疑惑2
「正直言うと、最初お前からマスターの話をされた時ドキッとしたよ……マスターの事をどこか疑ってる自分が嫌で、絶対に違うって言い聞かせて、マスターの言動や行動をどうにか正当化しようと必死だったからな、」
力が抜けたようにそう話すヤス兄は、小さく息を吐くと俺を見た。
「実を言うと、昨日からずっとマスターの様子に違和感を感じてたんだ」
きっとヤス兄は、俺の言葉を否定していたのではなく、自分の考えを必死に否定していただけなのかもしれない。
そして俺が気がつくよりも早く、慎重に物事を見ていたのだろう。
「お前の話を頑なに否定してたのに、こんなこと言って悪い」
「いや、いいんだ。俺だってマスターが関係しているなんて考えたくなかった。だからこそ、あえてヤス兄に聞いて否定して欲しかっただけなのかもしれない……」
「はは、否定しきれなくて悪いな」
眉を下げて、覇気なく笑う。
「……ヤス兄はどの辺に違和感を感じたの?」
「どの辺、か……割と初めからかな」
ドサっと床に座り、アルバム探しは一旦止めたと言わんばかりに胡座をかく。
「七瀬がノートを出した時、俺が触ろうとしたらマスターが突然止めただろ?」
「そうだったっけ?」
「ほら、負のオーラがどうのって……」
「ああ……確かにそうだったかも」
改めて思い出してみると、確かに触れる事自体を止められていた。
昨日は俺の話を信じてもらえるか、そんな気持ちが強くて気にも止めていなかった。
それどころか【負のオーラ】なんて言葉に共感してもらえる気がして安堵感さえ感じていた。
「あの時、すごく違和感を感じたんだ」
「……その負のオーラって言葉が?」
「違う、負のオーラを感じるとか、そういうのは何となく嫌な感じがするとかあるだろ?まあ、言い方は気になったけど……でもそこじゃなくて、違和感を感じたのは俺に触らせようとしなかった所だ」
言いながら自分の手のひらを見つめるように開いた。
「まるで、俺が触ったら七瀬と同じ感覚を感じるのが分かっていたように思えないか?」
あの時ヤス兄が不思議そうな顔をしたのは、話に着いていけないとかそういう事じゃなく、マスターの行動そのものに疑問を抱いていたからだった。
「その後の話もやけに納得した様子で七瀬の話を受け入れてただろ。年長者として理解しようとしてたのは分かる。でも、さすがにこんな話、あっさり受け入れて【霊感】だなんて言葉で片付けるか?……この話に関してマスターは冷静すぎる気がする」
「確かに……あの時自分の話を信じてもらえた事で気にもしてなかったけど……言われてみれば、不思議なくらいにあっさり受け入れてくれたかも、」
「だろ?それに、俺がお前の話を折る度に、七瀬から話を引き出そうとしていたように思えてさ……」
考えれば考えるほどに、そしてヤス兄が疑念を口にすればするほどに、マスターへの疑念が深まっていってしまう。
「まあ、そうは言ったけど……実際俺の中の違和感を決定的にしたのは、これだよ」
言いながら頭を指でトントンと突く。
「……?」
「ほら、あのノートから感じたイメージ。あれはどう考えても明らかにマスターに誘導されただろ。ノートを差し出して、何か感じないのか?ってさ。いくら俺たちの事を信じたって言っても普通そんなこと聞くか?」
「確かに、そう言われてみれば……もしかしたらマスターは、俺たちがノートに触ればそこにある記憶みたいなものを感じるって分かってた……?」
「……なぁ、」
ヤス兄が、ゆっくり俺の方を真剣な眼差しで見る。
「アルバムと病院は一旦置いといて、俺達も施設へ行かないか?」
「え、?」
そんな提案に少し驚き、目を見開く。
「今ならマスターも俺たちが疑っている事に気づいてない。もし勘づかれたらガードも固くなるだろ。なら、今マスターが何をしているのか、何を知っているのか……それを調べるんだ」
「で、でも、」
俺が少し躊躇いの言葉を漏らすが、ヤス兄の意思は固そうだ。
「さっき俺たちが見た、ノートの記憶みたいなものの正体もわからない。体験している俺たち本人すら訳がわからないものを、マスターはあっさり信じるどころか、俺にもその能力があるのが分かってたみたいに俺にノートを触らせた……今思うと、その時に疑惑だったものが確信に変わったんだと思う」
そう言うと、立ち上がり俺の横に来る。
「病院の件も気にはなるけど、マスターに聞いた方が早い気がしないか?」
「マスターに聞く?」
ヤス兄の言葉の意味がいまいち分からず首を傾げた。
「マスターは俺たちと同じ、霊感を持ってる人だと思う。いや、霊力かな」
片眉をあげて、少し自信ありげな表情で俺を見た。
「え、霊力?」
「お前、気づかなかった?マスターが一度だけ、霊感じゃなくて霊力って言ってたのを」
「いや、全然気づかなかった……」
ヤス兄は昔からそうだ。
普段は軽口を叩いて飄々としていて、何も考えてなさそうに見せているくせに。
実は、誰よりも観察眼に優れていて、頭の回転が速い。
だからこそ、ルカちゃんの件では誰よりも自分を恨んだのだろう。
「ただの言い間違いとかじゃなくて?」
「普通言い間違えるか?霊感ってモンすら訳わかんねぇのに、霊力なんて専門用語みたいな言葉をスラッと?」
マスターを疑うことに吹っ切れた様子のヤス兄は、今まで疑問に思っていたことを吐き出すように口を動かす。
「しかも言い間違えたことに本人が気づきもしない……いや、もしかしたら気付いたとしても、無理に言い直すと言い訳っぽくなるからってのもありえるな」
ここまでくると、少し怖いとさえ思える観察力だ。
「んで、お前も疑ってたと思うけどさ……」
饒舌だったヤス兄が、ここで少し言い淀みながらこちらを見た。
「マスターもこの事件に何か関わっている気がする」
「え…!?」
確かに、その方向性の疑念は少し感じてはいた。
だが、そこまで確信めいて言われると、やはり動揺を隠せない。
俺は、驚きでつい大声を出した。
そんな俺を見て、ヤス兄は「よく考えてみろ」と言う。
「お前が不思議な感覚がするって言い出してから【霊感】って言葉へ明らかに誘導されたように感じるし、そもそも俺にもその力があると分かってたような対応、もしくは試したような感じかな……」
顎に手を当て考えるように目線を落とす。
「ごめん。俺全然周りが見えてなかったよ……確かに思い返せばおかしなところが多すぎる……」
「だろ、混乱した様子も見せてたけど……順応しすぎて俺たちが不思議がらないよう【振り】をしていただけな気がするんだ。はは、ここまで来ると俺の思い込みって説もあるけどな」
そんな風に少し笑いながら眉を下げ「出来ればそうであって欲しい」と俺を見た。




