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冷たい手のひら

「いやあ〜久々にこんな飲んだわぁ〜」


 フラフラと店の前で千鳥足になるヤス兄は、ヘラヘラと笑いながら俺にもたれかかってくる。


「ちょ!なんだよ、重いって!」


「あー!ヤスくんだけズルイー!私もー!」


 そんなことを言いながら酔っ払ってふざけたゆのちゃんまでもが俺にのしかかってくる。


「あー♡ずるいー、俺もー♡」

「じゃあ俺もー!」


「おいおいおいおい!重い!」


 俺の大声にゲラゲラ笑う酔っぱらい軍団はタクシーが何台か見えたことに気がつき、手をブンブンと振る。

 きっとそこまで主張しなくても運転手からははっきり見えていると思うけどな。

 さっきも言ったけど、この店は密会に使えるくらい外部の人間からは見えない作りになっている。

 その為に3メートルくらいの塀で店の周りが囲まれていて、店はその広い敷地内の生い茂る木々の間の隅にポツンと建っているのだ。

 で、そこに窓が真っ黒に塗られたタクシーが定期的に回ってくるって仕組み。


「ん、3台かー。誰か相乗りで帰る?」


「いや、俺は少し歩いてからタクシー拾うから先乗って」


「なんだよ〜兄ちゃんと一緒に帰ろうぜ〜」


「うわ、気持ちわる!てかヤス兄と俺の家真逆じゃん。それに、ちょっと風に当たりたいからちょうどいいよ」


「うわあ、なんか詩人みたいなこと言ってる奴いるんですけど!」


「いやうるせえよ!てか「みたい」じゃなくて詩人も間違いではないからな!」


 そんなくだらない言い合いをしていると「んじゃお先〜、兄弟仲良くしとけよ〜」なんて声と共にマコちゃんがタクシーに乗り込んでいる。


「んじゃ、俺らも先行くわ!」

「じゃあねえー!」


 それに続くように、アサヒとゆのちゃんが後続のタクシーに乗った。


「ああ、じゃあまた!」

「じゃあなー!」


 3人を見送ると「お前本当に歩くん?」とヤス兄が眉に皺を寄せて俺を見ていた。


 この店でタクシーに乗らない客はあまりいないと思うが、別に1人で出るだけだ。

 誰かに見られたって、なんの問題ないだろう。


「ああ、まあ。言うてその辺でタクシー拾うけどね。流石に家までは歩けないし」


「あ、そう。んじゃ寒いから気をつけろよ」


 言いながらペシっと俺の頭を叩いた。

 いやなんでわざわざ叩くんだよ。


「へいへい、風邪ひかないように気をつけまーす」


「はは、口の減らん弟だな。んじゃ、また連絡するわ」


「うん、おやすみ」


 俺がそう一言言うと、手をこちらに向けて「じゃあな」とタクシーに乗り込んだ。

 それを見送ると俺も帰路に着くべく足を動かした。


「さっむ…」


 少し歩くと凍えるような冷たい風が顔面に容赦なく襲いかかってくる。

 この店の敷地内を出るのにも少し歩かないといけない。

 酔って熱った頬は一気に冷たくなり、風に当たりたいなんて思った事を少しだけ後悔させるレベルだ。


 やっと辿り着いた店の大きな門をくぐると、少し遠くの方で都会のきらびやかに光るイルミネーションがチカチカと瞳に反射した。


「もうすぐクリスマスか」


 ひとたび足を止めるとヒンヤリとした空気が全身を纏う。

 タクシーがいそうな道路まではもう少し距離がある。


「お、自販機発見」


 寒い所で飲む温かいコーヒーって何故か一段と美味く感じるよな。

 なんて思いながら軽快な足取りで簡素な夜道に一際光を放つ自動販売機目指して再び足を動かした。


「NANASEさん!ですよね!?」


 自動販売機の前で財布を取り出そうとした時、後ろからそう声をかけられた。

 NANASEとは俺のバンドでの名前、いわゆる芸名だ。まあ横文字にしただけのただの本名なんだけどね。

 振り向くと、若い女性が目を輝かせて俺を見ている。


「…えっと、ファンの子?」


 実を言うと、本当は声をかけられる前から後ろに彼女がいるのには気がついていた。

 気配に人一倍敏感な俺は、彼女の存在に気がついてわざと自動販売機に意識を向けていたんだ。

 出来るなら声をかけられないように、と。


「はい!あの、!も、もし良かったら一緒に写真とか撮ってもらえませんか?」


「あー……ごめんね。プライベートでの写真は断ってるんだ」


 決まり文句のような言葉で断ると、誰が見てもわかる程にガッカリした顔をする。


「え、あ!ごめんなさい…そうですよね、あの、じゃあ良かったら…」


「良かったら、だけどサインならかけるよ」


 元々サインも書いてもらう気だったのだろう、手にはマジックペンが握られているのを見てそう声をかけた。


「あ!はい!ありがとうございます!」


 嬉しそうにお礼を言いながら、ペンを差し出して彼女のカバンからは色紙が出てきた。


「後ろ姿だけでよく俺だってわかったね」


「もちろんです!なんて言ったってNANASEさんは私の最推しですから!どの角度でもわかっちゃいますよ!」


 サインを書く俺をよそに、興奮気味にそう話す彼女。

 推し、ね。

 バンドマンはいつからそんなアイドルグループのような見られ方をされるようになったのか。


「今日も実はMAKOさんのSNSに載ってた写真見て、この辺じゃないかなって!」


 …マコちゃんめ、ヤス兄の匂わせ元カノをあれだけ笑ってた癖にタイムリーにSNS更新してたのかよ。


「はぁ、今日はまあいいけど、本当はそういうのダメだからね」


 俺の言葉にハッとした様子で、口を滑らせたと思ったのか「す、すみませ…ん」と歯切れの悪い謝罪が返ってきた。

 これはおそらく今日が初めてじゃないな。きっと写真がSNSにアップされる度、それっぽい場所に足を運んでいるんだろう。


「それにこんな夜遅くに女の子1人でウロウロしてたら危ないよ。その写真も今日じゃなくて別の日の可能性もあるんだから」


 そう注意しながら、サインを書いた色紙をペンと一緒に差し出す。


「は、はい!ありがとうございます、すみません!」


 もはや俺の忠告は半分以上頭に入っていないであろう目でサインが書かれた色紙を見ている。


「あ、握手も…いいですか!?」


「…あのね、俺の注意聞いてた?」


「あ、ご…ごめんなさい」


「ハァ、まあ良いんだけどさ」


 やれやれと手を差し出すと、嬉しそうに両手で握りしめてくる。


「NANASEさんの手、冷たいですね!あはは!」

「いや、君の手の方が冷たいと思うけどね」


 きっと俺たちが酒を飲んで騒いでいる間もこの子はずっとこの辺りをうろついていたんだろう。

 手の冷たさが尋常じゃない。……まるで死人のようだ。


「あ、ありがとうございます!私、一生今日のこと忘れません!次の新曲もライブも楽しみにしてます!」


「うん、ありがとう。じゃあ」


「はい!あ!私は、見送るので気にせず先に行ってください!」


「…ああ、じゃあ」


 本当はストーカーなどの対策も含め、こういう場面で見送られるのは避けているが一刻も早くここを立ち去りたい気持ちでいっぱいだった俺はすぐに背を向けて歩き出した。


「本当にありがとうございました!」


 後ろからはそんな声が聞こえてきたが、振り向くこともしない。



 だって俺はファンが大嫌いだから。

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