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葬儀

 数日後、ユキの葬儀はあっという間に終わってしまった。

 それはもう本当に呆気ない程に。


 あの日、帰宅した俺は前にユキから教えられていた施設の連絡先のメモを取り出した。


「私には家族がいないから、何かあったりした時はここに連絡してね。まあ、特に連絡する事もないと思うけどね」


 付き合った当時、笑いながらそう言われ、渡されていたメモだ。

 当然、今まで一度も使うこと無く過ごしてきた。

 それをこんな形で使う日が来てしまうとは。


 無くさないよう保管していて良かった。そんな風に思いながら書かれた番号に電話をかけた。

 が、電話先の人物は思いの外「冷たい人物」といった印象だった。


 施設の院長と名乗ったその人物は、ユキの身に起こった事実を聞くやいなや「そうですか。亡くなったのであれば、もうウチには関係ありません。婚約者という事ならそちらでご自由にお預かり下さい」そう言われ、特別会話がある訳でもなく電話は終わった。

 とてもじゃないが、支援を願う手紙を出してくる人の対応とは思えなかったのと同時に、ユキが施設を必要以上に避けていた理由が少し分かったような気もした。


 その後、葬儀の連絡もしたが施設関係者は誰一人として来ることはなかった。


「こんな形で初めましてになるなんて……」


 そんな事を言いながらユキの顔を撫でてくれたのはアサヒの彼女、ゆのちゃんだった。


 その日、俺たちとも初めてだったが「彼女同士仲良くなれたら嬉しいな」と、ずっとユキと会うのを楽しみにしていてくれたらしい彼女は、ポロポロと涙を零していた。


 あの人情深いアサヒが選んだ人だけあって、とても優しい人だなという印象だった。


 本当に、もっと早く会わせてあげれていれば、ユキにも良い友達が増えたかもしれないのに。


 たくさんの後悔が募る一方、葬儀は淡々と進んだ。


 そうして俺たち身内だけの、ひっそりとした葬儀が終わり、俺は正真正銘の一人になってしまった。


 もちろん、この事件はすぐニュースとなり事務所からはしばらく仕事を休めと言われた。

 その間、俺はユキの荷物を漁るように広げ、ある事実を知ることになる。


 いや、目を逸らしてしまった事に向き合わなければならなかった。

 知るのが遅すぎた真実。


 あの手紙の束の真相だ。


 あの日、必死に探して見つからなかった手紙の束。

 それはいとも簡単に発見された。


 ユキが仕事をしていたデスクに、ひとつだけ鍵のかかった引き出しがあり、そこから事務所でよく見るファンレターの様な手紙の束が出てきた。


 施設からの手紙でもなんでもない。

 そう、嫌がらせの手紙だった。


 別れろ、死ね、殺す、許さない、そんな恐ろしい言葉が綴られた手紙。


 涙が溢れて止まらなかった。

 なぜ気がついてあげられなかったんだろう。


「……なんで…、なんで俺が気づいてあげられなかったんだよ、こんなに近くにいたのに…」


 誰もいない静かな部屋で、小さく呟きながらポタポタと流れる涙を拭い、手紙の束を整理する。

 そして、同じ引き出しから一冊のノートが出てきた。


 少し分厚いハードカバーのノートだ。


 ユキが仕事で使っていたものだろうか?

 そんな風に思い適当なページをめくると、そこにはユキの文字で様々な日付と文章が書かれていた。


「……日記、か?」


 ○月△日、美和の時と同じ。あの人はまた繰り返してる。最悪だ。


 △ 月◻︎日、最近大量の手紙がよく届く。死ねだって。簡単に死ねるならとっくの昔に死んでる。


 ○月×日、知らない番号から電話がかかってきた。出てみたら知らない男の人で気持ち悪い事を言われた。知っている番号以外の電話にはもう出ない。


 △月×日、美和のお見舞いに行ったらあの人がいた。何しにきたの?吐き気がする。


 ○月△日、駅のホームで誰かに背中を押された。殺すつもりだったのかな。でも残念ながらまだ私はここじゃ死ねない。


 △ 月◻︎日、私のデザインが他の人のものになってた。最低な気分。


 ○月×日、お母さんの呪いは一生続くのかな。お母さんが許せない。


 ×月〇日、施設から手紙が来てた。支援なんてしない。嘘ばっかり。あんな所潰れればいいのに。


 △ 月◻︎日、このノートも書き切って早く燃やしたい。


 ×月〇日、雪の呪い、お母さんが私に一生まとわりついてくる。あいつらみんな消えてしまえばいいのに。


 ○月△日、こないだ無視した電話が応募したコンテストのデザイナー優勝の連絡だったらしい。気がつくのが遅れて私は選考外になった。私のせいなの?辛い。


 ノートをめくり、俺は絶望した。

 毎日書いている訳ではなく、日付はバラバラだったが、めくってもめくっても、どのページにもユキが普段見せなかった怒りや悲しみのような感情だけがそこに綴られていた。


 今思い返してみると、ユキの口から愚痴や弱音はほとんど聞いたことがなかった。いつも笑顔で、いつもポジティブで、いつでも人のことを思いやっていて。


 俺がもっとしっかりしていれば、俺がもっとユキの話を聞いていれば、そんな思いが込み上げてくる。


 ユキの笑顔に甘えて、俺がユキに負担をかけてしまっていたんだ。


 このノート自体はわりと新めに見えるが「このノートも書き切って早く燃やしたい」と書かれていることを考えると、今までにもたくさんの気持ちを綴った物があったのだろう。


 そして書き切ったノートは燃やして捨てていた、という事なんだろうか。

 このノートは半分ほど書かれているが、ユキがいなくなってしまった今、答えを聞くことはできない。


 悲しみや怒り、後悔、色んな感情が渦巻く中、ノートを手に取っていると不思議な感覚があった。

 なんて言ったらいいのかは分からないが、このノートから鼓動を感じるような、そこにまだユキがいるような。


 こんな事、周りの奴らに相談したら気が狂ったと思われそうだけど。


 でも、これだけは確実に分かる。

 気が動転してるとか、寂しさとか、そんなんじゃない。

 病院で感じたあのユキの感覚と似ている。

 本当にこのノートには不思議な感覚があった。

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