覚醒
「感じるモノって言われてもなぁ……」
言われるがまま、ノートに手を差し出してみる。
先日と同じように少し温かいジュワッとした感覚が身体に流れてくる。
それと同時に、ユキの心がそこに置去りにされたような、不思議な感覚がある。
先程の文章を見たあと、何気なく目を瞑る。
「……!?」
瞼の裏に、砂嵐のようなザラついた視界が流れ込んできた。
いや、頭の中に流れ込んできた、と言うのが正しいのか。
頭の奥に、直接叩き込まれるような、そんな感覚。
そしてズキズキと脈打つ頭痛と共に、断片的にイメージのようなものがスライド写真のように流れ込んでくる。
……何か言い合ってる、……?
ここは病院、か?
「痛っ、……っ!ハァ、……っ、ハァハァ、……」
「おい、どうした!?大丈夫かよ、ちゃんと息しろよな!?」
突然頭の中にイメージのようなものが、ふっと飛び込んできたと同時に、気が付かない内に息を止めてしまっていたらしい。
息切れと同時に余韻のような眩暈が襲う。
「わからない……けど、なんか……なんていうか、頭に写真みたいなのが流れてきたような気がして……そうだ、この文章!ここの文章の事を考えながらノートに触ってたら、断片的にイメージが見えてきて……!」
息を乱したまま、言葉を急ぐ俺に「落ち着け」と肩を優しく叩くマスター。
「もしかしたら、手がかりなのかもしれん。見えたものを落ち着いてもう1回話してくれ」
「うん、……えっと……顔は見えなかったけど、多分女性が2人、何か言い合ってて、病室っぽい部屋が見えた……と思う」
「……ヤスはどうだ」
「え、……お、俺?」
そう言われ、困惑しながらも渋々といった様子でヤス兄もノートを触る。
「触るとますます熱いな……火傷でもしそうだ」
「もっと文章に集中してみろ」
数秒そうしていると、突然驚いたような声をあげた。
「……っ、何だこれ!?、写真!?……!303……病室の前だ……この人はユキちゃんか?、……泣いてる?」
目を閉じ、俺と同じように何か見えたのか、ヤス兄が眉間に皺を寄せる。
心なしか、俺よりも余裕のある様子でその見えた様子を説明してくれている。
そして「もう1人はベッドに、……っ、顔は見えない……」と言いゆっくり目を開けた。
「その先はなく、スライド写真が終わったかのように視界が暗くなった」らしく「一体なんだんだ、このノートは!?いや、俺がおかしいのか!?」と先ほどとは打って変わって余裕のない様子を見せる。
「なるほどな……2人ともそのイメージが見えるってことか。てことは、もしかしたら他の文章にも何かイメージが……て、おいおい大丈夫か!?」
マスターがそう言いながら俺たちを見ると、驚いたように心配をした。
それもそうだろう、自分でも驚く程に汗をかいている。
身体が急にどっと疲れ、マラソンでもしてきたかのような息づかいだ。
「……大丈夫、なんか急にすごい疲れて……」
「ああ、熱でも出てきたような感じだ、って、うわ!?」
大きな声をだしたヤス兄の方を見ると、鼻からツーっと赤いモノが垂れている。
「は、鼻血……!ヤス兄、ほら!」
ポタポタと流れ出てくる鼻血を、焦りながら手で抑えるヤス兄に驚き、ティッシュを渡す。
幸い、俺の鼻からは出ていないらしい。
「急に霊力を使ったから身体に負担がかかったのかもしれない……少し休もう」
俺たちに気を使いながら、コーヒーを差し出すマスター。
「悪いな、ほとんど片付けちまって」
そう言いながら、インスタントコーヒーの瓶を見せた。
「はは、新店オープンまではマスターのコーヒーはお預けか」
「まさかここでインスタントコーヒーを飲む日がくるとはね」
口々に笑いながらそんな事を言う。
「新しい店が出来たらとびきり美味いの作ってやるからよ」
マスターもそんな風に言い、笑った。
ヤス兄の鼻血も大したことはなさそうで、すぐに止まった。
それに安堵し、温かいコーヒーを飲む。
そして俺たちが少し落ち着いてきた頃合いに、マスターが少し考え込んでいるように見えた。
「どうしたの?なんか他に気になる事ある?」
「ん?ああ、いや、そういう訳じゃ……」
「?」
なんだか少し焦るように否定をしたように感じ、不思議に思っていると「この霊感がなんなのかは分からないけど……」とヤス兄が言い出す。
「……さっきの感覚が本物なら、とにかくどっかの病院の303号室だってことだろ?」
「ヤス兄は303号室って書いてあるのがはっきり見えたってこと?」
「ああ、人物全員顔は見えなかったけど、それだけはハッキリ見えた。間違いない。あと、後ろ姿だったから確信はないけど、多分ユキちゃんが泣いてたのも見た」
俺の見たイメージとは少しシーンが違うってことなのだろうか。
「俺が見たのは、病室で誰かが言い合っているところだった。同じく顔は見えなかったけど……」
「まぁとにかく病院ってことか……この霊感のこともそうだけど、知らないことや調べなきゃいけない事が多すぎるな……」
霊感に関しては完全に受け入れているのか、イメージが頭に流れてきた事に混乱している様子はもう無さそうだ。
「…………」
俺とヤス兄の話を聞き、マスターがまた何かを考えるように頭をボリボリとかく。
何だろう、先程からなんだか少し様子がおかしいように見える。
「……マスター、もしかして、だけど、何か知ってるの?」
その違和感を確かめるべく、恐る恐るマスターへそう質問してみる。
「ん、いや、……そういう訳じゃ、」
歯切れ悪く、先程と全く同じ言葉を一瞬だけ詰まらせてから、マスターは首を振った。
そして、再度仕切るように口を開いた。
「まあ、とにかく分からない事を3人ここで頭抱えてたって進まない。……で、だ。この美和って人、もしかしたらユキちゃんの同級生の可能性はないか?もし家にユキちゃんの卒業アルバムなんかがあれば、フルネームが分かる。そしたらついでに他の同級生への聞き込みも可能になる」
「なるほど、そしたら病院も探しやすくなるね」
「確かにな。それに【あの人】についても何か分かるかもしれない」
俺たちの感じたイメージで、この美和という人物が病院に入院しているという事はほぼ確信に変わり、マスターの話に俺も賛同する。
「よし、じゃあ2人はまずそのアルバムを探してみてくれ。俺はさっそく施設に行ってみることにする。七瀬、施設の住所を俺のスマホに送れるか?」
「OK、……今送った」
「サンキュ、……よし、じゃあ一旦解散だ。何か分かったら連絡する。お前らも何かあればすぐに連絡してくれ」
3人で目を合わせ、頷き、looseを出る。
マスターは裏の駐車場へと車を取りに行き、俺たち2人はタクシーを拾って俺の家へと移動した。




