涙
「い、遺、……品……?」
何を言っているのか、いや、聞き違いか……?
それとも言い間違いか……?
震える目線でヤス兄を見る。
が、ヤス兄もその言葉に動揺を隠せないでいる。
「……では、とりあえずこちらの部屋へ」
覚束無い足取りで、言われるがままに医者の手招く部屋へと着いて行く。
何を言われたのか理解出来ないまま、何室なのかも不明な、静かな部屋の冷たいパイプ椅子に俺たち2人は座らされた。
耳鳴りがしそうなほど静まり返った部屋で、細長いテーブルを挟んで向かい合う。
「…………」
誰も話さない。
目の前の医者すらも第一声を俺に委ねるように口を閉じている気がした。
だが、その沈黙も束の間。
無音の部屋にガチャリと音を鳴らし扉が開き、看護師が医者にカルテの様な物を渡した。
キィ、と椅子の軋む音がし、沈黙が破られる。
「……残念ながら即死でした」
目を合わさず、カルテだけを見てそう言う。
そして一枚、紙を外し俺たちに向けてテーブルへ置いた。
釣られるように目線をその紙へ向け、最初の一行で一瞬息が止まった。
――死因:即死。
目の前の紙に印字されたその二文字。
「…………は、」
手術してたじゃないか。
助かる可能性があったから手術していたんだろ?
まさか失敗したのか?
一瞬で色々な事が頭を過ぎる。
「手術と言っても損傷を回復させる為のものです。蘇生術を行っていた訳ではありません」
俺の言いたい事が分かりきっている様子の医者は、俺が言葉を発する前にそう言った。
「残念ですが…運ばれてきた時点でどうにかできる状態ではありませんでした。目の前で事故を目撃したのならば分かるはずです」
「……嘘だろ、そんっな……本当に何があったんだよ……」
俺の横でボロボロと涙を零すヤス兄がそう言った。
この空間にいる皆が言葉を発する中、俺は何も言葉が出てこなかった。
出せなかった。
その後は遺体の状況なんかを話されたが、何を説明されたのかはよく聞いていなかった。
そして、そのまま別の部屋へ案内されると、凍るように冷たい部屋の中、ベッドで仰向けになって白い布を被せられている人の姿があった。
医者が顔にかかる布を取ると、綺麗な寝顔のユキがいる。
「……ゆ、ユキ、……、……ユキ、っ」
大好きだったあの笑顔はもうどこにもない。
ポタリ、とユキの綺麗な肌に俺の涙が零れたが、もう眉ひとつ動くことは無い。
「萩さんにはご家族の件で、後ほど病院から連絡が行くと思います。あとは警察の方も待っておりますので……」
本来ならば手術中に事情聴取をする予定だったらしいが、俺があまりにも話が出来る状態じゃなかった為、病院内で警察がまだ待っているらしい。
「ほら、七瀬…また後で会いに来られるから……行こう」
ユキの前から動かない俺の背中をヤス兄が優しく叩き、扉の方へと促す。
「本日中は、御関係者の方であればこの部屋は出入りしても大丈夫ですので」
そう言った看護師にヤス兄が「はい、どうも」と軽く頭を下げた。
半ば連れられて行く形で俺が部屋の外へと出ると、一緒に部屋を出た医者と看護師は「では、」と一礼し、俺たちの前から去ってく。
看護師と医師が去っていく背中から「死体の保存に…」「死体用の空調を…」などと話しているのが聞こえ、「死体」という言葉に耳を塞ぎたくなる。
そしてその背中を見送ると、全身の力が抜け、俺は崩れ落ちるように座り込んでしまった。
ユキが眠る部屋を背中越しに、今まで制御していた何かが外れてしまったかのように涙が止まらない。
「うぅ…っ、うぁ、うう…」
うめき声を上げながら、止めどなく溢れてくる涙を拭う。
拭っても拭っても拭っても、それでもなお止まらずに溢れ続ける涙。
「あぁあ、ああ……っ、うう」
「……警察の人には、あと少しだけ待ってもらえるよう頼んでくるから……あとでちゃんと来いよ」
俺の返事を待つ事はせず、ヤス兄は警察がいると言われた場所へ歩いて行った。
それでも俺は、返事はおろかヤス兄の背中を見る事もできず、泣き続けた。
ただ、ただ、泣き続けた。




