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崩壊の足音

 そんな幸せの絶頂のようなある日、ヤス兄が週刊誌に写真を撮られた、と事務所から電話がかかってきた。

 すぐに事務所へ足を運び、その事実を確認する。


 会議室へと集まった俺たちにマネージャーが差し出したのは、ヤス兄が当時付き合っていた彼女との写真だった。


 【SevensボーカルYASU一般女性と熱愛!?】


 そんな陳腐な見出しで、手を繋いでコンビニに入っていく所が大きく誌面に載っていた。

 とは言っても、まだ載せる予定のコピーな訳だが……


「おいおいマジかよ〜…つか、メガネにマスクまでしてるんだから俺って断定できないっしょ、こんな写真……」


 ガックシという効果音が付きそうなポーズで頭を抱えるヤス兄は大きなため息を吐いた。


「でもルカちゃんの顔はバッチリ写っちゃってるよ。まあ、目はモザイクかけてあるけど…」


 ルカとは言わずもがな、ヤス兄の彼女の事だ。


「まあでも、見る人が見たらすぐ特定されるだろうね」


 ルカちゃんとヤス兄は高校の時から付き合っており、当然ライブにも昔から来ている。

 古参ファンからは顔も認知されているはずだから、マコちゃんの言う通り、きっとこのモザイクは意味を成さないだろう。


「どうしますか?一応、社長はアイドルじゃないんだから認めれば良い、とは言ってましたけど……判断は本人同士に任せると……ただ、……あの、」


 少し言い淀むマネージャーは、チラチラと俺たちの様子を伺っている。その意味は明白だ。


 最近、俺たちのファンで一部過激な人達がいるのだ。

 ライブの盛り上がり方で揉めたり、勝手な暗黙ルールのようなものを作っては新規ファンを貶めたり、といった俺たちの意とは異なる動きを見せている。


 そんな中、堂々と交際を認めればルカちゃんにヘイトが向くのは目に見えていた。

 特にヤス兄の場合はボーカルという一番目立つ立ち位置もあってか、【顔ファン】と呼ばれるアイドル的な見方をするファン層が特に多い。


「いや、否定でいいよ。どの道……別れようと思ってたし」


 サラリと出た言葉に、俺たち全員が驚きの表情でヤス兄を見た。

 それもそのはず、先程も言ったがヤス兄とルカちゃんは高校時代からの付き合いで、俺らもよく知っている人物だ。


 ご飯だって一緒に食べに行ってるし、ライブの控え室にいる事もある。

 それを急に別れるだなんて。何を言い出すんだ。


「ヤスさ、それルカともちゃんと話し合ったわけ?」


 マコちゃんが眉間に皺を寄せ、睨むようにヤス兄を見ている。

 普段じゃ絶対に見せない表情だ。


「つか、ルカはこんな記事ごときで騒ぐやつじゃなくね?」


 別れるだなんて簡単に口に出したヤス兄に対し、アサヒも少し表情を曇らせる。


 それもそうだ、アサヒとマコちゃんは高校の同級生でもあり、ルカちゃんの友達なのだ。


「ああ、ちょっとな……実は最近、いや、結構前からかな。ルカへの嫌がらせが凄いんだ」


「……は、嫌がらせ……?」


 突然の発言に俺がそう漏らすと2人も今初めて知ったのか、驚きと焦りが表情に滲み出ているのが分かる。


「嫌がらせって何だよ……?俺たちそんなの聞いてないぞ……!?」


「まあ、ルカに口止めされてたしな」


「いやだからって、そんな…!」


 淡々と話すヤス兄に今にも噛み付きそうな勢いのマコちゃんとアサヒ。

 だが、いつもの飄々とした態度のヤス兄とは到底思えない口振りに勢いを止めた。


「そもそもルカに嫌がらせがあったのは高校の時からなんだよ。まあそうは言っても、今思うとアレはまだカワイイもんだったのかもな」


「どういうこと?」


 先ほどよりは落ち着いた様子で、しかし怒りを込めたような口調でマコちゃんが、そう聞いた。


 ヤス兄の話によると、ルカちゃんへの嫌がらせが初めてあったのは高校時代、俺たちがバンドを始めて少しずつ固定ファンが出来始めた頃の事。


 そもそも高校生だったし、特に交際を隠していた訳でもない。

 でも、やはり女性ファンはそれをよく思わなかったらしい。


 ライブ終わりに呼び出され、数人に囲まれたルカちゃんは「ちょっと早く出会ったってだけで調子にのるな」「お前より私の方が可愛いに決まってる」なんてお決まりのような台詞で文句を言われたらしい。


 だが、気の強いルカちゃんの事だ。最初は軽く受け流したり、たまに言い返したりと大事にならないよう、それなりに対処していたようだ。

 まあそんな事が続けば、流石に相手も怒りが収まらない。

 そしてある日、いつものように呼び出されたかと思うと、突然平手打ちを食らった。

 今までは言葉だけだったから受け流してきたものの、さすがに暴力となると話は別だ。

 頬は赤く腫れ、ヤス兄はその状況にやっと気がついた。


 そしてすぐに、ルカちゃんの制止も振り切って、その女性ファングループに「こんな事をするならライブに来てもらわなくてもいい」と言い放った。

 その女性ファン達は、ヤス兄の言葉に少しは反省したのか「そんなつもりじゃなかった」と泣きながら謝ってきたらしい。


 その後、しばらくは何事も起きなかったが、それはヤス兄の思い違いだったようで。

 回数は減ったものの、ルカちゃんが黙っていただけで、多方面から嫌がらせのような事を受けていたらしい。

 むしろ、チクったと拍車をかけてしまっていたのかもしれない。


 だが、一度ヤス兄に直接怒られた手前、身体的な暴力は無かったというのが不幸中の幸いだろうか。

 だが陰湿なメールや付きまとい、ファンの間で変な噂を流されたりと散々嫌な目に合っていたという。


 ある日、ヤス兄がやっとその事実に気がついた時には「大丈夫、Sevensに迷惑かかると嫌だからみんなには言わないでね」と固く口止めまでされる始末。

 だがヤス兄も簡単に応じる訳がない。

 かなり口論になったらしいが「Sevensには言わないけど、俺にはちゃんと言ってくれ」という約束の元、俺たちには黙っていることになったらしい。


 もちろん、警察にも行ったが人物特定が出来ていない、証拠が無いなどと取り合ってもらえなかったようだ。


 その後も嫌がらせ自体は続いたが、ルカちゃんも慣れたものなのか、いつしか気にも止めないようになった。

 ヤス兄も常に心配はしていたが「ありもしない噂流されてるだけだよ?そんなの気にする方が無駄だって。それに、放っておけば直ぐに飽きるでしょ」というルカちゃんの言葉に少し甘え過ぎていた。


 そして、ルカちゃんの予想通り半年もすれば徐々に嫌がらせは減っていき、高校を卒業すると、二人の関係を知るファンも少なくなったからか、ほとんど無くなっていった。


 という話だった。

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