引っかかり
葬儀からあっという間に一週間が経った。
結局仕事は事務所が一時的に全てキャンセルし、少しの間は休みをもらえることになった。
そしてそんな中、俺はlooseにヤス兄を呼び出していた。
もちろん、マスターも一緒に。
閉店の準備が進んでいるこの店は、少しだけ薄暗く、貴重品と書かれたダンボールがいくつか置かれている。
「二人とも、急に呼び出してごめん」
「いや、いいよ。俺もお前もどうせ休職中だしな。はは、今まで忙しかった分、暇で暇でさ」
冗談めかしてそう言うヤス兄は「マスターも向こうの店が出来るまでここの片付けでしょ?」と笑った。
「まあな!ちょっと片付けが早すぎたかもしれんが、まあ俺も長期休暇中だ」
顎髭を触りながら柔らかく笑うマスターも「暇だったからちょうどいい」と言ってくれる。
2人とも笑ってはいるが、どこかぎこちなかった。
「ありがとう……で、呼び出した理由なんだけどさ」
そう切り出した俺は、例のノートを鞄から取り出し、カウンターテーブルにそっと置いた。
「なにこれ、ノート?」
「……これは、」
置かれたソレを見てヤス兄は不思議そうにしたが、マスターは何かを察したかのように顔をしかめている。
「……うん。ユキのものだよ」
「ユキちゃんの?俺らが見ても大丈夫なやつ?」
そう言いながらヤス兄がノートへ手を伸ばした。
が、マスターによってそれが静止させられる。
「ヤス、待て。」
「え、なに?」
「あ、いや……なんだ、その」
なんだか言い淀むマスターが頬を掻きながら眉間に皺を寄せた。
「……なんて言えばいいのか、」
「?」
マスターの表情に俺も少し首を傾げる。
「その、なんだか良くない物、と言うか……パンドラの箱を開けるような気がするというか……まぁ、その、なんだ【おっさんの勘】みたいなもんなんだが……そのノートからは負のオーラみたいなもんを感じる」
すごく言いにくそうに、そう言い俺の顔を見た。
「悪い……ユキちゃんの残した物にこんな言い方して……」
「いや、大丈夫だよ。その通りだから」
「え、どういう事?その通りって?」
俺とマスターの会話に着いていけない、と言いたげなヤス兄はますます不思議そうな表情をする。
「……こんな話したら皆、ユキがいなくなって俺がおかしくなったんじゃないかって思われそうでさ。だから、話を聞いてくれそうな2人を呼んだんだ」
そう言い、俺はノートを開いた。
眉をひそめながら覗き込むヤス兄が、恐る恐る内容に目を通した。
「日記?……と言うより……これは、」
内容を確認した様子のヤス兄の表情が見る見るうちに青ざめていく。
ーーそれもそうだろう。
ページをめくるたびに、ユキに対する【誰か】の悪意がそこに詰まっていたのだから。
「こんな、嘘だろ……まさかルカと同じような、」
「……そうだと思う。実際、このノートと一緒に手紙もたくさん見つかった」
「警察に行こう」
ヤス兄が強く握った拳を震わせ、テーブルに強く叩きつける。
そして真っ直ぐ俺を見てそう言った。
「……俺もそれは考えたよ。でも、もうユキを殺した犯人は捕まってるし、既に亡くなった人が嫌がらせされてたっていう理由で何かしてもらうのは難しいと思う」
「やけに冷静なんだな」
俺の言葉にマスターが真剣な眼差しで真っ直ぐ俺を見る。
「何か考えでもあるのか?」
「考えってほどじゃないけど……」
2人の目線に応えるように、俺も目線を合わせる。
「出来すぎてるって話、ヤス兄覚えてる?」
「……あ、ああ、そういえばそんな事言ってたな」
「なんの話だ?」
病院での会話を知らないマスターが俺たちを交互に見た。
それに応えるように、俺はあの日を思い出しながらゆっくり話し始める。
「あの日はクリスマスで人の数が普段よりもかなり多かったんだ。そんな中であの事件が起きた……確かに俺たちを何気なく見てた人もいたかもしれない。けど、あの混乱の中で【あの男】は俺に声をかけてきた。さっきこの人と一緒にいただろって」
「それはお前も今言ったように、たまたま視界に入ってて覚えてたってだけなんじゃないか?」
「そうかもしれない。でも、あの男は俺に【一緒にいただろ】ってそう声をかけてきたんだよ。ちょっとおかしくない?」
俺の話に少し首を傾げながら「いや、だからたまたま見てたって事じゃ……」とヤス兄は何がおかしいんだ、と言いたげだ。
「……断定したような言い方だったってことか」
ふむ、と俺が言いたいことを代弁をするようにマスターがそう言った。
「うん、そう。普通だったら【一緒にいなかったか?】って聞いてこない?だって初めて会った見ず知らずの人だよ。もし何気なく見てたとしても、あんな人だかりで混乱の中、しかもわざわざ俺をピンポイントで見つけて…そんな確信した言い方するかな?」
「まあ、七瀬の言いたいことも何となく分かるが……それだけでその男が怪しいとは言い難いな。お前はその男が今回の事件に関わってるって言いたいのか?」
「まあ……一応そう考えてる。ただ、それだけでそう言ってる訳じゃないんだ」
言いながら2人を見る。
俺の視線に、真剣な眼差しで応えるように目を合わせた。




