施設2
施設から出てきた高齢男性とマスターの声がどんどん大きくなっていき、口論が徐々にヒートアップしているのが分かる。
「お、おい……あれ誰か止めなくて大丈夫か?」
もちろん俺たちは隠れて見ていた方が良いに決まっているが、ヤス兄がそう言葉を漏らすほどの迫力だ。
そして、静かな森に口論の声が響き始める。
「――だから!ーの時も、――そう言っただろう!?」
徐々に耳が慣れてきたのか、向こうの声が大きいのか、どちらかは分からないが、少しずつ話が聞き取れる。
ヤス兄と無言で目を合わせ、耳を澄ませる。
「――は、もう――の話じゃ!」
あの二人は一体何の話をしているんだ?
俺たちが眉間に皺を寄せ、二人の会話に集中していると突然、高齢男性が持っていた杖を目にもとまらぬ速さで動かした。
「……!」
驚いたのは、その速さだけじゃない。
想像よりも鋭いその先端をピタッとマスターの頬に当てている。
そして、少したじろいで見えるマスターの表情。
「お前に何がわかる!この臆病者の半端モンが!」
その一言に対し、ぐっと言葉を飲み込むようなマスターはペシっと杖を叩いてみせた。
静かな森に二人の会話が響き、はっきりと会話が聞こえ始める。
「ふん、所詮お前のような霊力の弱い者には何もできやせん!帰れ!」
今にも塩でも撒かれそうな勢いだが、正直俺たちはそれどころではなくなった。
「霊力……?」
そのワードに二人同時に声を漏らす。
そしてマスターもこれ以上言い返すことはなく、拳を握りしめている。
その様子を確認した高齢男性は施設内に戻るべく、背を向け捨て台詞のように吐き捨てた。
「ワシとてあんな呪物のような小娘、とっとと死んでくれて安心じゃ」
静かな森にこだまするように響いた。
その言葉に、全身の毛が逆立つような気分だった。
何の話だったのかは分からない。
だが、その言葉の矛先が「雪」であることだけは確かに分かった。
「お、おい、七瀬……!」
小さな声でそう呼ばれ、ハッとする。
今にも飛び出して行きそうな俺を、静止するように腕を掴まれていた。
そして、目の前にいた二人も例外ではなかったらしい。
つい今さっきまで、少し距離があったように見えていたが、施設内に戻ろうとしていた男性の腕をマスターが掴んでいる。
あの二人はあんなに近くにいただろうか?
そんな疑問もあったが、それよりもマスターの雰囲気の異様さの方が気になる。
獣のような、突然クマに遭遇したような、そんな気分だ。
異様な雰囲気のせいなのか、心なしか、少しガタイも大きく見える気がする。
「撤回しろ」
力強い声でそう言うマスターが、高齢男性の細腕をへし折ってしまうのではないかと心配になるほどだ。
「馬鹿めが。お前如きがワシに敵うとでも?」
「やってみなけりゃ分からんだろう?院長、アンタももういい歳だ。今なら俺にも勝機があるかもしれんぞ」
「小童が、言わせておけば!」
マスターの言葉に激昂した様子の高齢男性、もとい院長はかなり強く掴まれていたように見えた腕をいとも簡単に振り解く。
そして、高齢とは思えない軽快さで、タンッと後ろへ飛び、マスターから距離を取った。
「お前が言うようにワシも歳を取った。だがしかし歳を重ねたのはお前も同じ。そして今尚現役のワシに比べ、お前のブランクは何十年だ?」
煽るような口調で笑みを見せる院長の金歯がギラリと光った。
「は!笑止千万!お前如きがワシに勝てるだと!?随分舐められたもんじゃ!」
大声でそう言いながら、杖の先端をマスターに向ける。
それを見たマスターも戦闘ポーズをとる。
「え、いやいやいや……え!?」
今、俺たちは一体何を見せられているのだろうか?
「バトル、……漫画?……いや、映画?」
もはや困惑を隠せない様子のヤス兄が「訳が分からない」といった表情でポツリとそう言う。
が、俺にもそれ以外の言葉が見つからない。
そんな俺たちのことなど、つゆ知らず。
本当にアクション映画のような、目を疑いたくなるような光景が繰り広げられていく。
院長の杖の先端が光ったと思ったら、光線のような光がピストルの弾のように飛ぶ。
その光の弾を軽快な身のこなしで、上手く避けるマスター。
そして、その弾が飛んでいった先にあった木へ光の弾が当たり、小爆発のようなものが起きる。
巨木だったため、大きく抉れただけで済んだが、そうでなければ折れていただろう。
いや、むしろマスターに当たっていたら大変なことになっていたのではないのだろうか?
そんな心配もよそに、二人の戦闘は尚も続いている。
「ちょ……ど、どうする?止めた方がいい、のか?」
「いや止めるったって……何をどうやって!?」
目の前の光景がとにかく意味がわからなすぎる俺たちは、当初の目的すら忘れ、慌てふためく一方だ。
地面を大きく踏み込んだマスターが院長へ一直線に飛び込んでいく。
普通の人間の動きではない気がするが、杖から出たビームのようなものよりは、まだ受け入れられる気もする。
「むんっ!」
声が出るほどの力を込めて院長に殴りかかる。
その拳には何やら先ほどの杖から出ていた光と似たようなものを感じる。
「え、……マスターの拳、青く光って見えるのは……俺だけか?」
不安そうな苦笑いで俺を見るヤス兄は向こうを指さす。
「いや……俺にもそう見えてる……」
ビームより受け入れられる?
いやいや、前言撤回。全く意味がわからない。
「これっぽっちの霊力でワシに当たると思ったか、馬鹿めが」
そう言いながら、いかにも強そうな拳を例の杖で軽々しくペシっと跳ね除ける。
杖にマスターの身体ごと跳ね返され、防御姿勢のまま後ろへとされてしまう。
「あの杖、実は100キロくらいあったりするん?」
「いや、ないだろ……」
もう冗談を言うしか自分を落ち着かせることが、できなくなってきた様子のヤス兄がそう言うが、見ている光景的にはあながち冗談とも言い切れない。
「っ!ちょっとあれヤバいんじゃ……!」
「マスター……!」
跳ね返された体勢のまま、飛ばされ、まだ空中にいるマスターに向かって例のビームを出そうと杖を向けている。
「あれをくらったら銃で撃たれたのと同じなのでは」そんな不安が俺たちの脳裏によぎる。
そんな不安も他所に、光の球は躊躇なく放たれた。
光が一直線にマスターへ飛んでいく。
どうすることもできないマスターは、そのまま空中で球に当たり、勢いよく吹っ飛んだ。
「や、ヤバい……マスターが!」
咄嗟に立ち上がった俺たちは、為す術なく、どうしようと目を合わせる。
「あんなのに当たったら……死ぬんじゃ、」
煙が立っている方へと目線を向けると、巨木に背中を打ちつけた様子のマスターが地面に座り込んでいる。
まさかマスターが、なんて思ったのも束の間。
ダメージはあったようだが、謎の青いシールドのようなもので守られており無事のようだ。
「よかった、……のか?」
その様子を見て安堵したものの、理解不能なことが繰り広げられていることには違いない。
正直安心していいのかも不明だ。
「ヤス兄、……これマジでどうする……?ってかどういう状況?」
「俺だって聞きてぇよ……」
マスターが何かしらに関わっているのは、もう火を見るより明らかだが、たった数分の出来事だけで情報量が多すぎる。
そして当の本人は尚も起き上がり、戦闘体勢に入る。
「院長!」
この戦闘は一体いつまで続くのか、なんて思っていたところで、門の奥から声が聞こえ、二人の動きがピタリと止まった。




