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残酷な現実

「ユキー!そろそろ行くよ」


 「うん!今行く!」


 玄関で靴を履きながら、支度に手間取っているユキを呼んだ。


 今日はクリスマス。

 ユキの誕生日だ。


 そして、俺たちは今日夫婦となる。


 「お待たせー!」


 普段より少し着飾ったユキは、いつも以上に綺麗だ。

 いや、いつでもユキは可愛いし綺麗なんだけどね。


 そんな事を思いながら、ユキの手を取った。


 今日はクリスマスという事もあり、街にはいつもよりもたくさんの人々が行き交っている。

 いつもならSevensのNANASEだとバレないかとコソコソする所だが、今日ばかりは違う。

 みんな街のイルミネーションや、自分たちの幸せな時間を堪能するかのように、すれ違う人の顔なんて見ていない。


 一応深めの帽子を被ってはいるが、俺たちに振り向く素振りすら無く、みんなクリスマスという日を純粋に楽しんでいる。


 「……なんかドキドキしてきた」


 ギュッと俺の手を握るユキの手はとても冷たく、それを温めるように握り返した。

 

 「はは、それは俺もかな、今から夫婦になります!なんて、なんか実感湧かないよ」


 「あはは、だね」


 大きなスクランブル交差点の向こう側に役所が見える。

 そこにも綺麗なイルミネーションがキラキラと輝いていて、俺たちを迎え入れてくれている気さえしてくる。


 「ああ〜、これ出したら夫婦だよ」


 ユキは婚姻届の入っている鞄を大事そうに抱え、赤信号になった交差点で立ち止まった。


 「はは、その婚姻届が無事受理されればいいんだけどね」


 証人欄の事を思い出すと、少々不安を拭いきれないが……

 まあ、なんとかなるだろう。


 「それを出した後、レストランも予約してるから。楽しみにしてて」


 今日は婚姻届を出した後、レンストランに行く予定だ。

 なんでも、最近アサヒが彼女と行ったらしく、すごく素敵な店だったと教えてくれた所だ。

 もちろん、予約時に誕生日プレートもお願いしている!準備は万端だ!

 ポケットの中で誕生日プレゼントをギュッと握って、ユキを見る。

 

「ふふ、ありがとう。そんなに張り切らなくても良かったのに」


「いやいや!ユキの誕生日と結婚記念日だよ!?張り切るに決まってるよ!」


 少し興奮気味にそう声をあげると、何事かと周りの数人がチラチラとこちらを見た。


「…っ、!と、」


「あはは、そうだね。ありがとう、ナナ。…もう、ちゃんと帽子被っておいてよ」


 笑いながらユキが、俺の帽子をグイッと引っ張った。


「あ、ほら!信号変わったよ!行こ!」


 交差点の信号が赤から青に変わったのを見たユキが、そう言いながら俺の前を小走りで進んでいく。

 信号待ちをしていた周りの人々も歩きだし、俺もユキを追いかけるように踏み出した。



 

 ーーーが、その瞬間。


 

 ドンッ……


 簡素な鈍い音と共に、目の前にいたはずのユキの姿が突然消え、俺の前には汚れた軽バンが止まっていた。

 騒つき出す周囲の声。

 中には悲鳴にも聞こえるような声が混じっている。


「ゆ、…き、?」


 そう一言絞り出すのが精一杯で、その場から足を動かす事ができない。


 徐々に人だかりが増え、鉛のように重たい足を一歩、また一歩と動かした。

 

 やっとの思いで人だかりの中心に着くと、真っ赤に染まったアスファルトが視界に飛びこんで来る。


「き、キミ!さっきその女性と一緒にいただろ!?」


 サラリーマン風の中年男性が立ちすくむ俺の肩を揺らし、耳元で大きな声を出した。

 だが、その声も何だか遠く聞こえる気がする。


 「おい!大丈夫か!?」


 呼びかけられた声も理解できないまま、赤く広がり続けるアスファルトの中心へと足が動いた。


 ドクン、ドクン、と心臓の音が全身に煩く響く。


 近づけば近づくほど、残酷な現実が俺へと押し寄せてくる。


 やっとの思いで真っ赤なアスファルトの中心に到着した俺の足は重力に逆らえず、その場で膝をついた。


 ビシャリ、と水溜まりに足を踏み込んだ様な音が酷く耳につく。


「ユキ……?」


 やけに周りが騒がしい。


 「ほら、市役所……行くよ」


 寒さで声と身体が震えてきた。


 「早く……行こう、……」


 やけに全身が震えると思ったら、イルミネーションに反射した白い粒がはらはらと降り注ぎ、ユキの綺麗な白い肌に触れて溶けた。


 「……い……おい!キミ!!」


 耳元で大声を出され、肩を揺らされ、パチンと頬を叩かれ、自分が何度も何度も呼ばれている事にやっと気がついた。

 先程の中年男性だ。


 「大丈夫か!?」


 「大丈夫って何が……」


 「とりあえず、キミに怪我は無さそうだな……」


 俺の肩や腕を触り、そう言う男性。


 「先程警察と救急車には私が連絡をした。トラックの運転手も、他の目撃者達が取り押さえてくれている。が……その……あんまりこういう事は言いたくないが……」


 目の前の男性が何を言っているのかが、さっぱり分からない。


 「……彼女は……きっと、もう……」


 その言葉に、俺はゆっくりとユキの方を見た。


 「あ……ああ……、ああぁあああぁあ!!!」


――――絶叫。


 もうそれ以外の声が出なかった。


 「ユキ!ユキ……!?嘘だろ……そんな……!あ、あぁ…っ…」


 目の前に倒れるユキの姿は酷く惨いものだった。


 腕と脚の関節はおかしな方へ向き、内蔵らしきものが、ドクドクと流れ出る血と共に身体の外へと飛び出ている。


 不幸中の幸い、いや……この惨状で幸いなんて状況はひとつも無いが……ただ、顔だけは不思議なくらい綺麗なままだった。

 天を仰ぐように両眼を開いたまま、降り始めた初雪を眺めるように。


 「……ユキ、ユキ、ユキ……!!」


 どうしてこうなってしまったんだろうか。

 あと数分で俺たちは夫婦となり、笑って食事をしていたはずなのに。


 寒空の中、おびただしい量の血が膝をつく俺の足元に広がっている。

 止まる事なく広がり続ける血溜まりに、白く美しい雪がはらはらと落ち、溶けていく。

 震える両手に目線を落とせば、ベットリとついている真っ赤なそれが俺の意識を混乱させた。

 

 夢だ、夢だ、夢だ、これは夢だ!


 騒つく周りの声、遠くから聞こえてくる救急車のサイレン。


 そして真っ赤な血溜まりの中心にいるユキ。


 目の前の光景全てが嘘だと思いたかった。


 嘘だと言って欲しかった。

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