兄弟
「……ちょ、と、まって。どういうこと?」
突然の涙と言葉に理解が追いつかず、今度は俺が混乱気味だ。
「さっきからずっと変な感覚が消えないんだよ……呪いだの、真実だの……熱い炎みたいな熱が全身にまとわりついて、頭に流れ込んでくるんだ……なんなんだよ、これ……本当に、……もう頭がどうにかなりそうだ、」
助けを求めるような声を出すヤス兄が、頭を抱えるように髪をグシャリと掴む。
「て言うとなんだ、お前……七瀬の言うその感覚をヤスも感じてたってことか?」
「……あぁ、……そうだよ、たぶん。わかんないけど……」
ヤス兄がずっと苛立っていたのは、この感覚を俺と同じように感じていたからだったらしく、この呪いという言葉が本物なら、突き放してしまったルカちゃんも呪われてしまっているかもしれない、そう考えて否定し続けていたということだろうか。
「……いや、ちょっと待ってくれ。流石に俺が混乱してきた……」
ヤス兄の告白に、今度はマスターが頭を抱える。
「霊感だのなんだのって言い出したのは俺だが……2人は本当に自分に霊感があるって感じてるのか?」
「それは分からない……でも、確かなのはこのノートから何かを感じるってこと……たぶんヤス兄が感じてるのと同じだと思う」
「はは、……霊感ね。なんならマスターが最初に言った【負のオーラ】みたいなモンすら感じるよ……マジでなんなんだよこれ、」
涙を拭ったヤス兄が、自嘲的に言い放つ。
「…………」
俺たちの言葉を聞くなり、また腕を組んだまま黙り込んでしまったマスター。
もしかしたらこのノートに触った人はみんな同じように感じるのか、なんてどこかの漫画で読んだことのあるような事も考えたが、マスターの様子を見る限りそうでは無いらしい。
「……とりあえず、」
少しの間をおいて、マスターがそう一言発した。
その言葉に注目するように俺たちがマスターを見る。
「少し時間をくれ」
言いながらノートを手に取る。
「お前たちのその感覚を信じていない訳じゃない。だが、突然の話すぎてすぐに判断が出来ないのも本音だ……」
「……だよね、……困らせてごめん」
「いや、良いんだ。気にするな、そもそも霊感だなんて言い出したのは俺だしな、はは」
困り顔で、ため息まじりにそう笑う。
「……俺だってまだ意味不明だよ。七瀬の話を聞いて、ノートを見せられて、……変な感覚が頭に流れ込んできて……そしたらだんだん身体が熱くなってきて……まさかそのノートから火が噴き出てる気がする、なんて。マジでどうかしてるよ」
「火、ねぇ……」
手に持ったノートをパラパラとめくりながら、そう呟くマスターは「七瀬もそう感じるのか?」と俺を見て片眉を上げる。
「え、いや……俺も熱っぽさは感じるけど、火ってほどじゃないと思う。どっちかっていうと熱風…?」
「なるほどな……よく分からんが、お前らの感じ方も少しずつ違うってことだな」
ふむ、とノートのあちこちを触る。
「とりあえず、明日……2人でまたここに来い。それまでに俺も考える。それでいいか?」
パタンとノートを閉じ、テーブルに置いたマスターは俺たち2人を見た。
「お前らも、その霊感についてよく考えてみろ」
「分かった」
「ヤスもそれで大丈夫そうか?」
「ああ……」
俺たちの返事を聞くや否や「よし!」と両手をパンッと鳴らした。
「んじゃ、今日は一旦解散だ。……っと、七瀬、このノートは明日までちょっと借りて良いか」
「ん、良いけど、なんで?」
「いや、ちょっとよく読んでみようと思ってな」
そう言われ「わかった、じゃあそれはマスターに預けておくよ」とカバンを手に取る。
「ヤス兄にも俺と同じ感覚があるってわかったんだ、俺も明日までに色々考えをまとめておきたい」
「……はは、2人とも受け入れ早すぎねぇ?俺は混乱しかしてないってのに」
ゆっくりと立ち上がったヤス兄は少し疲れたような顔をしている。
「無理もないさ。今日はゆっくり休め」
「うん、そうするよ」
そう言い、俺とヤス兄は閉店したlooseから出た。
ーーーそして、そこに1人残ったマスターは薄暗い店内でため息をつき、頭を抱えていた。
「……俺は一体どうしたら良いんだ、……」
預かったノートを見つめ、そんな言葉を漏らす。
「まさかこんな事になっちまうなんて、」
そしてそのままドスン、と崩れるように地面にお尻を着けた。
「……なぁ、トキ……ミライ、……どうしたらいいんだよ、教えてくれよ。……」
天を仰ぐようにそう話す。
だが、閉店した、人のいない店内で誰が応えるはずもなく、薄暗い空虚にその声はかき消されていく。
耳鳴りがするほどに静かな店内。
「霊感なんて胡散臭い言葉簡単に信じちまってよ……はは、」
手を伸ばし、置き去りにされたノートをめくった。
「…まさか……ユキちゃんがこんなモン残してくなんて、……本当に俺は……っ、どうしたらいいんだよ、……2人にどう詫びればいいって言うんだよ……」
書き残された文章を目で追い、その一文字一文字に震えさえ覚える指で文字をなぞる。
「……ほんと、俺はつくづく、……」




