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医師の宣告

 気がついたら俺は病院の個室の様な部屋でボーッと座っていた。


 あれからどれくらい時間が経ったのだろう。

 ユキが倒れているのを見た後からの記憶が曖昧だ。


 ドクン、ドクン、と心臓の鼓動で全身が脈打つ。


 記憶が曖昧なんじゃない。

 忘れたかったんだ。

 嘘にしたかったんだ。

 全部夢にしたかっただけだ。


「ユキ……っ!」


 よく見ると自身の服や手に、まだ生々しい血痕が無数に着いている。

 ズボンの膝は血だらけで、靴や服の袖、手のひら、様々な場所に乾いて黒ずんだ血が残っている。


 もちろん俺の血じゃない。

 全てユキの血だ。


 受け止めきれない現実に引き戻された俺は、はっと立ち上がり部屋を出ようとした。


 が、それと同時に扉が開いた。


「……ヤス兄、?」


「……七瀬、もうすぐ手術が終わるって。その後警察に呼ばれてる」


 俯いたまま、こちらを見ないヤス兄が淡々とそう言った。


 そうだ、あの時近くにいた男性が色々と動いてくれたんだ。

 ただただ動揺する俺の代わりに、到着した救急車や警察へと状況説明をして、俺とユキを救急車へ乗せた。

 そして、彼女の身内の連絡先をと言われたが、思い当たる節が無かった俺はヤス兄の携帯番号を教えたのだ。


 病院に到着した後、ユキはすぐに手術室へと連れて行かれ、パニック状態だった俺はこの個室へと案内された。


 きっとその後は、駆け付けてくれたヤス兄が色々と動いてくれたんだろう。

 一方俺はと言うと、動揺してパニックになり、現実逃避をして……


「……おい、大丈夫、……な訳ないよな、」


「ユキは、……ユキは…!?」


「………………」


 俺の言葉に返事をしないヤス兄は「行くぞ」と言わんばかりに俺を見た。


「……」


 その目線に、黙ってついて行く。


 神様、どうかお願いです。

 ユキを連れて行かないでください。


 神様なんて信じる方では無かったが、そんな風に都合よく神へ願ってしまう。


 手術室の前へ着くと【手術中】という表示灯が赤く光っている。


 近くにある簡素なベンチに2人で腰を掛けた。


 ドラマなんかに出てくるワンシーンでよく見るアレだ。

 なんて、現実味が湧いてこない。


 チクタクチクタクと時計の音だけが耳障りな程に響いている。


「……今聞くべきなのか、わからないけどさ」


「……うん…」


 静かな廊下に俺たち2人の声が小さく反響した。


「……一体、何があったんだ……?」


「…………っ、」


 ヤス兄の質問に言葉を返す事が出来ない。


「突然お前から電話がかかって来て、出てみたら知らない人の声で……病院に来いって……どういう事か聞いても、説明は後でとにかく来いって……」


 消えてしまいそうな声だった。

 でも訴えかけるように、ヤス兄がそう言う。


「……いざ来てみたら、ユキちゃんは手術中で……七瀬は放心状態で……医者と警察から話があるって……なんなんだよ、これ……訳わかんねぇよ……、」


「…………っ、」


「なあ……!、なんとか言ってくれよ!」


 耳をつんざくようなヤス兄の声が、俺の肩を揺らす。


 俺も分からない。

 ……いや、分かりたくないの間違いだろうか。


 言葉に出してしまえば、理解してしまえば、ユキが俺の傍からいなくなってしまう気がして。


「なんだよ……なんで黙ってるんだよ……、」


 無言の俺が唇を噛み締めた時、赤く光っていた【手術中】の表示灯がパッと消え、重たそうなドアが開いた。


 それを見た俺たち2人は、すぐさま立ち上がり中から出てくる人物へと視線を移す。


 医者らしき人物がマスクを外しながら、ゆっくりとこちらに歩いてくる。


「ゆ、ユキは……!?ユキの容態は……!!」


 冷静な面持ちの医者に飛びつくように俺が叫んだ。


「冬川雪さんのご家族の方でしょうか」


「あっ……いや……、」


 淡々とそういう医者に対し、言葉に詰まってしまった。

 そんな俺を察したかのように「恋人の方、でしょうか」となおも淡々した声を発した。


「……はい。……婚約者、です」


 その言葉に、ヤス兄は俺たちが婚姻届を出す前だった事を悟り「俺はこいつの兄です。2人は今日婚姻届を出す為に役所へ向かっていました」と、しっかりした声で言った。


 本来ならば、俺がしっかりしなければいけないはずなのに、どこまでも情けないとしか言いようがない。


「なるほど……冬川さんのご家族と連絡はとれますか?」


「いえ……彼女には親族がいないので……育った施設の連絡先なら家に帰ればわかると思いますが……」


 家族、家族と何度も言う医者の言葉に、不安だけが募っていく。

 そして、俺の言葉に医者の顔にも少し曇りが生じる。


「……そうですか」


「あの……それよりユキは……!俺じゃ……俺じゃ話は聞けないんですか!?……あっ!えっと、ユキの持っていたバッグ!その中に婚姻届が入ってます!それを見てもらえば俺達が結婚しようとしてた事は証明できますよね!?」


 焦る俺が大声を上げ出すと「落ち着いてください、別に疑っている訳ではありませんから」と両肩に手を置かれた。


「……あ、す、……すみません、」


「それと、そのバッグは警察の方が持って行っていると思います」


「警察が……?なんで、」


 俺のその疑問に対し、少しだけ言い淀んだ医者だったが、すぐに静かで冷酷な言葉が返ってきた。


「……事故時の遺品は警察の方へお渡ししていますので」

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