お祝い
「俺と結婚して下さい」
少し奮発して借りた高級ホテルの一室。
見渡す限り綺麗な飾り付けが施された室内に、高級ディナー、そして花束を持って跪く俺。
「……っ、!」
向かいに立つのはもちろんユキだ。
「……あ、あれ……あの、ユキ?」
一世一代の大ゼリフを発したつもりだったのだが、なかなか反応が返ってこず不安になって情けない声を出してしまった俺は、跪いたままユキを見上げた。
緊張のあまりユキの表情が少しだけ困ったような、そんな風に見えて心臓が嫌な高鳴り方をした気がする。
「……ありがとう」
すると、目に涙を浮かべたユキが俺を見て一言そう言った。
「!……」
「はい、こちらこそよろしくお願いします」
零れ落ちそうな涙を拭ったユキは、とても嬉しそうな表情をしていた。
それを見て、安堵と喜びが込み上げてた俺は泣きそうなのを隠すように、ぎゅっとユキを抱きしめた。
「はは、断られたらどうしようって……ずっと落ち着かなくてさ…ユキ、ありがとう」
「あはは、ナナの手震えてる」
「そりゃあ震えもするよ」
美しく光る、綺麗で静かな一室でそんな幸せなひと時を過ごした俺は、今世界で一番幸せなんじゃないか、そんな風に思っていた。
いや、本当に幸せだった。
この時の俺は嘘偽りなく本当に幸せだったんだ。
その幸せがどんな犠牲の上に成り立っていたかは知る由もなかったが……。
そんな俺の一世一代のプロポーズから日々は過ぎ、季節は冬になろうとしていた。
「「「「「おめでとーーう!!!」」」」」
パンパカパーン、なんて音が響くクラッカーで手厚くもてなされたのは俺とユキ。
1年程前から頻繁に食事に来ている【ミツ】という店に呼び出され、個室の扉を開けたらこの状況だ。
「ちょ、どういう状況!?」
「俺だってビックリしてるよ!」
驚きのあまりユキが俺にそう聞くが、俺も状況が飲み込めていない。
が、祝福ムードなのは見て取れる。
「てか!マスターまでいるし!?」
「はっはっは!祝いの席だからな!俺がいなきゃ始まらんだろう?」
「そうだぞー、お前らの愛のキューピットはマスターなんだからな!あたりまえだろ?」
「てな訳で今日は2人の結婚祝いでーーす!」
驚く俺たちを他所にマスター、アサヒ、そしてマコちゃんが口々にそう言う。
そして、これ見よがしに俺たち2人を真ん中へと誘導して座らせた。
「ま、そうは言っても入籍はまだなんだったよな?」
ニヤニヤしたヤス兄が後ろ手に何かを隠して俺たちに近寄ってくる。
「そうだけど……」
「じゃーーーん!」
声高々に俺らの目の前に差し出されたのは、婚姻届だ。
「え!?なに、どういうこと!?」
「マスターに頼んで役所までもらいに行ってもらったんだよ。んで…ついでに、」
言いながら、手に持っている婚姻届を裏返した。
「俺たち全員が証人でーす!」
「ちょ、これは…使えるのか!?」
婚姻届の裏面にある記載事項、証人欄には【萩 保久】【小田 旭】【天城 真小夜】そして、マスターの名前【根元 巧】の文字がギッシリと書き込まれていた。
「あはは!すごいレアな婚姻届ですね!ありがとうございます!すごい嬉しい」
それを見て大笑いするユキは、嬉しそうにヤス兄からそれを受け取った。
いやいや、まず証人欄は2人しか書くスペースないのに無理やり4人も書いてある事に突っ込んでくれよ。
なんて思ったりもしたが、何よりみんながこうやって祝ってくれている事への喜びが大きい。
「はは、みんなありがとう。でも、これ提出した時に返還されたらちゃんと責任とってくれよ、……っ!?」
と、その時。なんだか見覚えのある住所に目が留まった。
証人欄に名前と一緒に無理矢理書き詰められた、住所。
忘れる訳がない。
母の姉の夫の兄弟と名乗る不思議なおじさん、その人が俺たちに与えてくれた居場所。
そう、そこは俺たち兄弟が6年過ごした、あのアパートの住所だった。
「え……この住所、って…」
そして住所の上に無理矢理書かれた名前は【根元 巧】。
マスターの名前だ。
ドクン、と少し胸の奥が響いた気がした。
まさか……と。
「あ、そうそう俺も最初見た時びっくりしたよ」
「え?」
「あそこ、俺たちが引っ越す日に取り壊しになっただろ?そのままオジサンの土地になってるのかとばっかり思ってたんだけどさ…」
ヤス兄がそう言うと、マスターが続ける。
「ほら、looseの移転の話、しただろ?」
「ああ、うん」
「知り合いの不動産屋に格安で良い物件を紹介してもらったんだ。んで、それがこの住所って訳だ」
「そ、そうだったんだ……」
一瞬、脳裏に浮かんだ【もしかしてマスターがあのオジさんだったのでは】なんて喜びの感情は呆気なく打ち消されてしまった。
「なんだ、随分ガッカリした顔だな」
「あ、いや!別にそういう訳じゃ……!」
「はは!冗談だよ、ヤスにも同じ顔されたしな!」
ヤス兄も俺と同じ事を思っていたらしく「いやあ、だってこんな偶然、もしかしたらって思うっしょ!」なんて笑っている。
だが、もしマスターがあのオジさんだったなら、どんなに嬉しかったか……そんな事さえ思ってしまう。
「ん?でも何で居住地がここなの?」
「ああ、せっかくなら店と家を一緒にしちまおうと思ってな。もう工事も始まってるし、住所だけそこに移してあるんだよ。っつても、まだ骨組み状態だから住めないけどな!」
ははは、と豪快に笑うマスターは「そんな事より今日はお前たち2人の結婚祝いだぞ!」と既に注文済みだったビールジョッキを俺とユキに差し出す。
「ほら、今日は俺の奢りだ!存分に飲め!」
その言葉に続くようにみんながジョッキを片手に、俺とユキに向ける。
「結婚おめでとう!!」
そんな言葉に俺とユキは少し照れくさくなりながらも、一緒にジョッキを片手に掲げた。
「ありがとう!」
「ありがとうございます!」




