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王立図書館長が突然辞職することになったのですが、なぜか部下の私に求婚してきました  作者: 杜咲凜
第三章 領地での生活

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27.リタ、周囲のプレッシャーに悩む

リタの心は、静かに、けれど確かに揺れ続けていた。


あの夜、急に告白のような言葉を向けられ、翌日は何かが変わるのではないかと身構えた。

けれど、露骨な変化は何もなかった。


ただ――明らかに、受ける視線が変わった気がした。


それは館長の視線かもしれないし、あるいはリタ自身の意識が変わったせいかもしれない。


ずっと、自分に好意など向けられるはずがないと思い込んでいたのだ。

だが、いったんその意味を知ってしまえば、何気ない視線さえも熱を帯びて感じられてしまう。


(恥ずかしい……)


まるで、自分の心の中まで見透かされているような気がする。

そんなはずはない。ただの自意識過剰だとわかっていても、鼓動は素直に高鳴ってしまう。


リタにとっては、本当の初恋で。

そして、初めての恋愛だった。


初めてづくしの連続に、何をどう受け止めればいいのかわからない。

本の中なら、想いが通じ合った恋人たちはそのまま自然に手を取り合っていく。


たが、それだけではない現実がある。

それは実家から届く手紙にもあった。


妹からの便りには、今日も子どもたちが元気に走り回っていること、下の子が新しい言葉を覚えたこと、夫が忙しいながらも家族の時間を大切にしてくれていることが綴られていた。

その最後に、小さくこう書かれていた。


『お姉ちゃんのところにも、いつかかわいい子が来るのかなって、みんなで話してたの。焦らなくていいけれど、会えたらきっと嬉しいね』


母からの手紙はもっとやわらかかった。


『向こうで困ることはない? 食事はちゃんと食べてる? お義母さまのお手伝いばかりして無理していない? お父さんは何も言わないけれど、おまえが元気ならそれでいいと思ってるよ』


そう書かれたあとに、追伸のように添えられていた。


『とはいえ、かわいい知らせがあれば、きっと家じゅうで大騒ぎになると思う』


親戚からの便りにも、祝いの言葉のあとには決まって似たような文句がついてくる。

直接言われたわけではなくても、新婚ならそろそろ――。

そんな空気が、じわじわと周囲から押し寄せてくる気がしている。

義両親も、きっと………。


リタの思い込みなのだろうか。

それとも、みなが本当にそう期待しているのだろうか。


「ふう……」


領地の一室で、本を読む時間。

本来ならば、何よりも心がゆるむ時間だったはずだ。


仕事に追われていたころには、喉から手が出るほど欲しかった、静かな読書の時間。


けれど今は、ページをめくっても物語が頭に入ってこない。

視線だけが文字をなぞり、気づけば窓の外へと逃げていく。


館長は領主として今日も忙しい。

視察に出てしまう日も多く、屋敷にいても書斎にこもることが増えた。


リタには「何もしなくていい」と言うくせに、書斎の書類が山のように積み上がっているのを見てしまえば、放っておけなかった。


勝手に中身を処分することはしない。

ただ、頼まれたものを渡したり、必要な書類を探しやすいよう整えたり。

それは半ば仕事の延長のようなもので、嫌ではなかった。


それでも、ようやくできた読書の時間にため息ばかりついている自分が情けない。


自分は彼にふさわしいのだろうか。


周囲の期待が悪意ではなく、むしろ善意や好意からくるものだとわかっているからこそ、余計に苦しい。


自分たちの結婚は、本物なのだろうか。

それとも、これは都合のいい偽装のようなものなのではないか。


彼が自分を本当に愛しているのか。

別の理由があって選んだだけではないのか。


「はあ……」


最初は、何も望まないつもりだった。

求めてはいけないと思っていた。


ただ、必要としてくれるなら、そばにいたい。

それだけで十分なはずだったのに。


いつのまにか、ずいぶんわがままになってしまった。


(愛されたい。愛したい。)


そんな、ごく普通の夫婦の在り方を求めてしまっている。

本当は、そんなことは身の程知らずなのに。

それでも、どうしても引っかかる言葉がある。


「君が、好きだ」


あのときの館長の目。

愁いを帯びたような、熱を含んだ視線。


何度思い出しても、胸が苦しくなる。

期待してはいけない。

でも、もしかしたら――その繰り返しだった。


そんな日々が続くうちに、リタはとうとうページをめくる手を止めた。


ぱたり、と本を閉じる。


「きっと、わたし……このままだと、本も読めなくなる」


それは、自分でも驚くほどはっきりした声だった。


彼に聞くしかない。

なぜ、自分を選んだのか。

この結婚を、どう思っているのか。


このままでは、大好きな本にさえ集中できない。

窓の外を眺めても、心が凪がない。


だったら――聞くしかないのだ。

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