしい。

 葬儀が執り行われた日にそんな様々な事を知った。

 しかし、それは父や母の家族から聞いた話ではなく、両家とも「代行人」を1人づつ寄越してその人からそういう話を聞いただけ。

 ジロジロと観察するように俺たち2人を見ていたのをよく覚えている。

 当時中学生になったばかりの俺は、両親を失った悲しみはもちろんあったのだが、突然の情報が多すぎて、それ以外の事は正直なんとも思わなかった。

 ポツポツと数人やってくる近所の人や、父母の知人や友人と名乗る人。代行人と名乗る2人。そして葬儀だけ手配してくれたものの、誰1人として来ない親族。

 ただただ行き交う大人達を見ていた、という感じだった。

 きっとヤス兄も同じだったんじゃないかな。

 なんとなくそんな気がする。


 そして次の日、1人の男性から電話がかかってきた。

 その男は、父の姉の夫の兄弟だと名乗った。

 行き場をなくした俺たちを不憫に思ったらしく、自分が所有している使っていないアパートがあるからそこで暮らすといい、と提案してくれたのだ。

 親族という親族が皆、誰が俺たちの保護者になるかと揉めていたらしく、その男性が買ってでてくれたらしい。

 そして俺たち兄弟は、母の姉の夫の兄弟という複雑な遠縁の男性からアパートを借り、2人で生活を始めた。

 幸い、そのアパートは元々住んでいたマンションからかなり近くにあり、転校などの心配もせずに済んだ。

 男性は月に20万円なんて大金の仕送りまでしてくれて、なんと感謝すれば良いのか分からなかった。

 だが、なぜか名前を聞いても教えて貰えず、会いにも来ない。連絡も月に1回、非通知でかかってくる電話のみ。


「七瀬が18歳になるまでは面倒をみられるから、それからはどうか自分たちで頑張りなさい」


 そう言われており「七瀬が18歳になったら、この男性へ恩返しをしよう」と兄弟で誓っていた。

 が、俺たちがどれだけ手を尽くして探してもその男性は見つからなかった。

 ついに俺が18歳を迎えた年。

 パッタリとその男性との連絡が途絶えてしまった。

 残されたアパートはその年に取り壊しが予定されており、大家さんにこの部屋の持ち主を聞いても最後まで「個人情報だからね、教えられないよ」の一点張りだった。


 そんな事がありながらも、俺たちは学生時代に貯めたお金で別のアパートを借り、今もそこに兄弟で暮らしている。


 と、まあ色々あったが、今では「そんな不思議な男性がいた」という笑い話にも出来る様になり、雪と話している際にも話したという訳だ。


 だか、別に雪が気に病むような事では無いし、悲しい顔をさせるつもりもなかった。

 それに、確かにほぼ初対面の、しかも好意を寄せている相手にする話にしては重すぎたかもしれない。


「ああ、ごめん。初めて会った人にする話でもなかったよね。重い話に思ったならごめん」


「ううん、そうじゃないの。本当に2人とも強いなって、凄いなって思ったよ。もちろん、その不思議な男性の話にも驚いたけど。でも、そうじゃなくて…実は私もね、身内がいないんだ。ちょっと色々あってね、施設で育ったんだ、私。」


「…え?」


 突然の話に驚きながらも、シンとした寒空に雪の声だけが響いていて、何か声を発しなければ、と思い出た声は何とも間抜けだったと思う。


「あ、えっと、別に私も重い話をしたい訳じゃなくって!」


 俺の反応に少し焦った様に雪が、ワタワタと手を動かした。


「あはは、だからね、ちょっと親近感?みたいな、勝手にそんなの感じちゃって」


 そんな事を言う雪の頬が少し赤くなっていたのは、この寒さのせいなのか、照れていたのか、どちらかは分からなかったが、俺の事を信用していると言いたいのは分かった。


「あ、あの!そう、えっと、とにかく今日はすごく楽しかった!ありがとう、また会えるの楽しみにしてるね」


 そう言いながら「はい、これ私の連絡先」とスマホを俺に差し出してきた。


「はは、ありがとう。次はちゃんと奢ります」


 そう言い、俺も自分のスマホを雪のスマホへと近づけた。


「ふふ、楽しみにしてる」


 雪がそう笑いながら俺に手を振り、アパートへと歩いていく。

 それを見送る俺も手を振りかえした。

 だが「あっ!」と思い出したかのように雪が声を上げた。


「バンド、続けてよ!私、七瀬くんの演奏もっともっと聴いてたい!」


 少し距離のある所から、雪の大きな声が夜道に響いた。

 そして、少し驚いた俺の顔を見るなり「またね!」とアパートの階段を駆け上がって行く。


 その瞬間、空からひらりと白いものが落ちてきた。

 12月の夜、初雪だった。

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