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通報者

 「七瀬……!」


 やっと話が終わり、車から出るとアサヒとマコちゃんが走ってきた。


「……二人とも話はヤス兄から聞いてる、?」


「あ、ああ……」


 なんと声をかけたらいいかわからない、と言わんばかりの表情の二人は俺から目を逸らし、拳を握っている。


 それもそうだろう。

 ユキが死んだと聞かされ、犯人は俺のファンだと言われ、駆けつけてみれば泣き腫らした顔の俺。


 だが、佐野さんと話し終えた俺はと言うと、何だか妙に落ち着いており、涙はもう出なかった。

 代わりに胸の奥だけが焼けるみたいに熱くて、冷たい外気が皮膚を切るように痛い。


「……大丈夫か」


 今日何回言われたかわからない言葉を、ヤス兄が俺にかける。


「うん……みんな、ユキに会いに行こう」


 そんな俺に黙ってついてくる三人。

 ユキのいる部屋の前へ着くと、ゆっくりとドアを開いた。


 初めて来た時より冷たい空気が漂う部屋は、外よりも寒く感じた。

 ぽつんとベッドが置いてあり、そこにはユキが寝ている。


「……嘘だろ、?」


「ほ、本当に……ユキちゃん、なの?」


 部屋に入るなり口々にそう言い、恐る恐るユキへと近づくアサヒとマコちゃん。


「あ、……ああ、嘘だろ、こんな……!こんな、」


 悲鳴にも似た声を出したマコちゃんの呼吸が早くなる。


「何でだよ……何で、」


 静かに声を出して泣き出すアサヒ。


 それを横目に、俺はそっとユキの頬に触れた。


「ユキ、…」


 氷に触れたかのような冷い頬。

 もう動くことのないユキを優しく撫で、声をかける。


「……」


 そんな俺の横で、アサヒとマコちゃんが涙を流す。


「……ユキ。俺、絶対に約束守るから……待っててね」


 先程ユキと交わした約束を思い浮かべ、そっと笑う。

 ユキにかけられた呪いを解く。

 今はそれが何なのかは分からない。

 だけど、絶対に俺がその呪いを解いてみせる。


 ……真実を見極める、か。


「犯人は全員必ず見つけ出すから。安心して休んでてな……」


「え、犯人全員って……どういうこと?もう捕まったんじゃ、」


 俺の発言に、3人ともが不思議そうな顔をした。


 だが、その言葉に俺は「あぁ……それは……」と言葉を濁して口を閉じた。


 先程のユキとの会話の話をするべきだろうか?

 話したところで信じてもらえるだろうか?


 そんな疑問が頭を過ぎりながらも、自分の中では色々と確信めいたものがあった。


 ユキの存在、呪い、まだ知らない真実、そして真犯人。


「おい、……?七瀬?」


 考え込むように顎に手を当て指を擦る俺を、不安そうな顔でヤス兄が覗き込んだ。


「あ、ああ…ごめん。なんでもないよ」


「いや、なんでもないってお前、」


 ヤス兄がそこまでいうと、向こう側から先ほどの医師がこちらへ歩いてきているのが見えた。


「萩さん。先ほど警察の方から聴取が終わったと聞きました。冬川さんに親族がいないと言う事だったので、ご遺体の件で少しよろしいでしょうか……葬儀もあるでしょうし」


「はい、俺もちょっと聞きたい事があるんですけどいいですか?」


「ええ、聞きたいこと、とは?」


 少し首を傾げ、俺を見る医師。

 同時にヤス兄も俺の様子を伺うように片眉を上げた。


「救急車を呼んでくれた方なんですけど、どなただったか分かりますか?」


「救急車を呼んだ人、ですか?んー、電話に出た救急センターに聞けば性別くらいはわかるかもしれませんが……それ以外はなんとも……」


 人差し指で額をかきながら思考してはいるが、残念ながら特に情報はないようだ。


「先生は救急車には乗っていなかったんですよね?」


「ええ、救命士が処置をしながらここへ運んできますから。私が冬川さんを診たのは運び込まれてからです」


「確か……救急車に乗る寸前まで俺と一緒にいたはず……」


 ボソリと、そんな事を呟く俺へ「それが何か」と言いたげな医師がこちらを見る。

 が、それを他所に俺は続けた。


「現場に来ていた救命士の方とお話ってできませんか?」


「え、救命士と、ですか?」


「はい」


 少し困ったように考え込む医師を見たヤス兄が間に割って入るように「おい、七瀬」と俺の肩を掴んだ。


「通報者がどうしたっていうんだよ。先生も困ってるだろ、その辺にしておけよ」


「いや、大事なことなんだ。先生、なんとかお願いできませんか?」


 ヤス兄の手を振り解くようにし、そうお願いをした。


 それを聞いた医師は「無理ではありませんが、理由をお伺いしても?」と難しい顔をして腕を組む。


「俺、通報者の方に助けられたんですけど、お礼も言ってないし名前も聞いてないんです。情けない話ですけど……先生も知っての通り、俺はパニックで放心状態で。その人事何も覚えてないんですよ……警察の方に聞いても名乗らずに帰ったとしか……救急車に乗る寸前まで俺を心配して一緒にいてくれたんです。なので、もしかしたら救急隊の方ならその人の顔とか名前とか覚えてたりするかもって。それに……これは俺の勝手な気持ちだけど、事故直後の状況をもっとちゃんと知りたいんだ。あの場で冷静に対処してくれたあの人ならもっと詳しい状況もわかるかもしれないし…」


「なるほど」


 ふむ、と息を吐きながら俺を見る医師。


「であれば、連絡してみましょう。ここで少しお待ちいただけますか?私の話は後ほど」


「……はい、ありがとうございます」


 そう言い頭を下げると、医師は救命士に連絡をとりに行った。

 が、もちろん今の俺の言葉は本心じゃない。


 確かに、あの人から助けてもらったのも、一緒にいてくれたのも事実だ。

 だが、お礼が言いたくて探す訳じゃない。


 そして、それを見抜いたかのようなヤス兄が俺を見ていた。


「おい、どういう事だよ、……お前、今の嘘だよな」


「…………」


「は…う、嘘?……ってどう言う事だよ?」


 ヤス兄の言葉に返事を返さずにいると、アサヒが俺を見た。


「……それに、さっきのどういう意味だ?」


 険しい顔つきで質問をしてくるヤス兄。

 そして、少しだけ間を置いて誤魔化すように笑ってみせた。


「あぁ……約束の話?何があってもバンドは辞めないっていうユキとの約束だよ。だから仕事は休まないし、バンドも続ける」


 口から出た言葉は、自分でも笑えるくらい都合がよく安っぽい作り話だった。


「ちょ、バンドを続けるかどうかは別として……七瀬、仕事休まないって……大丈夫なの?」


 マコちゃんが不安そうな顔で俺を見るが、俺の心境は不思議な程に冷静だった。


「うん。明日のラジオも出るし、来月のライブもやる」


「お前……、こんな状況でできるのか?俺は……俺は明日のラジオは出る気にはなれないよ、ニュースにもなるだろうし……」


「どんな事があってもこの仕事を続けるってユキと約束したんだ」


「だからって、こんな状況で明日から復帰しなくても……!」


「ユキを殺した犯人はまだ捕まってない……でも、相手には解決したと思ってもらわなきゃダメなんだ」


 俺がそう言うとヤス兄が「だから、その犯人ってなんだよ!?」と困惑したように声を張り上げた。


「……さっき、ヤス兄俺が嘘付いたって言ったよね。そうだよ、嘘をついた。通報者を探してる理由はお礼が言いたいからじゃないし、その人の事を何も覚えてない訳じゃない」


「だから、何でそんな嘘を言ったのかを聞いてるんだ」


「俺を助けてくれて、通報してくれた人は40代くらいの男性だった。それをさっき事情聴取で佐野さんにも話したよ。でも妙に引っかかる顔をしてたからさ、気になって聞いてみたんだ。そしたら、佐野さんなんて言ったと思う?」


 俺の言葉にみんなが注目する。


「通報者は女性だったって言ったんだ」

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