施設4
「なんじゃ、わざわざ降りてきよって。もう帰ってくれて構わんぞ、タクミも帰ったじゃろ。」
話すことは無いと言いたげに、院長がシッシと杖を振る。
マスターのことを名前で呼んでいるあたり、やはりただの知り合いって訳じゃなさそうだ。
「あの、聞きたいことがあるんですが」
山の斜面を下り、院長と作務衣の女性の目の前まで来た俺たちは、足元にまとわり付いた草や土を払いながら、そう話しだす。
「タクミにも言ったとおりじゃ。ワシらはなんも知らん。帰れ」
「いやいや、そう言わずに!俺らまだ何も聞いてないじゃないですか」
ははっと苦笑いでヤス兄が「実は根元さんと俺たちは別なんスよぉ」と切り出すと、二人が眉を潜めたのが分かった。
別だと何か都合が悪いことでもあるのだろうか?
「別?とは?あなた方は、根元さんと同じく雪さんの話を聞きに来たのでは?」
「…!やっぱり、雪のことについて何か知ってるんですね!?」
「お、おい、七瀬!」
雪の名前を出した女性に掴み掛かる勢いで声を上げた俺は、ヤス兄に焦るなと言いたげに肩を掴まれ、ハッと我にかえる。
「ごめん、つい、」
「いや、気持ちはわかる。けど、聞きたいことはそれだけじゃない。院長さんと…えっと、お名前を伺っても?」
ヤス兄がそう聞くと「吉岡です」と作務衣の女性が答えた。
「俺たちは兄弟で、俺が兄の保久、こっちは弟の七瀬です。」
そう言い、頭を下げるヤス兄を見て、俺も慌てて頭を下げた。
「突然押しかけてしまってすみません」
そう言いながら、俺の肩に手を置く。
「院長さんとこいつは一度電話で話したと思うんですが」
あとは自分で話せと俺を見る。
ヤス兄のおかげで冷静さを取り戻した俺は、ぺこりと小さく頭を下げて院長へ話す。
「葬儀の件でお電話した、雪の婚約者です」
「ああ、そんな電話あったかのぉ」
こちらの様子を伺っているのか、とぼけるような言い方で、俺を見ている。
「実は今、雪の死の真相について調べているんです。何かご存知のことがあればと思って伺ったんですが…」
「それは、先ほど根元さんにもお話しした通り、我々は関与していません。それが全てです。」
関与……?
「…っていうことはやっぱり、ただの事故だとも思ってないということですか?」
「はっ、何が事故じゃ。そんな訳がないのは百も承知のクセして、よくもまあいけしゃあしゃあと」
院長の言葉に「どういうことだ?」と俺たちが目を見合わせる。
「え…あの、どういうことですか?事故じゃないのは百も承知って…」
「何を今更。雪は呪いによって死んだ。それだけのこと。それがどんな条件で発動したかなんぞワシらには知る由もない」
「え、ちょっと……待ってください。呪いで死んだ?」
「それは一体どういう意味の……何かの例え、ですか?」
俺たちの反応を見て、明らかに二人が言葉を止めた。
そして数秒の沈黙が流れ、吉岡さんが口を開く。
「先ほど、あなた方二人は根元さんとは別、と言いましたね?」
「そ、そうですが……それが何か、?」
肌に刺さるようなピリッとした空気が流れているのを感じる。
マスターと別というのは、それほど警戒されるようなことなのだろうか?
ここの出身者と一緒じゃなければマズイことでもあるのか?
「根元さんは、あなた方がここに来たのを知らないということですか?」
「あ、はい。まぁ、一応そういうことになりますね……」
そう答えると、吉岡さんは院長を確認するように見る。
「お主ら、ここへはどうやって来た?」
先ほどまでのあしらう様子はなく、しっかりとこちらを見て話しだす院長。
「バイクで、ですが……向こうに止めてあります」
そう言い、バイクが止めてある向こう側を指さす。
「でも、あんな距離に隠れていた俺たちに気づいていたのを見る限り……監視カメラか何かで、最初から見ていたんじゃ?」
「なるほど、監視カメラ、ですか」
何かを考えるように、そして深刻そうな表情で俺たちを見ている。
マスターと別なのがそこまで深刻なことなのだろうか?
一見さんお断り的な施設だとか?
だとしても、別に入院したいと言っているわけでもあるまいし。
「ふむ、だとすると……根元さんは気づいている素振りは無かったですね」
「彼奴のなまりきった霊感じゃ霊力放出の少ない人間の気配察知など無理じゃろうな。特にここには気の散る気配が多いからの」
「どうしましょう、院長」
「どうもこうも、ワシらからもコイツらに聞かねばならん事が増えてしもうたわい。まったく面倒臭い」
俺たちにはお構いなしで、どんどん話を進めていく院長と吉岡さん。
「ちょ、ちょっとストップ!まずその霊感ってなんなんですか!?それに、さっきここでマスタ、あ…いや、根元さんと戦闘?してましたよね?あれは一体……」
順を追って聞こうと思っていたが、もはや何から聞いていいのかすら分からなくなってきた。
そう言わんばかりに、俺が慌てて会話を止める。
「……お主、それは本気で言っておるのか?」
「え、それはどういう……」
驚いた様子で眉間に皺を寄せ、俺たち二人をまじまじと見る院長。
「……もう一度聞く。お主らはどうやってここへ来た?」
「え、いやだからバイクで……」
「そうではない。どうやってここへ入ったのかを聞いておる」
「……?あ、えっと住所は、雪から聞いていて……」
院長の質問の意図が分からず、雪からもらっていたメモをポケットからゴソゴソと取り出そうとするが、院長の大きな声で静止させられた。
「ふざけるでない!!」
「「……!?」」
大声に驚いたのも然ることながら、先端の尖った杖をこちらに向けられ、嫌な汗がじわりと滲む。
「あの、こう見えて俺たちは真剣です……なので、出来ればソレは下ろしてもらえたら助かるんですが……」
ヤス兄が俺を庇うように前に出てそう言った。




