出来すぎ
俺の言葉に一瞬、みんなの眉がピクリと少し動いた。
だが、ヤス兄だけがすぐに冷静な顔に戻った。
「でも七瀬はその時混乱してたんだろ……?何かの間違いじゃ、」
「混乱しててもさすがに女と男の区別くらいつくよ」
「もしかしたら、その男性が近くにいた女性に通報を頼んだのかもしれないじゃないか」
「いや、その人は【私が通報した】ってはっきり言っていたと思う」
「思う、だろ?なら勘違いの可能性もあるよな?」
「そうだけど、はっきり言ってたからあの状況でも記憶に残ってるんだ。曖昧な言い方だったら覚えてすらないと思う」
「てかそもそも通報者がその男性じゃなくて別の女性だったからって、なんの問題があるんだよ!」
俺とヤス兄の押し問答の様な言い合いが続く。
ヤス兄の勢いに少しアサヒとマコちゃんが驚いてはいるが、困惑しながらも、うんうんと頷いているのが分かる。
確かに、あの時の俺はかなり混乱していた。
病院についてからも放心状態で、その姿をヤス兄も見ていたからこそ、そう言うのも無理ない。
きっとユキとの会話の話はしない方が良いだろう。
ただでさえ冷静さを欠いていると思われている状況で、そんなことを言い出したらもっと面倒なことになりそうだ。
「確かにヤス兄の言う通りかもしれない。でも、佐野さんと話して少し冷静になって色々思い出してみたんだ。そしたらさ、色々変なんだよ……変というか、出来すぎてる気がするんだ」
「出来すぎてる……?」
そこまで話すと、先ほどの医師が戻ってきたのか、足音が聞こえてきた。
「萩さん、お待たせしてすいませんね。こちら、現場にいた救命士の方です。連絡事項の件でたまたまこちらにおりましてね、良かったです」
「この度は、お悔やみ申し上げます」
医師と一緒に現れたのは、現場にいたらしい救命士。
深々と頭を下げ、ゆっくり顔を上ると俺の目を真っ直ぐ見た。
確かに、見た気がする顔だ。
「先程はかなり混乱していたようですが、僕のこと覚えてますでしょうか」
「ええ、なんとなく…ですが。すみません」
「いえ、無理もありません……で、えっと、通報者の方の件でしたか?」
「はい」
話が早くて助かる、と言わんばかりに俺は短く返事を返した。
「通報のお電話は女性だったと聞いています。すみません、電話口は僕じゃないので、通報者情報での話ですが……」
「いえ、大丈夫です。ありがとうございます……ただ、その話だと俺がお礼を言いたいのはその人じゃないみたいです」
「と、言いますと?」
「俺が混乱してる中、俺の介抱もしながら色々テキパキと動いてくれた男性がいたんですけど……てっきりその方が通報してくれたものだと、」
俺がそこまで言うと「ああ!」と思い出したように救命士が声を上げだ。
「その男性なら覚えてますよ!一緒に救急車に乗り込もうとしてたので、お知り合いかと思って伺ったら通りすがりだと…流石に通りすがりの方を同乗させる訳にもいかないので、貴方が彼女の婚約者で突然事故に巻き込まれたという状況だけ聞いて、同乗はお断りしましたが」
「そうだったんですね。ちなみに連絡先とかは……」
「すみません、婚約者の方がいらっしゃったので、不要かと思いまして伺ってないんです」
「いえ、謝らないで下さい。俺さえしっかりしていれば良かった話なので」
「そんな……あの状況じゃ無理もありませんよ」
そこまで言うと、事故直後の状況を思い出すかのように目を伏せた。
「あ、!でも……スーツ着てましたし、あの辺でお仕事してる方かもしれませんね。七三に分けた前髪とメガネが特徴……って言ってもこれじゃ逆に特徴ないか……すみません、役に立てなくて」
「いえ、本当に謝らないで下さい。もし、どこかでお会いできる事があったら、その時はきちんとお礼を言っておきます。それよりも、わざわざ呼び出してしまって、お仕事中にすみませんでした。ありがとうございます」
そう言い、頭を下げると救命士の男性もペコリと頭を下げ、軽く挨拶を交わし、その場を後にした。
その後は医者と話をし、一旦ユキを病院に安置する事になった。
本来ならば、早く家に連れて帰りたかった。
だが、俺がまだ夫になっていないという事実は変わる訳もなく、保護者となっているはずの施設の人と連絡を取らなければ、それは叶わないらしい。
一通り話が終わり、俺たちは帰路につく。
が、当然ヤス兄から先程の話の続きを催促された。
「こんな状況で何度も聞くのはどうかと思うけど……さっきの話、どういう事なんだ?」
「うん……冷静になったつもりだったけど……冷静じゃないのかもね、俺」
呟くように、誰と目線を合わせる事なくそう言った。
今ここで何を言っても無駄だ、そう思って冷静な判断が出来ていなかったとやり過ごす。
「そりゃそうだろ……こんな、っ」
俺の返事を聞き、息を詰まらせたように話すアサヒが「とりあえず明日のラジオの件は事務所に連絡しよう」と提案する。
「そうだよ、こんな状況で平然とラジオなんてやってられないよ」
「ユキちゃんとの約束も分かるけど……せめて葬式で、ちゃんと見送ってからでも……いいんじゃないのか?」
「……葬式、か」
その単語を聞くだけで心臓がドクンと大きく脈打つのがわかる。
だが、それとは真逆にどこか冷静な自分がいるのもわかる。
ユキをあんな目に合わせた犯人を確実に見つけ出す、そんな誓のような感覚。
あるいはユキがこの世からいなくなった、そんな事実をまだ受け止めきれていないだけなのか。
自分でもよく分からないが、身体の奥底からジュワっと湧き出るような感覚が俺を冷静にさせてくれている気がした。




