疑惑
家に到着し、カーテンを締め切った薄暗い部屋に灯りを付けた。
「お前の家来るのなんていつぶりだ?」
「はは、入居パーティ以来じゃね?」
そんな雑談をしながら、ユキの仕事部屋へと足を踏み入れる。
「おじゃましまーす……」
「なんで家入る時は何も言わなかったクセに、ユキの部屋だけ挨拶するんだよ」
「いやだって女性の部屋だぞ、お前!」
そんなバカみたいな雑談が出来るくらいには、俺たちも少しは立ち直っているらしい。
そして入るなり、部屋にある壁一面の大きな本棚を見たヤス兄が「すごい量だな」と驚いた様子で眺める。
「確かに色んな資格だったり、デザインの参考だったり本はたくさん買ってたかな」
たくさんの本や雑誌、参考書などが並ぶ本棚。
中にはデザインや勉強には関係なさそうなものもあるが、俺は本をあまり読まない為、こうやってじっくり見るのは初めてかもしれない。
「ユキちゃん結構本好きだったのか?」
「うん、よく読んでたかな」
そう言いながら、アルバムがどこかに無いか端から目線を沿わせる。
「よし、じゃあ俺はこっち側からいくか」
俺とは反対側の端から1つずつ確認するように、ヤス兄も本棚に指を沿わせた。
そして少しの沈黙の後、俺はポツリと言葉を漏らした。
「なあ、ヤス兄……」
「ん?なんだよ」
ユキの大きな本棚を一段ずつ眺めながら、ヤス兄へと声をかけた。
「……マスター、今日なんか変じゃなかった?」
「変?そうか?」
何となく感じた、マスターへの違和感。
俺が疑い深くなりすぎているだけなのかもしれない。
だけど、どうしても確認がしたかった。
違う、と。
マスターはこの事件に関わってなどいない、と。
「なんかずっと考え込んでるっていうか……何か隠してる気がして、」
「いやいや、マスターが?そんな訳ないだろ。俺たちのこのよく分からない霊感だって何も言わずに信じてくれたんだぞ?」
笑いながら否定をするヤス兄は、こちらを見る事なく本棚からアルバムを探している。
「そうなんだけど、……でもその霊感って言葉を最初に言い出したのもマスターだよね」
「そりゃこんな訳わかんねえ感覚説明されたら、そういうスピリチュアルな感覚だって思うのは当然だろ?」
俺の話に間髪入れずに返事を返す。
「それに、たまにすごい歯切れが悪くなったり、考え込んだり……」
「あのなぁ、俺だって最初は受け入れるの簡単じゃなかったんだ。それを全く分からない人がイメージが頭にだのなんだの言われたら考え込みもするだろ。一応信じるとは言ったものの、俺たちの言ってる事が意味不明すぎて歯切れも悪くなるって」
「そっか……そうだよな」
目を合わせずに、2人で本棚を眺め少し沈黙が走る。
そして本を追うように動かしていた手を止めたヤス兄が、言いにくそうに、というよりかは言いたくなさそうに口を開いた。
「……ただ、」
シンとした部屋にヤス兄の声が小さく反響した。
「行動に関しては俺も少し疑問があった……」
「!」
その言葉に驚き、ヤス兄の方へ振り向く。
「歯切れが悪いのも、考え込むのも、全部受け入れきれてないからだとは思う。マスターに限って、俺たちを裏切るような事は無い。……と俺は信じてる」
俺へは向かず、真っ直ぐ本棚を見たまま言葉を漏らす。
「七瀬、お前気づいてたか?マスターに預けたあのノート、最初に見た時から使用感はあったものの綺麗だった」
「え、うん」
「でも、今日見た時……ノートのカドがほんの少しだけ焦げてたんだ」
ヤス兄の発言に驚きすぎて一瞬言葉が出てこなかった。
「それってどういう……、」
「……わからない。触れるだけで熱いって感じるノートなんだ。最初は、俺たちが触ったことで少し燃えた可能性があるとも思った。日記にも【早く燃えて欲しい】って文章もあったくらいだしな」
黙る俺をチラリと一瞬だけ見て、ヤス兄が続ける。
「あの文章を見て、最初は書いたら燃やしてたのか、と思ったよ。でももし、ユキちゃんにも俺たちみたいな霊感があって【書き切る事で燃える】って意味だったら?それってもしかして書ききらないと燃えないってことじゃないのか?」
「まあ確かにそう言われてみれば……、ヤス兄はマスターがノートを燃やそうとして失敗したって考えてるってこと?」
「分からない。でも、預けた翌日に焦げていたのは事実だ。それに、俺たちの行動を制限……っていうか、管理しているような気もする」
「自分でもこんなことは考えたくない」と額に手をあてながらため息を吐くヤス兄。
だが、最初にマスターを疑ったのは俺だけど、流石にその話を素直に聞き入れることはできなかった。
「管理?いや、流石にそれは無くない?」
「そうか?じゃあなんでマスターは1人で施設に行って、俺たち2人はここでアルバムを探す作業をしてるんだ?マスターがそう指示をしたから、じゃないか?」
「それは効率的にって話で、」
「効率が良いって話なら、3人バラバラに動いた方がどう考えたって良いだろ。二手に分かれるにしても、アルバム探しは七瀬1人で良くないか?2人で探したほうが早いかもしれないけど、こっちは発見して中身を見たら一旦終了だ。色々考えることや調べることは増えるけど、まずはどう動くかを考るのが先だ。それに、見つからない可能性もあるんだ。そしたら手がかりなしで現状アルバム探しは手詰まりになる。でも、施設の方は1人で調べに行ってすぐに内情が分かるなんて事ないだろ。2人で行くなら確実に施設の方だ」
「それは、俺が連絡したこともあって俺は警戒される可能性があるし……」
「1回電話で、だろ?顔を見た訳でもない。それに、ニュースで向こうがお前を知っていたとしても、直接施設の人に聞きに行くなんて調べ方はしなくてもいいだろ。施設近隣を調べたりとか……方法は色々ある。それに俺は話したことすらないんだぞ。俺と2人で施設に行って、各々調べて情報共有した方が効率は良くないか?」
息を吸う間もなく話し続けるヤス兄は、俺が思うよりもマスターに違和感を感じていたらしい。
「待ってよ、言いたいことは分かったけど……でも、それだけで行動を管理されてるっていうのはちょっと無理ない?」
思いもよらないヤス兄の話で先ほどとは立場が逆転したように、俺がマスターを庇う形になってしまった。




