施設
「ほら」
ポイっと投げ渡されたのはバイクのヘルメット。
あの後アルバム探しを一旦中止した俺たちは、すぐにloseへ戻り、ヤス兄のバイクに跨った。
「住所は分かるよな?」
「うん」
後ろから手を伸ばしてスマホを差し出す。
画面に表示された住所を見ると、ヤス兄が手慣れた操作でナビを入力をする。
「んじゃ、マスターに気づかれないように追いつくぜ〜!」
なぜだか少し楽しそうな声を出すヤス兄が、バイクのエンジン音を奏でる。
ブロロン、ブロロンと音が鳴り一気にスピードが出る。
風に体が持っていかれそうになり、ヤス兄の背中を掴んだ。
「おいおい、振り落とされんなよ」
「だったらちゃんと安全運転しろよな!」
風切音とヘルメット越しに聞こえるこもった声に大声で返事をしながら考える。
このまま施設へ行って、その先に答えがあるのだろうか。
まさか施設の人がやけに冷たかったのは、ユキの事件に関わりがあったから?
マスターが施設に行ったのは、俺たちと施設を遠ざけるため?
マスターと施設には関わりがった?
いや、だったら俺に住所を聞く必要は……いや、元から知ってたなんておかしいから知らないフリしてただけの可能性も……
次から次へと溢れる、嫌な予感や考えが頭に浮かんで消えてくれない。
「あんまり嫌な想像ばっかりしてんなよ」
黙りこくる俺の心を覗いたかのような言葉をかけられ「別にそういう訳じゃ!」と咄嗟に否定をした。
「まぁ、実際俺が言えたことじゃないけどな!」
ヤス兄が少し笑いながらそう言うと、交差点の赤信号が見え、バイクのスピードが徐々に落ちていく。
風切音が止み、エンジンの音も少し静かになる。
「事件に関わりがあるかもって言っても、悪い方向とは限らないだろ?」
「どういうこと?」
「何か事情を知ってるとか、知ってるけど言えないことがあるとかさ、とにかく……現状全てが得体の知れない情報が多いだろ?」
信号が青に変わり、バイクのエンジン音が再び大きく鳴り始める。
「まあ、とにかく真実を知るまでは考えたってしょうがねえってこと!」
風にかき消されないように、大きな声を出すヤス兄。
いや、俺と自分自身に、大声でそう言い聞かせたのかも知れない。
嫌な想像で心がざわついているのは俺だけじゃない。
ヤス兄だって俺と一緒なんだ。
ーーーー……
「ほら、もうすぐ着くぞ」
走り出してから1時間半ほど経っただろうか。
ぐねぐねと山道を登り、かなり森の中まで来たところでヤス兄がそう言った。
曲がった先に、コンクリートの大きな塀で囲まれた建物が現れる。
「すごいな、何だこれ……」
「刑務所?……じゃないよね?」
大きな木々に囲まれ、近くに来なければ気が付かないような場所にあったその建物は、側から見ると、まるで監獄のような見た目をしている。
2メートルはあろう背の高いコンクリート塀の上には有刺鉄線が張り巡らされており、中に人を閉じ込めているとしか思う他ない。
「本当にここがユキちゃんの育った施設なのか……?場所間違えてね?」
流石に驚きを隠せないヤス兄もバイクを止め、俺の方へと振り返った。
「いや、ここであってるはず……」
俺も言葉を失うくらいには驚いてはいるが、ユキが施設の話をしていた時のことを思い出すと、この異様さに妙に納得してしまうところもある。
「あ、おい……見ろ!七瀬」
そう言われ、指をさされた方を見ると、見覚えのあるレトロで小ぶりな車が止まっている。
マスターの車だ。
エンジンを止め、森の木に隠すよう駐車し、俺たちはバイクを降りた。
施設の周りには異様なほどの森が生い茂っており、薄暗く、身を隠すのにはうってつけだ。
逆にいうと、脱走されたら見つけるのは難しいのでは?とも思える。
見た目の感想だけでいうと、おそらく脱走されたくないのだろうが……
脱走させない自信でもあるのだろうか?
それとも、脱走よりもこの建物を覆い隠すほうが優先だということか?
もしくはその両方……?
さらに何か、それよりももっと何か違和感のようなものを感じるが……
この違和感は一体なんだろう。
そんなことを考えながら、マスターの車が止まっている方へと足を進める。
近くまで来ると、門が見えてきた。
「あそこが入り口か?」
「っぽいね」
車が止まっていたのは門の前だったらしく、見える範囲では入り口はそこしかなさそうだ。
「……っ!頭下げろ!」
慌ててヤス兄が俺の頭を押さえながらしゃがみ込む。
何事かと思いながらも、強制的に森の中へと姿を隠され、大きな葉っぱと巨木の隙間から向こう側を覗く。
すると、「ギィ……」と古びたサビが擦れる音と共に、鉄格子の門が開いた。
「!!」
二人で目を丸くしながら、その先を見つめる。
マスターだ。
はっきりと会話は聞こえないが、何かを言い合いながら、高齢男性と一緒に門の外へと出てきた。
「なぁ、やっぱりおかしいと思わないか?」
その様子を一緒に見ているヤス兄が小声でそう言う。
おそらく俺が感じた違和感をヤス兄も感じたのだろう。
「うん、そうだね」
違和感があるのは、マスターと、その高齢男性の言い合い方。
まるで、知り合い同士が揉めているかのような雰囲気だ。
「流石に初対面同士があんな風に言い合いしないよね」
「ああ、まあする人もいるかも知れないけど……あのマスターに限ってはまずありえない」
店内で揉め事が起きても、多少理不尽な客がいても、怒りはするが、怒鳴ったするような感情的な怒り方をするような人ではない。
だが、目の前にいる二人の言い合いは「怒鳴り合っている」という表現が正しいだろう。
「てか、あんなに大声でキレてるマスター見るの初めてかも」
「俺も」
マスターとは俺が18歳の時からの付き合いだ。
出会ってからはもう7年ほどになる。
初めて見るマスターのその一面に俺たち二人は驚きを隠せないでいた。




