幸せ
安定して稼げるようになると俺たちは元いたアパートを出て、少し大きなマンションで同棲を始めた。
「ユキ、ただいま!」
「ナナ、おかえり!」
あれから、あっという間に1年が過ぎた。
いつからか、ユキは俺の事をナナと呼ぶようになっていた。
最初こそ気恥ずかしかったが、ユキだけがそう呼んでくれているという特別感のようなものが嬉しくもあった。
「今日は音楽番組の撮影だったんでしょ?どうだった?」
「んー、いつも通り?っていうか、俺ああいう場で喋るの苦手だから演奏以外の時間ずっと緊張しっぱなしでさ」
俺の話を聞いて笑うユキは「先月の番組でもMCの人に話しかけられてガチガチだったもんね、テレビ越しでもわかっちゃって面白かった」なんて言いながら楽しそうに笑っている。
そんな時、ふとテーブルに置かれた手紙の束が目に入った。
「ん?なんか凄い手紙の量だけど……まさかファンレター自宅に来てたの!?」
自宅バレなんて絶対していないはず、と思っていた俺はその束を手に取ろうとした。
が、それより先にユキがそれを手にした。
「あっ、ううん!ちがうの。実は昔住んでた施設でね、ちょっと色々あって……施設の院長や周りの人と連絡とってて」
「……そうだったんだ、全然気づいてなくてごめん」
「いいのいいの!私はもう施設を出た身だし、そんなに干渉するつもりも無いしね!無視してたらたくさん手紙が届いちゃっただけだから、気にしないで!」
「そっか、ユキがそういうなら……でも、本当に辛い時とか、言ってよ。俺に出来る事ならなんでもするし!」
「うん、ありがとう」
ユキは昔両親に虐待を受けており、小学2年生から高校卒業までは施設で暮らしていたらしい。
ただ、施設の大人とも折り合いがあまり良くなかったらしく、身内らしい身内は1人もいないという。
そんな中、施設の院長から手紙とは……自分勝手な大人もいたもんだ。
この時、呑気にそんな事を思ってしまった俺は心底馬鹿だったと思う。もっと詳しくユキの話を聞くべきだった。
この手紙がなんだったのか、もっときちんと確認するべきだったんだ。
「ね、それよりさ!」
ユキは手紙を適当な引き出しに突っ込むと、楽しそうに雑誌を見せてくる。
「私、これに応募してみようと思うんだ!」
そう言いながら見せられたページには【デザイナー発掘!】と大きな見出し。
見事採用されたデザインは今季のジャパンファッションショーで披露されるらしい。
「おお!いいじゃん!ユキなら採用間違いなしだよ!」
「また適当な事言って〜」
「適当じゃないって!マジだから!」
ユキは高校卒業後、服飾デザインの学校に通っていたらしく、今は女性ファッション誌のデザイナーアシスタントをやっている。
ちなみに、ユキのデザイナーとしてのセンスは抜群だと俺は確信している。
服のセンスが良いのはもちろんだが、俺たちが売れ始める前にこんな事を言われた事がある。
「ステージの飾りもそうだけど、みんなの衣装、もっと色合いとか柄とか…ほら、こんなかんじでさ……」
その助言通り衣装を合わせ、ステージのセットも変えてみた。すると、いつも以上にライブが盛り上がったり、新規のお客さんがファンになってくれたりと大盛上がり。
もしかしたら、いやむしろ本当に、メビウスに声をかけられたのだってユキのお陰なんじゃないかと思っているくらいだ。
だからユキなら絶対に良いデザイナーになれると確信をしている。俺だけじゃない、ヤス兄もマコちゃんもアサヒもみんなそう思ってユキを応援をしている。
「ふふ、いつか絶対有名なデザイナーになってSevensのライブを私が空間ごとデザインしてみたいな」
「うわ、それめちゃくちゃ良いかも…!」
そんな事を言い、笑い合いながら、俺は周りの人に恵まれていて本当に幸せ者だと、心から思っていた。
ただの大馬鹿だとも気が付かずに。
運命の日は刻一刻と迫っていたのにも関わらず。




