施設6
「その驚いた顔を見るあたり、本当に霊力については何も知らないようですね」
あれだけ説明したのに、まだ信じてもらえていなかったのか、なんて思いつつも「はい」と返事を返した。
そして、吉岡さんが何かを言おうと口を開いた時。
ーーゴーン、ゴーン
大きな鐘の音が響いた。
音の先を目で探すように見ると、施設の高く目立つ場所に重厚感のある大きな鐘が大きく揺れている。
「もうこんな時間か」
「あぁ、今日の体術は院長でしたね」
そんな会話をし、俺たちに「そろそろ時間です」と頭を下げ出す。
「え、いや!ちょっと待ってください!まだ質問がたくさん……!」
「……帰り道は、下っていけばあなた方なら出られるはずです」
俺の声に、院内へ戻ろうとする足を止めてそう言い、少し振り返る吉岡さん。
「……その霊力も気づかれていないならそのまま使わない方が良いかもしれません」
「気づかれていないって誰に?」
「こちら側でないお主らにそれを教えることは出来ん、ワシらが聞きたいことも大体聞けた。もう用無しじゃ、帰れ」
冷たくそう言いながら、杖をシッシと振る。
「今時間がないというのであれば、また明日ここへ来ます!」
「もう来んくて良い。これ以上は何も答える気はない」
俺の必死な声に動じることなくそう言い、門を閉め始める院長。
「……萩、保久です」
「……?」
俺の横で、しばらく黙っていたヤス兄が突然そう名乗った。
不思議に思いながらヤス兄を見ると、真剣な、だけどどこか曖昧な、そんな表情をしてる。
そしてもっと不思議だったのは、その一言に院長と吉岡さんが手を止めたことだった。
「……今、なんと言った?」
ゆっくりと振り向き、重く低い声、そして驚きと静かな怒りのような表情をこちらに向けている。
ゾワっと身震いしてしまう眼光に、刺されるような感覚。
動きたくても動けない、院長から放出されるオーラのような何かが肌に触れるような感覚。
おそらくヤス兄も同じように感じているのだろう、額に汗が滲んでいるのが伺える。
「は、……萩保久です。こいつは萩七瀬、……お、俺たちは萩家の者です」
絞り出すように声を出し、そう改めて名乗る。
萩家の者……?どういうことだ?
一体ヤス兄は何を言っている?
そりゃ、父さんが萩だから間違ったことは言っていないんだけど……。
「お主……その発言の意味がわかって言っておるのか?」
「……」
黙るヤス兄に対し、怒りを増すような声色で院長が続ける。
「もしも、意味がわかった上で、ワシらの足を止めるためだけの嘘だったとしたら到底許される発言ではないぞ」
「意味を理解しておらずとも、その名を偽り浅知恵でそう名乗ったのであれば、処罰に値します」
今までの態度とは打って変わった吉岡さんも、冷徹な眼光をこちらに向けている。
「知ってか知らずか……それも含めて、改めてお話をしませんか?」
額に汗を滲ませながらも、少し挑戦的に笑うヤス兄は、緊張した声でそう言った。
「……どうしますか、院長」
考えるような表情で吉岡さんが院長を見る。
「……ふむ、いいだろう。話を聞いてやる。後ほどもう一度ここへ来い」
「……!!」
院長のその返事に、俺とヤス兄は安堵の笑みを少しこぼすが、すぐに緊張感のある声が響いた。
「ただし!」
院長の刺すような声にビクッと体がこわばる。
「その名を偽って名乗ったと判明したならば……覚悟はできておるのだろうな?」
その言葉の意味も何も分からない俺は、何をいうこともできず、黙ってヤス兄をチラリと見る。
「…………っはい」
そして躊躇いながら、短くそう返事を返す。
「いいだろう。では、明日の昼にまたここへ来い。次は中で茶でも出してやるわい……」
そう言いながら、院の中へと戻っていく。
「どの道、その名を名乗ったからには後戻りは許されん。覚悟するんじゃな」
目を細め、俺たち二人を見ると、そう言い残し門を閉めた。
ガシャン、と音を立てて鉄格子が閉まりきり、院長と吉岡さんの背中を見送る。
そして俺たちは二人で何を話す訳でもなく、バイクを止めた場所まで無言で向かい、「ほら」と短く声を発したヤス兄からヘルメットを受け取った。
道のある所まで移動させ、ヤス兄と俺はバイクに跨り、来た時のようにエンジン音が森に響いた。
吉岡さんの言った通り、俺たちはまた普通に森を抜け、元の道路に戻ってきている。
ぐねぐねと曲がる大きな道を下っていき、大通りまで出ると、行きに見かけたファミレスが視界に入った。
ヤス兄も同じだったようで、バイクの速度を緩め、そのままファミレスの駐車場へと入る。
エンジンが止まり、ヤス兄と俺はバイクから降りる。
「怖かったぁあああ!!」
「殺されるかと思ったぁああ!!」
その瞬間、緊張の糸が切れたように俺たちはしゃがみ込み、安堵の息を吐くように、二人してそう声を上げた。




