崩壊の始まり
「その話だと嫌がらせはそこでほとんど終わったんだろ?ならなんで別れるなんて……いや、ほとんどって事はまだ続いてるのか?」
「……これはあくまでもインディーズだった頃の話。売れ始めてからはまた別だよ。デビューしてから暫くしたら、思い出したかのようにまた始まったんだ。【もうとっくに別れてたと思ってたのに】って具合にな」
思い出したくもない、なんて感じでため息をつくヤス兄。
そりゃそうだ、やっと終わったと思ったら振り出しに戻ったかのような仕打ちだ。
「最初は俺も全く気づかなかったよ……俺達が少し有名になったからかな、ルカは前よりももっと気を使ったんだろうな……でもたまに、服に不自然な泥シミが付いてたり、約束の時間に遅刻することが増えたり…買い物が好きだったはずなのに、外に出るのを避けたり……普段のルカとは様子が違うことが
徐々に増えていった。もちろん、何かあったのかって何度も聞いた。それでもアレコレと理由をつけて何も無いの一点張りだったよ。」
ヤス兄は力無く目を伏せるように言葉を漏らすが、怒りを込めるように拳を握っている。
「でも、明らかに様子がおかしくなっていくのがわかった。それで問い詰めたんだ。そしたら、昔からよく見るファンの子に突然道端で髪を掴まれたって。そのまま路地に連れて行かれて色々言われたって聞いた……その他にも、今まで散々な目に合っていたんだ…それまでちゃんと話を聞かなかったのを本当に後悔したよ。もちろんすぐ警察に行った。けど、前の時と同じ…話を聞くだけで何もしてくれなかったよ」
「……っな、そんな、」
その事実に俺たち全員が言葉を無くした。
ヤス兄だけじゃない。俺たち全員がきちんと気が付かなければいけなかったんだ。
過激なファンが増えていたのも知っていたはずなのに。
メンバーの彼女や身近な友達、そんな人たちに嫉妬という負の感情が向いている事を見過ごしていた。
……いや、見ないようにしていただけなのかもしれない。
だってその可能性くらいは十分に理解していたのだから。
だからこそ、外食先でも、出かける際も、気を使って帽子を被ったり、マスクをしたり、サングラスをかけたり……
そしてその続きがまだあるのか、ヤス兄はポツリと言葉を漏らした。
「ある日、ルカの家に大量の手紙が届いてたのを見たんだ」
「え、手紙……?」
その言葉に、俺はドキリとした。
ーーー……
「ん?なんか凄い手紙の量だけど、まさかファンレター自宅に来てたの!?」
「あっ、ううん!ちがうの。実は昔住んでた施設でね、今色々あって……施設の院長や周りの人と連絡とってて」
……ーーーー
先日のユキとの会話が脳裏に浮かぶ。
「て、手紙ってどんな……」
正直かなり動揺していたと思う。
冷静を装おうとしても声が震えてきてしまう。
「ああ……最初は俺の家と勘違いしたファンが家を突き止めてファンレターを大量に送ったのだとばかり思ってた。でも、その宛名は俺じゃなくて全部ルカ宛だったんだ。嫌な予感はしたよ。でもさすがに勝手に開封は出来ないから、ルカに聞いたんだ」
もはやヤス兄の言葉は、俺の耳には話半分にしか届いていなかった。
あれは本当に施設からの手紙だったのか?
施設からの手紙だとしても量が多過ぎないか?
ユキが手紙を書いたり送ったりした所を見た事があったか?
そんな自問自答が頭を駆け巡った。
「そしたら実家から手紙が届いたんだって。最近ちゃんと連絡取ってなかったから手紙がたくさん来たってそう言って、俺から手紙を取り上げた。いくらなんでも今時手紙なんてどう考えたっておかしいだろ。それに嫌がらせがあった事を考えると、流石にその言葉は信じられなくて……目の前で開封してくれって頼んだら、プライバシーの侵害だって冗談みたいに笑われたよ」
もうここまでの話を聞けば、誰だって推測できる。
ーーその手紙は十中八九、嫌がらせの手紙だ。
「それでも俺は無理矢理ルカから手紙を取り上げて、その1つを開封した。そしたら……まあ、中身は想像通りだったよ」
「想像通りって……」
マコちゃんの言葉がシンとした室内に響く。
「……はは、聞かなくてもわかるだろ?ルカへの罵詈雑言がビッシリ。死ねだの、別れろだの、それこそ言葉にするのも気持ち悪い言葉が乱雑に並んでたよ。それを見て、言葉が出ない俺にルカが泣きながら謝るんだ……なんでアイツが謝らなきゃいけないんだ?悪いのはそれを送り付けてきた奴ら……いや、気がつけなかった俺だったのに……」
そして、その頃からヤス兄はルカちゃんと別れる事を考え始めたと言う。
もう誰が悪いとか、そんな事よりもルカちゃんを地獄の様な日常から解放してあげないと、と。
だが、ヤス兄のルカちゃんへの気持ちになかなか踏ん切りが付けられず、ここまでズルズルと辛い思いを押し付けてしまったと、目の前に広がる記事へ手を伸ばした。
「正直良い機会だと思うよ。まだ26歳だし、ルカは美人で性格も良いし、……俺と別れて普通に幸せになれる。それに……こんな事になってても俺にはバンドを辞めるっていう選択肢が浮かばなかった。本当にルカを幸せにしてやるつもりがあるなら、その選択肢もあったはずなんだ。でも、俺はバンドを辞めれなかった…いや、辞めたくないんだ」
天秤に掛けられるモノでは無い、そんな事はここにいる誰もがわかっている。
だからこそ、誰も口出しはしなかった。
いや、きっと口出しが出来なかった。が正しいのかもしれない。




