甘い考え
その日の夕方、ユキが帰ってくると俺は普段通りに接した。
ヤス兄とルカちゃんの事を伝えようかとも迷ったが、記事が出るまでは一応機密事項として扱われるらしい。
話した所で、ユキが言いふらすような事は絶対にないだろうが、事情が事情だ。ユキを無駄に怯えさせても嫌だし、何よりもこんな事になるまでルカちゃんが我慢して守ってきた秘密だ。
言わない方がいいだろう。
そう判断し、2人が別れたとだけ伝えることにした。
いや……きっとこの時、俺は「もしかしたら」なんてもう1つの可能性に目を背けていただけなのかもしれない。
だって、あの手紙は嫌がらせでも何でもない、ただの施設からの手紙だったんだから。
それ以外の何物でもなかった。そう信じ込みたかったんだ。
だから、ユキにあの手紙の事を深く聞かなかった。
勝手に施設からの手紙を見たと知られるのは良くない、と。
きっと本当はそう自分に言い聞かせていただけだったんだ。
「ねえ、ナナ。明日私休みなんだけどさ」
「うん?」
「ナナも久しぶりにlooseに顔出さない?マスターの珈琲も飲みたいし、明日は平日だから昼間に行けば人も少ないし!」
そんな提案に俺は安堵さえ覚えていた。
積極的に外出を言い出すという事は、外で嫌な目にあったりはしていないのだと。
「そうだね、俺も明日は仕事ないし。行こうか!」
ユキは今でもよくlooseに行っている。
もちろん俺も行きたいのは山々なんだが、なにしろ俺もお世話になっていたバンドマンを呼ぶカフェバーだ。
そこそこ有名になった俺は、looseに行くとSevensのNANASEだと直ぐにバレてしまう。
全く行っていない訳ではないけど、堂々と常連として通うのは少々難しいのが現実だ。
「実はね、月末近くの月曜日は特にお客さん来ないってマスターボヤいてたんだー」
「へえ?そうなの?」
「うん、月曜日って休み明けだからなのか、あんまりお客さん来ないみたいなの。それに加えて月末はほとんどの人が給料日前だから、ランチも全然人入らないらしいよ」
確かに、言われてみれば俺も1年前までは月末は特に金欠で、なるべくお金がかからないように生活してた気がするな……
流石は長年飲食店を経営しているだけあって、客足が遠のく理由をよく知っている。
「んじゃ、一応マスターに連絡入れておくか」
先に連絡しておけば奥の席を取っておいてくれるだろう。
念には念を、と連絡を入れた。
だが、いつまでもこんな風にコソコソと交際をしているのもユキに申し訳ない。
それこそ、いつバレて嫌がらせなんかがあったりするかも分からない。今まではバレたらバレたで公表すれば、と思ってはいたが、今回のヤス兄とルカちゃんの事もある。
だったらいっその事、結婚して公式に発表した方がいいんじゃないか?
うん、そうだ。それが良いかもしれない。
だけど交際と結婚はまた別だ。
ユキとなら幸せな家庭が築ける、そう思っている。
でも俺たちはまだ付き合って1年程度だ。俺が良くてもユキがどう思うかはまた別の問題だし……
なんて、ヤス兄たちにあんな事があったというのにも関わらず、自分の明るい未来を今考えてしまった事に申し訳なさが込み上げてくる。
「どうかした?」
「え!?い、いや!なんでもないよ!」
一応ルカちゃんとヤス兄が別れたって話だけはしたが、その話だけで悲しそうな顔をしていたユキに、このタイミングでそんな事言えるはずもない。
それに、そういう話をするという事はプロポーズになるんだ。
ユキにとっても最高の思い出にしてあげたい。
――なんて、軽くそんな事を考えていた。
それがどんな結果になるかも知らずに。




